第2話:これが王国の英雄
「アーチボルト・アナ・バウル参上しました」
私の横で、黄金の髪にスカイブルーの瞳を持つ、若干19歳で、この国の英雄になった第八騎士団長のアーチボルトが膝をついて頭を下げる。
ここは大陸で最大の王国、ブランシェンネル王国の謁見の間だ。
玉座に座るは、昨年即位した12歳の女王。アスタレイアン・ブランシェンネル陛下だ。後ろには後見人で宰相のウェルネス卿が立っている。
実質の支配者と言われている。
「よくぞ、戻ってくれたアーチボルトよ。戦線での活躍報告。まるで英雄譚のようで楽しませて貰っている」
「はい、陛下に楽しんでいただければ何よりです」
(どんな報告書なのか見てみたい話題だ)
「さて此度戻って貰ったのは、そなたへの褒章授与と…」
陛下が言い淀む。
「…奴隷勇者の討伐を頼みたいからだ」
「奴隷勇者?反逆ですか?」
アーチボルト騎士団長が問い返す。
「隣国、ヘイムダル王国の軍隊が我が国の召喚施設を急襲した。その折、聖女が逃げ出したようだ」
「我が国の召喚施設にヘイムダルの軍隊?」
アーチボルトの眉間に皺が寄る。
「ならば連れ去られたのですね。彼の国は聖女を欲しがっていましたから…
丁度良い。聖女ごと滅してきましょう」
「いや…召喚施設では、我が国の兵士、奴隷勇者、そしてヘイムダルの兵士全てが死んでいたそうだ」
「全て?全て死んでいたのなら、何故に聖女が逃げたと?」
「施設の壁に大きく焼かれた文字で書かれていた」
「どのように?」
「ブランシェンネル王国に、世界に、天罰を与えると」
「たかが聖女が、天罰と…」
「ヘイムダル王国が滅亡した」
「…何の冗談ですか?」
「聖女の仕業だと思っている。
どうやら妙な力を得たようだ」
「まさか覚醒ですか?」
「わからん。
だが、我が国内の都市が幾つも滅ぼされていると報告が上がってきた」
「滅ぼされていると…報告ですか?」
「そうだ、滅ぼされた住民や兵士からの報告ではない。滅ぼされているのを見た者たちからの報告が上がっているんだ」
12歳の女王が頭を抱える。
「生き残った者がいない。そういうことですね」
「卿の手で何とかしてもらいたい…」
「…承ります」
「案内は横に控える者が行う手筈だ」
女王の言葉により、私に視線が集まる。
「何者ですか?」
アーチボルトが訝しがる。
「元聖女の妻龍桜璃という。好きに使え」
「奴隷勇者ですか?」
「いや、今は市民権を得た諜報員だ」
「妻龍桜璃です。宜しくお願いします」
私は敬礼した。
***
「市民権があろうが、お前は生粋の臣民ではない。わかるな」
謁見の間を出ると、いきなり殴り飛ばされてそう言われた。
「は、はい。アーチボルト様」
私は口の端についた血を拭いそう応える。
「陛下には好きに使えと言われたが。汚らわしい」
と更に蹴られる。
「がはぁ」
「で、どこに反逆の聖女は…奴隷はいるんだ。案内しろ」
「は、はい…」
私は立ち上がると、できるだけ何事もなかったように通路を進む。
蹲っていれば更に蹴られる可能性があるから、どんなに痛くても我慢するしか無かった。
***
王都を南東に第八騎士団800騎と共に馬を走らせる。
「聖女は、南東にいます。都市を陥落させがら王都を目指しているとの情報部から報告が入っています」
「ああ?何故聖女が都市を攻撃できるんだ!何故王都を目指すんだ!」
「強力な仲間もしくは勇者を召喚したのかもしれません」
「これだから聖女は」
といって私を睨む。
聖女は別に望んで勇者を召喚しているわけではない。命を削って召喚させられているのに。
「王都を目指すのは、施設のメッセージを考えると王都を攻撃するためかと」
「フン。まあいい、久しぶりに楽しめそうだ。最近は俺の姿を見たただけで逃げ出すやつらばかりだからな」
「早急なご対応が頂ければ陛下も喜ばれます…な、何でしょうか?」
アーチボルトが私を見ていた。
「……お前はなんで、市民権を得られ、しかも諜報員などさせて貰えてるんだ?」
「運が良かっただけです」
「…聖女などまさに使い捨ての最たる勇者だからな、せいぜい神に感謝…いや、陛下に感謝するんだな」
「はい、この命。陛下に捧げております」
「当たり前だ、勇者風情が」
***
件の聖女がいる地までは遠い。
馬の脚でも、幾日も掛かる。
野営や町での宿営などが行程に含まれる。
私は、毎晩のようにアーチボルトに難癖をつけられ、暴力を受ける。
自分を至上と考え、勇者は蔑むべきと思われているため慰み者にすらならないのが救いだ。
騎士や兵士もこれだけ痛めつけられていると、流石に避けて通る。
「大丈夫ですか?」
(え?)
