最強スキル(別方面のやつ)発動
迷宮都市の冒険者ギルドへ帰還した僕たちは、討伐した『厄災の黒山羊』のドロップ品――見事な漆黒の毛皮と巨大な角をカウンターへと提出した。
「こ、これは……素晴らしい品質です! 傷一つない(顔面以外は)なんて!」
査定を担当したギルド職員は目を丸くし、僕たちに信じられないような高額の買い取り額を提示してきた。
聞けば、王都に住むとある有力貴族の令嬢が『魔力欠乏症』という奇病にかかっており、この黒山羊の角がその特効薬のベースになるのだという。
「実は、その薬を完成させるためには、もう一つ非常に希少な材料が必要なのです」
職員は声を潜め、僕たちに新たな依頼書を差し出した。
「ここから北にある霊峰『白銀岳』の頂上にのみひっそりと咲く、【月雫の霊花】という幻の花です。すでに特級の薬師は手配済みですが、誰もその花を摘んでこられず……。どうか、皆様の力で取ってきてはいただけないでしょうか? 報酬は、今回のドロップ品のさらに倍をお約束します!」
破格の報酬。そして何より、病に苦しむ女の子を救えるかもしれない。
僕たち『星詠みの戦乙女(+ヤンデレ僧侶)』は、二つ返事でその依頼を引き受けることにした。
数日後。入念な準備を整えた僕たちは、霊峰『白銀岳』の登山を開始した。
雪と氷に覆われた過酷な環境だったが、物理で岩も魔物も粉砕しながら進むミランの馬鹿力と、戦乙女たちの完璧な連携のおかげで、僕たちはあっという間に山頂へと到達した。
「あったわ! あれが【月雫の霊花】ね!」
エリアリアさんが指差した先。雪山の頂で、まるで自ら月光を放つように青白く輝く美しい一輪の花が咲いていた。
「僕が収納します。これなら、花びら一枚傷つけずに持ち帰れますからね」
僕は慎重に花を採取し、【限定空間収納】の最も安全な空間へとしまい込んだ。
「よし、これでミッションコンプリートね。さっさと下山して、美味しいものでも——」
リティが明るく笑いかけた、その瞬間だった。
ゴォォォォォォッ……!!
突如として、季節外れの猛烈な吹雪と、視界を完全に奪うほどの『濃霧』が山頂を包み込んだ。
一寸先も真っ白で何も見えない。ただの自然現象ではない、明らかに強大な魔力を含んだ霧だ。
『——よくぞ参った、人間の子らよ』
霧の奥から、鈴を転がすような、冷たくも美しい声が響いた。
ゆっくりと姿を現したのは、透き通るような青い髪と、純白のドレスを纏った絶世の美女。霊峰の冷気を司る、上位の『雪の精霊』だった。
『我が庇護下にある霊花を許しもなく摘むとはずうずうしい。生きて下山したくば、その花を置いていくがよい。……と言いたいところだが』
精霊はふと目を細め、僕の顔をジッと見つめた。
そして、冷徹だった表情をふにゃりと崩し、頬を薔薇色に染めたのだ。
『やだ、そこの男の子……すっごい私好み。おっとりしてて、優しそうで、すっごく可愛い……!』
「え?」
『条件を変えよう。その花は持っていって構わない。代わりに、その男の子を私に頂戴? 私の永遠の伴侶にするから。でなければ、お前たちは永遠にこの濃霧の山から出られないと思え!』
その直後、僕の周囲の温度が、吹雪以上の極寒へと急激に低下した。
原因は言うまでもない。僕を囲む、4人の『過保護』と『ヤンデレ』から放たれる、凄まじい殺気だ。
「「「「寝言は寝て言いなさい、この雪女ァァァァッ!!」」」」
交渉の余地などゼロだった。
「アレンは私のよ!」とエリアリアさんが白銀の剣で上段斬りを放ち、リティが短剣で急襲し、セレナが炎の爆撃魔法を撃ち込み、ミランが純銀の杖を大上段からフルスイングする。
「おっ、お前ら話し合いとか——」
