問題解決(物理)
——王都のレストランでのドタバタから数日後。
僕たちは再びギルドからの依頼で、『深緑の迷宮』周辺の調査を行っていた。
「あの顔のない不気味な呪いの石像……一体誰が、どうやって下層に設置したのか、根本的な謎が残っていますからね」
僕が【限定空間収納】から皆に温かいお茶を配りながら言うと、ガレン室長から預かった調査資料を見ていたエリアリアさんが頷いた。
「ええ。これ以上の厄災を防ぐためにも、元凶は絶対に断ち切らな——」
彼女の言葉が途切れた、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴォォォッ!!
突如として、僕たちの目の前の空間が歪み、禍々しい瘴気と共に一人の男が姿を現した。
漆黒のローブを纏い、ドクロの杖を持ったその男は、いかにも「私が悪の親玉です」と言わんばかりの邪悪な魔力を放っていた。
「フハハハハ! 貴様らが我が『厄災の召喚石像』を破壊した小蠅どもか! 私は暗黒魔道士ザルディス! 迷宮を魔物で満たし、この国を我が物とする壮大な計画を、よくも邪魔してくれたな!」
ザルディスと名乗った男が、高らかに笑う。
彼こそが、アビス・ベヒーモスや不気味な石像を配置した、一連の事件の『黒幕』だったのだ。
「なるほど、お前が元凶か。ならばここで斬る!」
エリアリアさんが剣を抜き、3人も臨戦態勢に入る。
しかし、ザルディスは全く動じなかった。
彼の邪悪な視線が、戦乙女たちを通り越し——パーティーの中で最も魔力が低く、戦闘能力も皆無に見える『一番弱そうな少年(僕)』へと向けられた。
「フン、血の気の多い女どもめ。まずはこの無力な雑用係を人質にして、貴様らを絶望のどん底に叩き落としてやろう!」
「えっ? 僕!?」
ザルディスが指を鳴らした瞬間、僕の足元に黒い転移陣が展開された。
回避する間も無く、僕の視界は一瞬にして真っ黒に染まり——
「アレンッ!?」
エリアリアさんの悲痛な叫びを最後に、僕は黒幕のアジトへと強制転移させられてしまったのだ。
「フハハハハッ! 見たか! 貴様らの大切な仲間は、我がアジトへ転移させた! 助けたければ、我が足元にひれ伏し、靴でも舐め——」
勝ち誇ったように笑うザルディス。
しかし、彼の声は途中で尻すぼみになっていった。
「……ん?」
「「「「…………」」」」
ヒロインたちの様子が、どうもおかしい。
大切な仲間を人質に取られたのだ。当然、恐怖や絶望、焦燥の表情を浮かべているはず——なのに。
四人の女性陣は、微動だにせず俯いていた。
そして、彼女たちの全身から漏れ出す『極限まで圧縮された純粋な殺意』が、凄まじいプレッシャーとなってザルディスに襲いかかってきた。
「わ、私の……私の、アレンに……汚い手を触れたわね……?」
エリアリアの白銀の剣が、ギリギリと嫌な音を立てる。
「アレンを……返せ。今すぐ、でないと細胞レベルでみじん切りにしてやる」
リティの瞳から光が消え、短剣から殺気が溢れ出す。
「万死に値するわ。魂の欠片すら残さず、永遠の苦痛を与えてあげる」
セレナの周囲に、天変地異レベルの炎と雷が渦巻く。
そして、ミランに至っては、純銀の杖をメリメリとひん曲げながら、暗く濁った瞳で不敵に笑っていた。
「愛しいアレンを私から引き離すとは……いい度胸です。あなたの内臓をすべて引きずり出して、石像の代わりに設置してあげましょう」
「……え? なにこのプレッシャー……魔王様よりヤバくない……?」
ザルディスは完全にドン引きしていた。人質を取った側がなぜか圧倒的な恐怖を感じている。
「く、来るな! 精神支配魔法・『傀儡の狂気』!!」
ザルディスは咄嗟にヒロインたちに向けて、精神を破壊し服従させる最高位の洗脳魔法を放った。
しかし。
パァァンッ!! と、ガラスが割れるような音と共に、魔法は彼女たちに触れる前に呆気なく弾け飛んだ。
「なっ!? 我が最強の精神支配が、全く通用しないだと!?」
