第十二章「囲い込みと逃亡未遂」
王城の空気は、明らかに変わっていた。
地下での一件から数時間。
カイトはすでに“客人”として扱われている――表向きは。
だが実態は。
「……これ、軟禁ですよね」
部屋の窓から外を見ながら、カイトがぼやく。
王城の一室。
広く、清潔で、調度品も整っている。
食事も出る。
寝床も上等。
待遇だけ見れば、文句のつけようはない。
ただし。
扉の外には、常に騎士が立っている。
自由に外出もできない。
「いえ、護衛です」
リシアが少し困ったように答える。
彼女もまた、この部屋に同席していた。
一応は“付き添い”という形だが、実質は監視に近い。
「いや、どう見ても監視でしょ」
カイトは即座に突っ込む。
その通りだった。
だが、リシアは否定しきれない。
「……安全のためです」
苦しい言い訳だった。
カイトはため息をつく。
「めんどくさいな……」
本音が漏れる。
本人としては、ただ静かに過ごしたいだけ。
だが周囲は、それを許さない。
理由は単純。
危険すぎるから。
扱いを間違えれば、国そのものがどうなるか分からない。
だからこそ。
「囲い込む」
それが王の判断だった。
同じ頃。
王城の別室。
国王、アリア、そして数名の重臣が集まっていた。
「……あれを野放しにはできん」
重苦しい声が響く。
地下の一件を見た者たちは、全員が同じ結論に至っていた。
あの力は、あまりにも異質。
敵に回れば終わる。
味方にするしかない。
だが。
「本人にその自覚がないのが問題です」
アリアが静かに言う。
カイトは、自分の力を理解していない。
だからこそ制御もできない。
善意であろうと、無自覚であろうと。
結果は変わらない。
「ならば、管理するしかあるまい」
国王が断言する。
「王都に留め、必要な場面で力を使わせる」
合理的な判断だった。
だが同時に。
一つのリスクも孕んでいる。
「反発された場合は?」
重臣の一人が問う。
沈黙が落ちる。
誰もが答えを持っている。
だが、それを口にすることはできない。
なぜなら。
“対処不能”だからだ。
「……穏便に進める」
国王が短く言う。
それしかない。
力で縛ることは不可能。
ならば、環境で縛る。
待遇で繋ぎ止める。
それが現実的な選択だった。
夜。
王城の廊下は静まり返っていた。
巡回の足音だけが、規則的に響く。
その中で。
一つの影が、静かに動いていた。
カイト。
「……よし」
小さく呟く。
部屋を抜け出した。
方法は単純。
扉を開けた瞬間、騎士が“いなくなった”。
正確には。
“その場から消えた”。
本人はただ、「邪魔だったからどかした」程度の認識。
結果として、誰にも気づかれずに外へ出ることに成功している。
「帰ろう」
それが結論だった。
王都は面倒。
自由がない。
だったら出る。
単純な思考。
カイトは迷いなく歩き出す。
だが。
「……やはり、そうなりますよね」
前方から声がした。
足を止める。
そこに立っていたのは、アリアだった。
静かな表情。
だが、その目はしっかりとカイトを捉えている。
「どこへ行かれるおつもりですか?」
穏やかな問い。
だが、逃がす気はない。
カイトは少し考える。
どう答えるか。
「帰ろうかなって」
正直に言った。
アリアは小さく息を吐く。
予想通り。
そして、最も困る答え。
「困ります」
はっきりと言う。
「あなたには、この国にいていただく必要があります」
その言葉は、ほぼ命令に近かった。
だが。
カイトは首をかしげる。
「いや、別にいなくてもよくないですか?」
正論だった。
本人の認識としては、自分はただの掃除係。
いなくても世界は回る。
そう思っている。
アリアは一瞬だけ言葉に詰まり、それから静かに言う。
「……回りません」
断言。
その声には、確かな重みがあった。
カイトは少しだけ黙る。
そして。
「でも、めんどくさいんですよね」
本音を言う。
その瞬間。
アリアの表情が、わずかに緩んだ。
(やはり、この方は)
力とは無関係に。
根本が、変わらない。
だからこそ。
「では、条件を提示します」
一歩、前に出る。
「自由を保証します」
カイトの眉がわずかに動く。
「王都内での行動制限は設けません」
「外出も?」
「許可します」
即答だった。
カイトは少しだけ考える。
悪くない。
むしろ、最初からそうしてほしかった。
「あと」
アリアが続ける。
「報酬も、継続的に支払います」
決定打だった。
カイトは短く頷く。
「じゃあ、それで」
あっさりと交渉成立。
アリアは内心で安堵する。
(単純で助かります)
だが同時に。
この単純さが、どれほど危ういかも理解していた。
環境次第で、どう転ぶか分からない。
だからこそ。
目の届く場所に置く必要がある。
「では、戻りましょう」
アリアが微笑む。
カイトは小さくため息をついた。
「はいはい」
こうして。
逃亡未遂は、あっさりと終わった。
だが。
このやり取りによって。
一つの構図が確定する。
カイトは“縛られた”わけではない。
だが。
“繋ぎ止められた”。
緩く。
しかし確実に。
そしてその関係は。
やがて、さらに大きな波を生むことになる。
まだ誰も知らない形で。