心配される言葉など何時ぶりだろうか…
「大丈夫です、枯れても聖女ですので…回復もできます」
「うら若い女性に酷い扱いですね」
「勇者ですから、人扱いはして頂けないのでしょう」
「私たちと何が違うというのか…」
「騎士さんはお若いのですね」
「先日騎士に取り立てて頂きました」
「勇者はその昔、この世界を滅ぼしかけたことがあるそうです」
「歴史で習いました…
魔族の進行からこの世界を守るために勇者を召喚したが、勇者たちは反旗を翻して人類も魔族もこの世界に住む全ての者を虐殺し破滅に導いた。
勇者を止めるために、この世界の王族と魔族が手を取り合い。勇者を滅ぼして平和を取り戻した…」
(そんな歴史があるなら勇者など呼ばなければ良いものを…)
「ですが、私は勇者全てが悪いとは思っていません」
そう言って若い騎士は私の手をとる。
私は17歳。日本人だから黒目黒髪だが、クラスでも容姿で人気のある方だと思っていた。これから一番輝く時だった。だけど高校に入学した日にこの地に召喚されてしまった…
「私などに触れると、皆から怒られますよ」
「そんなことは気にしません」
「この聖女討伐ですが、貴方に危険があれば騎士としてお守りします」
(え?)
こんなことを言われるなんて、元の世界を合わせても初めてだ…
「あ、ありがとうございます」
「必要ないかもしれませんが、傷薬です。お使いください」
そう言って若い騎士は、薬瓶を渡して離れていった。
私は暫く薬瓶を握りしめて立ち尽くした。
――まさかね。
***
南東に四日走らせたところで、岩場地帯に入ると、私は馬を止めた。
「何を止まっている!」
「地龍です。地中に隠れています」
地竜が行く手を阻んでいるのを察知した。
私が、市民権を得てこの仕事に着けた由縁だ。
「アーチボルト様。迂回いたしましょう」
「バカかお前は、地龍如きに何故我らが迂回せねばならん」
「ですが…」
「お前たちはそこにいろ」
アーチボルトはそう言い放つと、単騎で進んでいった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
馬の足音を感じたのか、大地が揺れ始める。
ヒヒヒィーン
私の乗る馬が嘶き暴れ始めた。
必死に首に掴まる。(ちょ、たた、助けて)
さらに岩盤が弾き飛び、巨大な頭高で三メートルはあるであろう地龍が現れた。
四つ足で立つずんぐりした体躯に、岩の躰…凶暴な口からは白い煙が出ている。
アーチボルトはこんな龍にどうやって戦うというのか。
「団長ーーー!」
「アーチボルト団長さっさとやっつけて下さいーーー!」
「先を急ぎましょう!」
私は後ろで激を飛ばす騎士を見る。
(この人たちは勝つことを確信している?)
アーチボルトは剣を抜き掲げて、騎士たちに応じる。
近づくアーチボルトに、地龍は息を吸い込むと、口の端から黒い煙と火の粉の光をまき散らす。
がぁああああぁぁぁああと、勢いよく炎が吐かれた。
炎は自らの前方に弧を描くように吐き出す、地についた炎は消えることなく大地を燃やし、岩を熱で割り、溶かしていく。
アーチボルトは盾を構えマントを翻すことで、馬ごと身を守り炎に突っ込んでいく。
(うそ…)
私は口を両手で覆った。
石を溶かすなんて1000度や2000度はあると思うのに…
ブワッ
そんな音が聞こえそうに、アーチボルトはマントを振って炎を突っ切った。
地龍は身体を振ると尻尾を振り回す。
それを、馬が飛び越える。
「馬にも何か魔法が?」
「そうだ!団長の装備は馬の装備を含め全て魔法付与されているんだ!」
「何物にも負けない最強の英雄さ!」
騎士たちが私の漏らした声に答えてくれる。
アーチボルトはそのまま剣を地龍にすれ違いざま、腹に剣を付き立て引き裂いていく。
(噓でしょ、あの岩のような外皮を…)
あまりに馬鹿げている。そんな感想しか出てこない。
バシャァァァァアアアァァァァァアァ!
地龍は腹から臓物を吹き出しながら、一歩二歩前に進むと横に倒れってしまった。
アーチボルトは剣を振って血糊を振るうと剣を突き上げ、此方へと向け手綱を引いた。
「ウヲォォォォォォォォォォォ!」
「団長ーー!」
「団長最高ーー!」
礼儀正しいはずの騎士もたまらず叫ぶ。
(確かに凄い…これが王国の英雄…)
私は身震いした。
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