「当たり前よ。私たちの心(脳内)は、すでにアレンへの愛で100%埋め尽くされているのよ! 入る隙間なんてあるわけないでしょ!」
「アレンへの執着に比べたら、あんたの洗脳魔法なんてそよ風以下です!!」
「ヒィィッ! なんだこいつら、化け物か!!」
規格外の愛と狂気の前に、最強の暗黒魔道士は命の危険を感じ、自らも尻餅をつきながらアジトへと転移で逃げ帰ったのだった。
「ハァ、ハァ……お、恐ろしい女どもだった……」
自身のアジト(洞窟の奥深くの砦)に逃げ帰ったザルディス。
「だが、人質はこちらにいる! あの少年を盾にして、じっくりと嬲り殺しに——」
そう思って、人質を捕らえた地下牢屋へ向かうと。
「あっ、ザルディスさん! おかえりなさい! すみません、ちょっとホコリが気になったので、勝手に掃除させてもらっちゃいました」
「……は?」
ザルディスは目を疑った。
カビ臭かったはずの牢屋の鉄格子はピカピカに磨き上げられ、床にはなぜかワックスがかけられている。
さらに、人質であるはずのアレンは【ワン・キューブ】から取り出した特製コンロで、見張りのゴブリンやオークたちと一緒にお茶を飲んで談笑していたのだ。
「いやー、ここのホコリ、結構頑固でしたよ。魔物の皆さんも、換気が悪いと喉を痛めますからね。はい、特製のハーブティーと、焼き立てのクッキーです」
「ゴブゴブ!(アレンさん、マジでいい人!)」
「ブヒィ!(肩モミも最高だぜ! 俺、こんな優しい人質初めて見たよ!)」
「お前らぁぁぁ!! 何、人質と仲良くお茶会してんだァァァ!!」
ザルディスが激怒して叫んだ、その時。
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!
アジトの分厚い岩壁が、文字通り『物理的』に木っ端微塵に粉砕された。
もうもうと立ち込める瓦礫の砂煙の中から、般若のような形相をした4人の女たちが姿を現す。
「見つけたわよ……! 私のアレンの匂い……!」
「よくもアレンをこんな埃っぽい牢屋に……許さない……!」
「「「「死ねぇぇぇぇぇっ!!!」」」」
「ヒィッ!? 壁を破ってきやがった! お、おいアレンとやら! お前が死にたくなければ大人しく……!」
ザルディスが僕を盾にしようと手を伸ばした瞬間。
そこからの光景は、もはや戦闘と呼べるものではなかった。ただの凄惨なリンチだった。
黒幕が何か呪文を唱える隙すら与えられず。
エリアリアさんの剣が魔法防壁を紙のように両断し、
セレナの爆炎が退路を完全に断ち、
リティの短剣が急所を容赦なく抉り、
そして、トドメとばかりにミランの『純銀の杖(物理)』が、ザルディスの顔面にクリティカルヒットした。
「ぐべぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
黒幕・暗黒魔道士ザルディスは、自らの壮大な野望を語る暇すら与えられず、四人の過保護の圧倒的暴力の前に、星の彼方へと吹き飛んでいった。
「アレン!! 怪我はない!? あの男に触られなかった!?」
エリアリアさんが泣きながら抱きついてくる。
「大丈夫ですよ。皆さ——」
「ああ、私のアレン! 無事でよかった……さあ、今のうちにこのまま私と二人きりの愛の逃避行へ……っ!」
「ドサクサに紛れて連れ去ろうとすな! 物理僧侶!」
かくして、厄災の黒幕はあっけなく(物理で)討伐され、迷宮の平和は完全に守られたのだった。
「ふふ、これでまた皆に美味しいご飯を作れますね。今日の夕食はハンバーグにしましょうか」
「賛成ー! アレンのハンバーグ大好き!」
そして、僕の呑気な笑顔の横で、すっかり僕に懐いてしまった見張りの魔物たちが「アレンさん、また遊びに来てくださいね」とのどかな会話がアジトの瓦礫の上で繰り広げられていたのだった。
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