第17話 王立図書館
「なるほど。今までの話をまとめるとリトネカルタは、カードランクにより出現条件が違うようですな」
いつもの指示棒を手のひらでパチパチとしながら、キリウス先生がうやうやしく呟いた。王立図書館の立派な長テーブルには、キリウス先生とアルシアス、向かいにネモと私が座っていた。そして中央にはリトネカルタが置かれている。まずは取得状況の確認とレシピの書き起こしと保存について取り決めたところだった。
「Dランクカードは今のところ最低限の食に関するものだ。食べるということ自体や食材の管理方法が主だな。Cランクの白パンや蜜入りルモネードの場合は、嗜好や娯楽性といったところか……だが白パンカードが発動したタイミングを考えると、認知や行動変化なども関係しているかもしれない」
アルシアスが次々と論理立てて考察していく。すごいな。私なんて今までそんなことまったく考えたことなかったのに。
「Bランクはセンステの日干しでした。つまり保存や加工技術か?」
うわ、ネモもちゃんと覚えてる。何か聞かれたらどうしよう。私は挙動不審になり、あちこち目を泳がせてそわそわしていた。
「コロ、何やら先ほどからずっともじもじしてますね。女性にこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、我々に遠慮せずに行ってきなさい」
キリウス先生が真面目な顔で、子どもにいいきかせるように出口を指さす。いや違うよ、トイレじゃないからっ。
「ち、違います!」
「コロ、我慢は体に良くないぞ」
「……漏らすぞ」
アルシアスとネモも私を見る。だから違うんだってば。ガチャガチャと騒いでいると、外から静かに扉をノックする音が聞こえた。
「なんだか楽しそうですね――お久しぶりですみなさま。伯父上もご健勝そうでなによりです」
トレードマークのモノクルと、まるで貴族のような服装。扉から現れたのは、グレンタで出会った商業ギルドマスターだった。
「本日私が馳せ参じたのは、新たな情報が入ったからです。文や伝令でも良かったのですが、直接お伝えしたほうがよいと思いまして」
ギルドマスターは、あらかじめ用意していた資料を手際よく全員に配った。相変わらず準備がいい。
「アルシアス様はすでにご存じかと思いますが、コロ様は初めてなので、いちから説明しますね。まず、招待を受けているのは、ウルラザード王国。誇り高き民と飛竜のいる砂漠の国です。先帝が病で退位したので、若き新王とその弟が代わりとなる予定です。それと先帝の時代は大臣が実権を握っていましたが、新王の代からは御親政になられるとのこと。つまり、今後の貿易条約の交渉は、大臣ではなく新王と直接行う予定ですね」
砂漠、御親政、飛竜!?飛竜ってあのドラゴンのことだよね?なんか、すごい話に頭が混乱してきた。
「そして、リトネカルタ収集の最大の敵であるゼニクス・レグラ王国の一行も招待されていると分かりました。なんでも新王は情報交換をしたいとお望みだそうです」
その言葉に、全員が顔を見合わせた。それってどういう意味なんだろう。
「こちらの情報を寄越せ、ということか?……そんなふざけた取引には応じるつもりはないが」
アルシアスが憮然と言い放つと、それまで静かに話を聞いていたキリウス先生が口をはさんだ。
「アルシアス様、恐らくその心配はないかと思いますぞ。砂漠の民は不正を極端に嫌います。なので他意はないかと。無論、全てのものがそうだとは限りませんがな」
「まぁ、そう言われるとそうかもしれんが……」
珍しくアルシアスが諭されるみたいな形になってる。なんかちょっと新鮮かも。さすがキリウス先生すごい。私が興味深く2人の様子を眺めていると、隣に座ったネモがぎゅっと私の二の腕をつまんだ。突如伝わる小さな痛みに体が浮き上がる。
「っ、いたいよ、ネモ」
「おまえが失敬な態度を取るからだ」
ネモが顔を背けたので、私はネモを睨んで頬を膨らませた。そんなみんなの様子をニコニコと眺めていたギルドマスターさんは、パンと一つ手を叩いた。
「さてみなさん、お伝えしたいことは以上です。打ち合わせがあるので、私はこれで失礼しますね」
すっと立ち上がったギルドマスターさんが扉を開ける前に、思い出したように立ち止まり、振り返った。
「そうだコロ様。あの蜜入りルモネードですが、酒屋が昼間に出すようにしたら大盛況でして。ご婦人たちの憩いの場になっていますよ。それと、魚で有名なアマルの町から行商人がやってくるようになったんです。魚を干したものをパンにはさんだものなんですが。こちらでも同じものを作れないかと、いま各町の責任者と話し合っているところです」
アマルの町や、グレンタの町での出来事が次々と思い浮かんだ。リトネカルタをきっかけに、少しずつ色んなつながりが出来てるんだ。そう思ったら、喉の奥がキュッと熱くなった。もっともっと頑張らなくちゃ。心の中でそう決意した。
会議室を出ると、私は息を飲んだ。何度来てもこの王立図書館には圧倒されてしまう。見上げるほどに天高く続く白亜のアーチ。大理石の柱には青緑の蔦が絡みつき、巨大な円形のステンドグラスからは、きらめく陽光がやさしく影を作り出していた。
「アルシアス……」
先に外に出ていたアルシアスが、そこに静かに佇んでいた。宙を舞う光の粒子が、その美しい横顔を照らしている。でも、なんだかその姿は、見ているだけで胸が締め付けられるような、すごく寂しそうな感じがした。後ろにいたネモを振り返ると、いつのまにか距離をとって入り口で待機している。きっと声が届かないところで待っていてくれるつもりなんだろう。
「アルシアス……なに見てるの?」
足音を忍ばせてひっそりと近づくと、私はアルシアスの隣に立った。同じように上を見上げる。
「わぁ……きれいな人」
入り口の正面、巨大なステンドグラスから降り注ぐ光の真下に、その肖像画は掲げられていた。描かれているのは、まさに絶世といってもよいくらいの美しい女性だった。絹のような細いプラチナブロンドの髪に、涼しく理知的な紫色の瞳。美しいと同時にどこか儚い少女のような感じもする、不思議な人だった。なんだろう。どこかで会ったような、どことなく誰かに似てるような気もする。
「これってもしかして……」
「――亡くなった王妃だ」
相変わらず肖像画を見つめたまま、アルシアスが答える。そういえば……何度もグスタ王には会ったけど、その隣に王妃様はいなかった。それに、お城のどこにも王妃様の絵は飾られていなかった。もっといろいろ聞いてみたい。でも、それはいましないほうがよいような気がした。
「本当に、素敵な人だね」
「……ああ」
アルシアスと2人並んだまま、しばらくの間、ずっとその絵を見つめていた。




