らくらく服薬ゼリー
無事に雪山から帰還した僕たちは、王都でも有数の権力を持つ貴族・ローゼンタール公爵の広大な屋敷へと招かれていた。
「おお……! 間違いない、幻の霊花と黒山羊の角だ! これで娘の命が助かる!」
公爵は涙を流して僕たちに感謝し、すぐさま王宮の筆頭薬師に特効薬を調合させた。
しかし、問題が起きた。
長きにわたる『魔力欠乏症』で衰弱しきっていた一人娘の令嬢・クラリス様は、薬の強烈な苦みと匂いを受け付けず、飲もうとするたびに吐き出してしまうのだ。
「ああ……なんということだ。このままでは薬が飲めず、クラリスは……っ」
絶望に暮れる公爵。
そこで、僕の無自覚な『雑用の血』が騒いでしまった。
「あの、公爵様。僕に少しだけ任せてもらえませんか?」
僕はベッドのそばに歩み寄ると、【限定空間収納】から『特製の蜂蜜』と『保温用スライムゼリー』を取り出した。
そして、薬をゼリー状に加工して苦みを完全に閉じ込め、蜂蜜で甘くコーティングした。
「クラリス様、失礼しますね。少しだけ身体を起こしますよ」
「あ……う……」
僕は衰弱した彼女の背中にふかふかのクッションを差し込み、僕自身の腕で優しく彼女の頭を支えた。そして、人肌の温度に調整した薬を、特製の木製スプーンでゆっくりと口に運ぶ。
「はい、あーん。大丈夫、とても甘くて美味しいですからね。喉を通る時、少しだけ温かくなりますよ」
完璧な温度管理と、姿勢を全く崩させないエスコートのおかげで、クラリス様はむせることなく特効薬を飲み干した。
数分後。みるみるうちに彼女の頬に赤みが差し、閉じていた瞳がパチリと開かれた。
「あ……れ……? 苦しく、ない……」
「よかったです。よく頑張りましたね、クラリス様」
僕がホッと微笑んで頭を撫でると、クラリス様は僕の顔をジッと見つめ——ボンッ! と音を立てて顔を真っ赤にした。
「て、天使様……っ! わたくしの優しくて美しい天使様ですわ!!」
「えっ?」
「お父様! わたくし決めました! この方をわたくしの専属執事……いえ、婚約者としてこの屋敷に迎えますわ!!」
クラリス様がベッドからガバッと起き上がり、僕の手を両手でギュッと握りしめた。
「金貨でも白金貨でも、いくらでも積んでくださいませ! このアレン様は、今日からわたくしのものです!」
「はっはっは! 命の恩人でもあるし、クラリスがそこまで言うなら——」
「「「「ふざけるな(です)!!」」」」
公爵が笑いかけた瞬間、部屋の温度が一気に氷点下まで下がった。
背後から、凄まじい殺気を放つ4人の女性陣がヌッと前に出る。
「アレンは私たち『星詠みの戦乙女』の大事な家族よ! お金なんかで買えるわけないでしょ!」
エリアリアさんが剣の柄を握りしめ、リティが威嚇するように牙を剥く。
「生意気な小娘ね。アレンの『全身のサイズと感帯』をすべて把握してから出直してきなさいな」
セレナが艶然と微笑みながら恐ろしいマウントを取る。
そして、ミランが純銀の杖をメリメリと握りつぶしながら、暗く濁った瞳で令嬢を見下ろした。
「……公爵邸だろうと関係ありませんよ? 私とアレンの愛の巣に土足で踏み入るというのなら、この屋敷ごと物理的に更地にして差し上げます」
「ひぃぃぃっ!? な、なんだね君たちは!」
超絶美少女たちから放たれる桁違いのプレッシャーに、公爵が悲鳴を上げる。
「あら、わたくしだって負けませんわ! アレン様、わたくしの元に来れば一生働かずに豪華なベッドで——」
「アレンは私の膝枕で寝るの!!」
こうして、公爵邸を舞台にした『莫大な財力』vs『過保護&ヤンデレ』の壮絶なアレン争奪戦が勃発。
最終的に、屋敷の崩壊を恐れた公爵が「と、とりあえず! 今日は王都で一番の超高級三ツ星レストランを貸し切るから、そこで食事でもしながら落ち着いて話し合おう!」と提案することで、一時休戦となったのだった。
——その頃。
王都の超高級三ツ星レストランの、厨房の裏口。
「……チィッ!! なんで俺が、こんな油まみれの皿を一日中洗わなきゃなんねえんだよ!!」
怒声と共に、大量の皿が積まれたシンクに八つ当たりをしている男がいた。
元勇者のゼロと、魔法使いのシャルである。
彼らはあの後、借金が雪だるま式に膨れ上がり、ついにはギルドから強制労働施設……もとい、このレストランの裏方の『住み込みバイト(借金返済が終わるまで無給)』として売り飛ばされていたのだ。
「うぅ……私、私の美しい手が、洗剤と冷水のせいでガサガサに……っ! もう嫌ぁっ!」
シャルが涙目で床のモップがけをしている。
アレンにすべての雑用を押し付けていた頃は、こんな苦労があることなど微塵も知らなかった。
