なんだねこれは
死の危険が常に付きまとう『深緑の迷宮』の深層。
しかし今日の僕たちは、かつてないほどの凄まじいハイペースで階層を駆け下りていた。
「オラァッ! アレンの愛の前にひれ伏しなさい、このブタ共ォォッ!!」
ドゴォォォンッ!!
迷宮の壁が揺れ、巨体を持つ屈強なミノタウロスが、ピンボールのように天井へと吹き飛ばされる。
それをやったのは、前衛の騎士……ではなく、後衛であるはずのヤンデレ僧侶・ミランだった。彼女は僕がかつてピカピカに磨き上げた『純銀の杖』をバットのように構え、圧倒的な物理暴力で魔物の群れを次々と粉砕していく。
「あ、あの、ミランさん! 杖がひしゃげてます! 僧侶なんだから回復魔法とか……!」
「アレンに危害を加える存在を『物理的に消滅させる』ことこそが、究極の予防回復です! さあアレン、私の勇姿をその目に焼き付けてください!」
ミランが返り血(※魔物の)を浴びながら恍惚とした笑みを浮かべる。
その異常な大活躍に、本来のメインアタッカーであるエリアリアさんが黙っているはずもなかった。
「くっ……! ぽっと出のバーサーカー僧侶に前衛を任せておけるか! アレン、私の方を見なさい! ふっ……シッ!」
エリアリアさんが白銀の剣を上段に構え、雷光のような鋭い踏み込みでオークの群れを一閃する。
「おおっ……! 次の昇段審査に向けて特訓していた、三本目と四本目の『形』! 完璧な太刀筋ですね、エリアリアさん!」
僕が拍手喝采を送ると、彼女は「えへん」と嬉しそうに豊満な胸を反らした。
物理で殴る僧侶と、対抗心を燃やす戦乙女たち。
彼女たちが魔物を文字通りミンチにしていったおかげで、僕たちは無傷のまま、あっという間にボス部屋の手前——安全地帯へと到達してしまった。
「ふぅ……皆さん、お疲れ様です! 結界を張ったので、ここで少し休憩しましょう」
安全な小部屋に到着するや否や、僕は【限定空間収納】からマジックテントと調理器具、そして人数分のふかふかのクッションを手際よく取り出した。
「はぁ〜、生き返るぅ……アレン、お水ちょうだい!」
「はい、リティさん。冷やしておきましたよ」
「んぐんぐ……ぷはーっ! アレンの淹れたお水、世界一美味しい!」
斥候のリティが、僕にべったりと寄りかかりながら喉を鳴らす。
その横で、僕は素早く携帯用のコンロで火を熾し、皆の疲労を回復するための温かいハーブティーとお茶請けのクッキーを準備し始めた。
「さあ、皆さん。ボス戦の前にしっかり糖分を取って——」
「ああ、私のアレン……。相変わらず素晴らしい手際ですね」
背後から、ヌルリと蛇のようにミランの腕が僕の腰に巻きついた。
背中に柔らかいものが当たる感触と、首筋に吹きかけられる甘い吐息に、僕は思わず「ひゃっ」と変な声を上げてしまう。
「ミ、ミランさん! 準備中ですから離れて……っ」
「思い出すわね……」
ミランは僕の耳元で、わざと皆に聞こえるようなねっとりとした声で囁いた。
「かつて私がパーティーの備品の管理法を尋ねた時、…二人きりの密室で、2〜3時間みっちりと熱い『引き継ぎ』をしてくれたあの甘い夜を……♡」
「言い方が絶妙にいやらしいですけど、それただの事務的な業務引き継ぎですよね!?」
僕がツッコミを入れるが、その「2〜3時間の密室セッション」というワードは、他の3人の心に火をつけるには十分すぎた。
「ズルイ!!」
リティがバンッ! と立ち上がり、僕の右腕にガバッと抱きついた。
「過去の事務作業でマウント取らないでよ! 私なんか、いつもアレンに罠解除のサポートしてもらってるんだから! アレン、私疲れちゃった! ボス戦の前に、3時間たっぷり膝枕して!」
「リ、リティ! はしたないわよ! だいたいアレンは、私の剣の重心のブレをチェックする約束なんだから!」
エリアリアさんが顔を真っ赤にして僕の左腕を引っ張る。
「アレン! 休憩が終わったら、さっきの四本目の『形』の足さばき、じっくり見てちょうだい! 指導料として、私の膝枕を要求……じゃなくて、提供するわ!」
「指導する側が膝枕されるっておかしくないですか!?」
右からはリティ、左からはエリアリアさん、背後からはミラン。
僕の身体は、限界まで引っ張られるおもちゃのように悲鳴を上げていた。
「……ふふっ。相変わらず騒がしい野猿たちね。アレンが困っているじゃない」
その時、救世主のように魔女のセレナが近づいてきた。
「セ、セレナさん! 助けてくだ……」
「アレン。私、さっきの戦闘の反動で、なんだか胸のあたりが苦しいの……」
セレナはため息をつきながら、ローブの胸元をこれ見よがしにはだけさせ、深い谷間を僕の目の前に突き出してきた。
「ねえ、アレン。あなたのその優しい手で、直接『マッサージ(治療)』してくれないかしら? 魔法使いはデリケートだから、今すぐじゃないとダメよ?」
「「「一番ドサクサに紛れてタチが悪いわよ!!」」」
ミラン、エリアリア、リティの三人のツッコミが完全にハモる。
しかしセレナは涼しい顔で「あら、私は純粋に医療行為を求めているだけよ?」と僕の顔を胸元へ引き寄せようとしてくる。
「アレンは私のペットです! 離れなさい!」
「アレンは私たちの専属サポーターよ! 泥棒僧侶は引っ込んでなさい!」
「えーい、もう誰が一番アレンと密着できるか、勝負よ!」
ボフッ! ドガッ! バキィッ!
四人の美少女(+ヤンデレ)による、僕を巡る骨肉の争い。
飛び交うクッション、魔法の火花、そしてミランの物理杖。
せっかくの安全地帯だというのに、ボス部屋に入る前から、パーティーのHPとMPは別の意味でゴリゴリと削られていく。
「あ、あのー……お茶、冷めちゃいますよ……?」
狭いテントの隅っこで、僕は自作の『対物理衝撃用結界(ただの分厚い座布団)』を頭から被りながら、遠い目で呟いた。
ボスであるはずの凶悪な魔物すら、扉の向こうでこの大惨事に震え上がっているに違いない。
僕の平和で穏やかな雑用ライフが戻ってくる日は、果たして来るのだろうか……。
(まあ、前のパーティーで虐げられていた頃に比べれば、100万倍幸せなんだけどね)
そんなことを思いながら、僕は冷めかけたハーブティーを一口、静かにすすったのだった。
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