第十一章「宮廷でやらかす」
王都へ向かう道中は、驚くほど何も起こらなかった。
いや、正確には。
「……魔物、いませんね」
リシアが小さく呟いたように、“起こるはずのことが起きていない”。
街道沿いは本来、魔物の出没が完全に抑えられているわけではない。
特に最近は魔王軍の活動が活発化しており、遭遇率はむしろ上がっていた。
それが。
一切ない。
気配すら感じられない。
カイトは馬車の中でだらりと身体を預けながら、ぼんやりと外を眺めている。
「静かでいいですね」
実に気楽な感想だった。
リシアはその横顔を見て、内心でため息をつく。
(原因は、あなたです)
そう言いたくなるのを、ぐっと堪えた。
彼が通った後は、すべてが“消える”。
瘴気も、魔物も、危険そのものが。
結果として、この道は“完全な安全地帯”になっていた。
だが。
それがどれほど異常なことか、本人だけが理解していない。
数日後。
王都。
高くそびえる城壁。
整然と並ぶ建物。
行き交う人々の数。
辺境の村とはまるで別世界だった。
「人多いですね」
カイトが率直に言う。
アリアは小さく微笑む。
「この国の中心ですから」
そのまま一行は王城へと入っていく。
重厚な門をくぐり、広い中庭を抜け、そして。
宮廷へ。
高い天井。
磨き上げられた床。
整然と並ぶ貴族たち。
そのすべてが、“権力”を形にしたような空間だった。
カイトは一歩踏み入れた瞬間、顔をしかめる。
「……なんか、嫌な感じしますね」
その呟きは、小さかった。
だが。
リシアは聞き逃さなかった。
「嫌な、感じ……?」
カイトは周囲を見回す。
空気は綺麗に見える。
だがどこか、引っかかる。
目に見えない“汚れ”が、薄く広がっているような感覚。
「まあ、いいか」
深く考えない。
いつものように、放置しようとする。
だが。
その選択は、できなかった。
「……お待ちしておりました」
玉座の前に立つ男が、ゆっくりと口を開く。
国王。
年老いてはいるが、その眼光は鋭い。
アリアが一歩前に出る。
「お父様。こちらがカイト様です」
紹介される。
カイトは軽く頭を下げた。
「どうも」
簡素すぎる挨拶。
だが、この場では誰もそれを咎めなかった。
それどころではない。
すでに報告は上がっている。
拠点の消失。
魔王軍幹部の消滅。
そして、その中心にいる存在。
「……話は聞いている」
国王が静かに言う。
「だが、にわかには信じがたい」
当然の反応だった。
だからこそ。
「この場で、確認させてもらう」
空気が引き締まる。
貴族たちの視線が一斉に集まる。
期待と、疑念と、恐れ。
様々な感情が混ざり合う。
カイトは少しだけ面倒そうな顔をした。
「またですか……」
小さくぼやく。
だが断る理由も特にない。
「で、何すればいいんです?」
国王は一瞬だけ沈黙し、それから言った。
「この城には、長年解決できない問題がある」
その言葉に、場の空気がわずかに変わる。
触れてはいけない話題。
そんな気配が漂う。
「地下だ」
短く告げる。
「案内しよう」
王城の地下。
石造りの通路は冷たく、光も乏しい。
進むほどに、空気が重くなっていく。
リシアの表情が険しくなる。
「これは……」
感じる。
濃密な瘴気。
いや、それ以上の何か。
呪い。
長年、蓄積された“負の塊”。
通常であれば、触れることすら危険な領域。
だが。
「うわ、これやばいですね」
カイトが率直に言う。
嫌悪感が強い。
今までで一番、“汚れている”。
「ここだ」
国王が足を止める。
重い扉の先。
そこには。
黒い塊があった。
森で見たものとは比べ物にならない。
巨大で、濃密で、どこまでも深い闇。
脈打つたびに、空間が歪む。
「長年、封じてきた」
国王が低く言う。
「だが、完全には抑えきれていない」
誰も近づけない。
触れれば、ただでは済まない。
そんな代物。
だが。
「なるほど」
カイトは一歩前に出た。
リシアが思わず声を上げる。
「危険です!」
「いや、これ……」
カイトは少しだけ考える。
どうするか。
答えはすぐに出た。
「消した方が早いですよね」
その一言が。
すべてを決めた。
手を伸ばす。
触れる。
――次の瞬間。
世界が、静まった。
黒い塊が揺れる。
膨張し、抵抗する。
だが。
それは意味をなさない。
消える。
完全に。
跡形もなく。
静寂。
空気が、一気に軽くなる。
圧が消え、冷たさが和らぐ。
長年そこにあった“何か”が、完全に消失した。
「……は」
誰かが声を漏らす。
それが誰だったのか、分からない。
全員が、同じ表情をしていた。
理解不能。
現実拒否。
そして――。
確信。
目の前の存在は、異常だと。
カイトは手を軽く払う。
「終わりましたよ」
いつもの調子。
だが。
その“いつも”が、どれほど常識外れか。
この場にいる全員が、ようやく理解した。
国王はしばらく沈黙し。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……見事だ」
その声には、わずかな震えがあった。
恐れか。
それとも、別の感情か。
「カイト」
名を呼ぶ。
「お前は――」
言葉が続かない。
定義できない。
分類できない。
だからこそ。
「……我が国に必要な存在だ」
そう結論づけた。
その言葉は。
歓迎であり。
同時に――拘束の始まりでもあった。
カイトはというと。
「これで仕事終わりですか?」
そんなことを考えていた。
空気の変化も、周囲の視線も。
あまり気にしていない。
だが。
確実に何かが変わった。
この瞬間。
カイトは“ただの通りすがり”ではなくなった。
世界の中心に。
強制的に引きずり込まれた存在へと。
本人の意思とは関係なく。
物語は、さらに大きく動き始める。