4人の脳筋ヒロインたちは全力の殺意で精霊に襲いかかった。
——しかし。
スッ……。
「なっ!?」
「手応えがないわ!?」
彼女たちの必殺の一撃は、すべて精霊の身体を『すり抜け』てしまった。
精霊がクスリと冷笑する。
『無駄よ。私はこの山の霧そのもの。物理的な攻撃も、下等な魔法も、私には一切通用しないわ。さあ、大人しくその子を渡しなさ——』
「あの、精霊さん。ちょっと失礼しますね」
僕がスッと前に出たのは、そんな時だった。
「アレン! 危ない!」と叫ぶエリアリアさんたちを手で制し、僕は【ワン・キューブ】から『特注の獣毛ブラシ』と『携帯用コンロ』、そして『最高級の茶葉』を取り出した。
「え……? 人間、何を……」
「精霊さん、ずっとこの山頂に一人でいらっしゃったんですよね? 霧と同化しているとはいえ、その美しい青い髪が、山の強風で少しだけ絡まってしまっています」
僕は戸惑う精霊の背後にスッと回り込むと、魔法のブラッシング技術(※普段からエリアリアさんたちの髪の手入れで極限まで鍛え上げられたスキル)で、彼女の透き通るような髪を優しく、それはもう丁寧に梳かし始めた。
『ひゃっ!? あ、ちょ、待っ……えっ、ウソ、何この優しい手付き……きもちい、い……』
実体のない精霊のはずなのに、僕の『相手を完璧にケアするサポーターとしての情熱』は、種族の壁すら越えていた。
さらに僕は、沸かしたての霊水で淹れた、身体の芯から温まる極上のミルクティーをそっと差し出した。
「山の守護、毎日お疲れ様です。冷えたでしょう? 砂糖は多めにしておきました。肩も少し張っているみたいですから、後で軽く揉みほぐしますね」
『あ……あ、あ……』
精霊は、プルプルと震える手で温かいティーカップを受け取った。
悠久の時を孤独に生きてきた彼女にとって、「優しく髪を梳かされる」ことも「温かいお茶を淹れてもらう」ことも、そして何より「自分の身体を気遣って労ってもらう」ことも、これが生まれて初めての経験だったのだ。
『ア、アレンしゃま……っ♡』
ドシュゥゥゥゥッ!!
精霊の頭から、沸騰したような湯気が噴き出した。
彼女の目は完全にハートマークになり、威厳も何もなく、僕の腕の中にスリスリとすり寄ってきた。
無自覚な雑用係の究極のホスピタリティ——『ジゴロスキル』が、精霊の心を一瞬で完全陥落させてしまったのだ。
『お花、持っていっていいわ! 霧も晴らす! だから、たまには山に会いに来てね! 絶対よ! 約束だからね!』
ぶんぶんと千切れんばかりに手を振る精霊に見送られ、濃霧はあっという間に晴れ渡り、僕たちは無事に下山の途につくことができた。
「ははは、悪い精霊さんじゃなくてよかったですね! 無事に帰れそうです!」
僕がホッと胸を撫で下ろして振り返ると。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そこには、般若のような顔で僕をジッと睨みつける、4人の女性陣の姿があった。
「アレン。……あなた、息をするように女の子をオトすの、本当にやめなさい。心臓がいくつあっても足りないわ」
「次は目隠ししてダンジョン歩かせるからね……!」
「ああ、やはりアレンは私が四六時中鎖で繋いで管理しておかなければならない存在……っ!」
「えっ? なんで皆さん怒ってるんですか!? 僕、何か間違えました!?」
雪山の極寒よりも冷たい四人の視線に射抜かれながら、僕の哀れな悲鳴が、霊峰の山肌に虚しくこだましていたのだった。
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