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リトネカルタ  —おいしい世界の作り方—  作者: 猫能しろ
第2章

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第16話 王都帰還

久しぶりに帰ってきた王都フラヴィーアは、少しだけ雰囲気が違っていた。

何が違うかって言われると難しいんだけど、活気が増えてるし、城下町の至るところで焼き立てのパンのいい匂いがする。商店の軒先で、仕事の傍ら白パンを齧っている人がいたり、すれ違う親子連れが、焼きたてのパンを嬉しそうに抱えている。アルシアスが新しく設置された窯を見つけて指さした。


「あそこにも窯が増えたようだ」

「よかった……お願いした通り増やしてくれたんだ」


グスタ王にちゃんとお礼を言わなくちゃ。お城に着くと、前回同様すぐに大浴場に放り投げられ、まずは王様に挨拶をした。また夜に晩餐会があるので、私は準備のために、急いである場所へ向かっていた。お城の中だっていうのに、ネモはあいかわらず護衛として私のあとをついてきていた。


「クイネさん、ただいま戻りました~!!!」

「おーっコロ。よく戻ったな、元気にしてたか」


厨房であちこちに指示を出していた熊のような大男が、大声をあげながら逞しい腕で私を抱きしめる。力加減が相変わらず容赦ない。ぺちぺちと背中を叩く。


「く、く、苦しいよ。クイネさん」

「あ、悪ぃ」


クイネさんが声に反応してパッと手を離した。やっと息ができる。あー、やっぱり厨房が一番落ち着く。ほっとして、いい匂いがして、温かくて戻ってきたって感じがする。


「ふぅ、今日の晩餐会にリトネカルタのレシピ料理を食べたいって、王様から言われたの。多分そのうち連絡がくると思う。だから先にみんなにレシピを伝えておこうと思って」

「おぅ、わかった。新しいレシピか。今度はどんな無茶を持ってきやがったんだ。挑戦したくてワクワクするぜ」


厨房のスタッフ全員にも集まってもらって、必要な材料と手順を伝える。材料をそろえたり、手順を確認して作業を進めたり、夢中になって動いていると忙しい厨房がさらにバタバタとし始めた。


――コンコン。コンコン。


その時、厨房の外へ通じる裏側にある扉が叩かれた。


「お、来たな。もうそんな時間か」


クイネさんが呟くと、厨房の奥から大きなバスケットを取り出しドアを開けた。そこには、老齢の男性と若い女性、それと小さな子供が2人並んで待っていた。


「今日は新しいパンをたくさんいれておいたからな。たらふく食えよ」

「いつもありがとうございます。最近流行っている新しいパンは、子供たちが特に喜びます。それに、町の雰囲気も変わりました。みんな、食べることが楽しみになったような気がします。これもすべてお城の皆様のおかげです」


やり取りからするに、どこかの施設に寄付をしてるってことなのかな。会話を聞きながら手を動かしていると。


「あれは孤児院に届けてるんだ」


突然後ろから聞こえた声に肩が跳ねる。振り向くと、アルシアスが呆れた顔で立っていた。その姿に厨房が一瞬水を打ったように静まり返る。夜会服を身にまとったアルシアスは、まさに絵になる人だった。重厚な黒の上着に精緻な刺繍、首元の深紅に大粒の紫の宝石が、端正な顔立ちをいっそう引き立てていた。


一緒に旅してるときはあまり意識したことはないけど、こうして白エプロンに粉と野菜の切れ端まみれになっている私とは、対極の位置にいる人間のような気がする。


「やはりここにいたのか。何してるんだ、あまりにも遅いから迎えに来たぞ」

「ごめん。あのパンが孤児院にも届いてるんだね」

「……そうだな」


城下町で見たパンを抱えて歩く親子や新しい窯。それに先ほど顔を見た孤児院の子どもたちの顔。せわしない厨房の音とあいまって、言葉にできない感情が、底からせり上がってくる。