「おいお前ら! 手を止めるな! 今日はローゼンタール公爵様が『超VIP』を連れて貸し切りにしているんだ! 粗相があったら承知しねえぞ!」
料理長から怒鳴られ、二人はビクッと肩をすくめた。
「クソッ……超VIPだぁ? どこのどいつか知らねえが、俺たち勇者を差し置いてふざけやがって……」
ゼロは憎々しげに厨房のドアの隙間から、ホールを覗き込んだ。
そこには、豪華絢爛なテーブルの『上座』に座るVIPの姿があった。
公爵がペコペコと頭を下げ、白銀の騎士や妖艶な魔女が甲斐甲斐しく料理を取り分け、美しい貴族の令嬢が「あーん」と果物を食べさせている。
さらには、ヤンデレ風の僧侶が背後から肩を揉みほぐすという、まさに王様すら凌駕する至れり尽くせりのハーレム状態。
その中心で、困ったように愛想笑いをしている少年の顔を見て——ゼロとシャルは、雷に打たれたように硬直した。
「あ……ア、アレ、ン……?」
見間違えるはずがない。
かつて自分たちが「無能」「ゴミ」と見下し、路地裏に蹴り飛ばした雑用係・アレンが、王都の頂点に君臨するようなVIP待遇を受けていたのだ。
「う、嘘だろ……なんで、なんであいつが……あんな高価な服を着て、美少女たちに囲まれて……っ」
「あ……ああ……」
自分たちは泥と油にまみれ、奴隷のように皿を洗っているというのに。
あまりの格差に、二人は言葉を失い、持っていたモップを取り落とした。
その時だった。
「あ、すみません。お手洗いはこちらですか?」
ホールから抜け出してきたアレンが、厨房の裏手へと歩いてきたのだ。
アレンと、ゼロ&シャル。
数ヶ月ぶりの再会。
ゼロは咄嗟に身構えた。(笑われる……! 借金まみれでドブ掃除をしている俺たちを、絶対に嘲笑う気だ!)と。
しかし、アレンは二人の顔を見るなり、驚いたように目を丸くし——そして、かつてと同じような、裏表のない純粋なおっとりとした笑顔を向けた。
「あっ、ゼロさんにシャルさん! お久しぶりです。こんな所で働いていたんですね!」
「ぐっ……! わ、笑いたきゃ笑えよ! 俺たちは今、ちょっとした潜入捜査で……っ」
見え透いた強がりを叫ぶゼロ。
しかしアレンは、二人のガサガサになった手と、山のように積まれた油汚れの皿を見て、パァァッと顔を輝かせた。
「すごい数ですね! 洗うの、大変じゃないですか? ……よければ、少し手伝いましょうか?」
「……は?」
ゼロとシャルが呆気にとられる中、アレンは慣れた手つきで自分の上着を脱ぎ、【ワン・キューブ】から『アレン特製・アルカリ性魔法石鹸』と『専用スポンジ』を取り出した。
「この油汚れは、冷水じゃ落ちませんよ。お湯を45度に保ちながら、この石鹸を少しだけスポンジに揉み込んで……こうやって洗うと、あっという間に綺麗になるんです」
キュキュッ、キュキュキュッ!
アレンの手にかかれば、ゼロたちが1時間かかっても終わらなかった油まみれの皿が、わずか数分で新品のようにピカピカに磨き上げられていく。
「それに、この洗い方なら洗剤が手に残らないので、シャルさんの綺麗な手も荒れませんよ。ほら、終わりました! 引き続きお仕事、頑張ってくださいね!」
アレンはそれだけ言うと、満足そうに微笑み、再びVIP席へと戻っていった。
「アレン様〜! どこへ行ってらしたの! さあ、私のアーンを!」という美少女たちの黄色い歓声が、遠ざかっていく。
残されたのは、ピカピカになったお皿の山と、呆然と立ち尽くす元勇者パーティーの二人だけ。
「…………」
「…………」
嫌味の一つも言われなかった。
ただ純粋な「親切心」と「圧倒的な雑用スキルの差」を見せつけられただけだった。
それが逆に、ゼロとシャルのちっぽけなプライドを、根元から木っ端微塵に粉砕したのだ。
「俺たちは……俺たちは、なんてバカなことを……」
「ああぁぁっ……アレン、アレンがいれば、こんなことには……っ!」
自分たちが自らの手で捨てた「無能」こそが、誰よりも価値のある「究極の宝」だった。
その取り返しのつかない事実に気づき、ゼロとシャルは厨房の冷たい床に崩れ落ち、声を上げて泣き崩れるのだった。
一方その頃、席に戻ったアレンは。
「アレン! さっき厨房で変なメス豚と喋っていたわね! 消毒のハグよ!」
「アレン様! わたくしと一緒にローゼンタール家へ!」
「愛していますアレン。このまま気絶させて私の部屋へ持ち帰りますね(物理)」
元勇者たちの絶望など知る由もなく、激化するヒロインレース(物理・権力・ヤンデレの三つ巴)の中で、「あはは、皆元気だなぁ……」と、今日も呑気な苦労人ライフを満喫しているのであった。
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