第十三章「魔王軍、理解する」
王都の夜は静かだった。
だが、その静けさとは対照的に。
遠く離れた魔王領では、異様な緊張が走っていた。
巨大な城。
黒い石で築かれたその内部は、重く沈んだ空気に包まれている。
その中心。
玉座の間。
「……報告は以上です」
跪いた魔族が、声を震わせながら言い終える。
沈黙。
誰も動かない。
いや、動けない。
玉座に座る存在が、あまりにも静かだったからだ。
魔王。
この世界における“災厄”の象徴。
その目が、ゆっくりと開かれる。
「……消えた?」
低く、静かな声。
だがその一言だけで、空気が凍りつく。
「は、はい……」
報告役の魔族が頭を下げる。
「拠点、及び幹部個体が……すべて、痕跡もなく」
「破壊ではなく?」
「消失です」
断言。
魔王の指が、わずかに玉座を叩く。
規則的な音。
思考している証。
だがその内容は、誰にも読めない。
「……あり得ん」
短く呟く。
魔王軍の拠点は、単なる施設ではない。
魔力を凝縮し、維持されている“核”。
それが消えるということは。
単なる戦闘では説明がつかない。
「勇者の仕業ではないな」
確認するように言う。
「はい……勇者パーティは別方面にて確認されています」
つまり。
第三の存在。
それも、勇者以上の何か。
玉座の間にいる幹部たちがざわめく。
「新たな人類側の兵器では……」
「いや、それにしては痕跡がなさすぎる」
「そもそも魔力反応が残っていない」
議論が広がる。
だが結論は出ない。
情報が足りない。
理解が追いつかない。
その中で。
魔王だけが、沈黙を保っていた。
やがて。
「……一つ、可能性がある」
静かに口を開く。
その一言で、場が再び静まる。
「“干渉そのものを否定する力”」
誰もが言葉を失う。
意味が理解できない。
いや、理解したくない。
そんな概念は。
この世界の法則から外れている。
「存在を消すのではない」
魔王が続ける。
「“存在した事実ごと消す”」
重い言葉。
それはもはや、破壊でも浄化でもない。
「……そんなことが可能なのですか」
幹部の一人が恐る恐る問う。
魔王は少しだけ目を細める。
「理論上は」
そして。
「だが、それが可能な存在は……」
言葉が止まる。
その続きを、誰も聞きたくなかった。
だが。
「この世界には、本来存在しない」
断言だった。
だからこそ。
「確認する」
魔王が立ち上がる。
その動きだけで、空気が震える。
「原因を特定し、排除する」
シンプルな結論。
だがその言葉には、絶対的な意思が込められていた。
世界の均衡を守るために。
異物は排除する。
それが魔王の役割。
同じ頃。
王都。
カイトは、城下町を歩いていた。
「自由っていいですね」
率直な感想だった。
人の流れ。
店の並び。
賑やかな声。
すべてが新鮮に見える。
リシアが少し後ろからついてくる。
護衛兼監視。
だが形式上は“同行者”。
「何か買われるのですか?」
「いや、特に」
カイトは首を振る。
ただ歩いているだけ。
それで十分だった。
だが。
ふと、足が止まる。
「……ここ、なんか変ですね」
リシアが周囲を見る。
特に異常はない。
人も多い。
店も普通に営業している。
だが。
「少しだけ、汚れてる感じがする」
カイトが言う。
その言葉に、リシアの表情が変わる。
「……まさか」
完全に消えたはずの瘴気。
だが、もし。
「……残滓」
小さく呟く。
消えきらなかったもの。
あるいは、新たに発生したもの。
どちらにせよ。
放置すれば、また広がる可能性がある。
「どうしますか?」
リシアが問う。
カイトは少し考える。
面倒かどうか。
そして。
「まあ、ついでにやりますか」
そう言って、軽く手をかざす。
――次の瞬間。
空気が、澄む。
目に見えない“何か”が、完全に消える。
周囲の人々は気づかない。
だが確実に。
危険は取り除かれた。
「……やはり」
リシアが小さく息を吐く。
この力は、場所を選ばない。
どこであろうと。
何であろうと。
対象になれば、消える。
そしてそれは。
同時に意味する。
「王都すら、安全ではない」
小さく呟く。
守る対象であるはずの場所が。
この男にとっては、“掃除対象”に過ぎない。
カイトはそんなことを考えず、歩き出す。
「なんか食べましょうか」
いつもの調子だった。
だが。
その背後で。
世界は確実に動いている。
魔王が動く。
王が動く。
そして。
中心にいるのは――。
何も知らない、一人の男。
その無自覚が。
すべてを、加速させていく。