「あ、そうだ今ね、王様からリトネカルタのレシピの料理を――」


言いかけた時だった。私の周りに光の粒子が発生した。やがてそれは大きな輪となり広がっていく。掌にはいつものようにカードが1枚。何度見ても神秘的な光景だ。


━━━━━━━━━━━━━━━━


   リトネカード


  【庶民の白パン】


 ランク:C

 No.22


白きパンは、満たすための食にほのかな歓びを添える

日々の暮らしにひろがる、庶民のためのやさしき常食


━━━━━━━━━━━━━━━━



「なんで今ごろ……?パンを作ったのってお城を出る前だったのに」

「……なにか法則があるようだな。それについてはまた後だ」

「アルシアス様。そろそろお時間です――」


音もなく、すっと扉から現れたネモが声を掛けてきた。私も用意しないと。でもやっぱりあの苦しいドレスはなるべくなら着たくない。ということで。



「こちらは具がたくさんの鍋料理。それから焼き立ての白パンにローストを挟んだ品です。食後には蜜入りルモンの温かい茶を用意しています」


白雪の餐堂で、私はまたメイド服を着用し、サーブ係に徹していた。この格好なら、ドレスと違って苦しくないし肩も凝らない。なにより粗相する心配がないから安心だし。サーブされた料理は、まず王の背後に控えていた毒見役である侍従長が、慣れた手つきで一口だけ小さな銀皿に取り分け、静かに口へと運ぶ。問題ないことが確認されると、グスタ王がうやうやしくナイフとフォークを手に取った。毎回この時間だけは、緊張して胃がきゅっとなる。


「コロよ。どれもこれも素晴らしい味だ。今宵は宴だ。身分や礼儀などという退屈な鎖は、一度すべて忘れるが良い。――みな存分に飲め。食す機会を逃すのは、愚か者であるぞ」


グスタ王が優雅に最初の一口を口に運び、満足そうに頷く――その瞬間、空間を支配していた張り詰めた空気が一斉に解けた。リトネカルタのレシピを使った料理に、グスタ王はいたく満足してくれたようだった。


「……ふむ、リトネカルタも順調に集まっていると聞いた。なんと満足なことか。コロよ、こちらに来るがよい」

「は……はいっ」


王は笑いながら私を手招きした。どうしようと思って、無意識にアルシアスを見ると、無言で頷いた。恐る恐る近づいていくと、グスタ王は椅子の背から身を乗り出した。それからごく自然な動作で、私の頭へと分厚く大きな手を乗せた。温かな手でわしゃわしゃと撫でられて、わけがわからず私は思わず目を丸くした。


「へ、陛下……!」

「――また一歩、我の夢に近づけてくれたのだな。おまえが」


控えていた従者が頭を抱えて小言を言い始めているが、グスタ王は悪戯した子どもみたいに、楽し気に大声をあげて笑った。その時だった。後ろから固い足音がして、突然背後から伸びてきた力強い腕に、有無を言わさず王様から引きはがされた。後ろから強引に抱きすくめられるような形になり、驚いて上を見上げるとそれはアルシアスだった。


「お戯れが過ぎませんか、陛下。宮廷において、王が他人の身体、ましてや頭部に直接触れるなど」

「アルシアスか……よく戻った。息災で何よりだ。おまえにも褒美を取らせねばな」


アルシアスの声が刺すように冷たい。なのに王様は、面白そうになぜかずっとにこにこしている。


「公の場でこのような甘やかしは、周りに示しがつきませぬ。二度とこのように彼女にベタベタ触らないでください……どうぞお戻りください、陛下」

「ふ……、あいかわらずの堅物め」


グスタ王の目が細められ、声が小さくなる。とたんに周りに緊張感が走る。でも王様は蜜入りレモネードを味わうように飲み干すと、満足そうに息を吐いた。


「全く誰に似たのだか……、まぁよい。今宵はゆっくりと休むがよい」


侍従長がやれやれとため息をつき、周りにいた参加者が肩をなでおろす。今のはいったい何だったんだろう。


二人の攻防の真ん中で、私はただパチパチと目を瞬かせるしかなかった。

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