82.「幸せ」を知らない人~うかつな発言は命取り~
借金が無くなったが、何かが起きた時の為に備えて金を稼ぐという話をしていた碧とノウェム。
すると、女の声が聞こえてきて──
「さて、先月の稼ぎで、借金がなくなったけど、次また何か起きた時の為に備えよう!」
「要は働いて金を稼ぐんだな」
「そゆことです」
ノウェムさんの指摘に頷く。
お金は幾らあってもいいものだからね。
ないよりある方が幸福度が高くなりやすい。
とか考えていたらギャーギャーとわめく声が聞こえてきた。
私は首を傾げ、ノウェムさんもよく分かってない顔をする。
「とりあえず、行こう」
「ああ」
私達は急いで会社の入口へ向かった。
「パトリ社って此処でしょ! 此処のメカニックに無理矢理されて子どももできたのよ! 責任とりなさいよ!」
バッチリとケバケバしいメイクをした女が立っていた。
いや、子どもできたならハイヒール止めろよ。
煙草なんてもっての他だぞ。
うわぁ……煙草の匂い嫌い!
「話は伺いますが、まず事実確認をさせてください」
「そいつよ! そいつ!」
そう言って女が指差したのは──涼兄さん。
「はぁ⁈ 俺現実の女怖くなって、二次元にしか興味ないんですが⁈」
「つい最近の飲み会で私と会ったでしょう⁈」
「会ってませんが⁈」
涼兄さん、こう言う時は強気だな。
言われないこと言われると強気なのは私と涼兄さんくらいか、順兄さんは優しすぎるんだよなー。
「本当に妊娠したか検査いたします」
「ちょ、アンタ誰⁈」
「デケムです、あらゆる医療行為ができる特級医師の資格を持ち合わせております」
どこからかデケムさんがやって来た。
デケムさんはサングラスを取り出し、お腹を見た。
「腹部に入っているのは、シリコン製の妊娠偽造用の腹巻き」
「‼」
女の表情が変わる。
「ですが、妊娠しているのは確かです。けれども父親が涼様である確率は0%、父親対象者はこの場にはおりません」
シーンとその場が静まり返った。
そこへめずらしくしなびてないドゥオがやって来た。
「おんやぁ⁈ アンタは確かかなり前に涼の奴に薬を盛って持ち帰りしようとした女だよなぁ⁈ 既成事実作るために!」
「ひっ⁈」
ドゥオのすわった目に、女は腰をぬかす。
「どうせ、父親が誰かわかんない位やって来たんだろう? 自己責任だぜ」
「何よ……私だって幸せになる権利はある──」
ドゥオは女の顔をわしづかんだ。
「他人を踏みにじって幸せになるのは権利じゃねぇんだよ」
女の顔は真っ青だ。
「さっさと失せな、あと子どもの事を考えるなら家にでも帰りな」
そう言って女の顔を離すと、女はそのままへたり混んだ。
そして女は唇を震わせて喋り始める。
「帰る場所なんてあったらとっくに帰ってるわよ! 親父は不倫した挙げ句、不倫相手に刺されて死んで、母さんはそれに病んで自殺して、親戚中たらい回しにされた挙げ句捨てられた!」
私は息をのんだ。
「気がついたら万引きや体を売ることを覚えて、男に媚びを売って生活するようになった。だから家なんてない。妊娠したって誰も認めたくないから、帰る場所なんてないのよ!」
泣きじゃくる子どものようだった。
ああ、この人はつまり「普通の幸せが分からない人」「幸せを得られなかった人」なんだ。
「同情はします、でもそれが兄の名誉を傷つけて良い理由にはなりません」
私はハッキリと告げる。
「ですが──デケムさん、生活困難者の妊婦さんへの対応ってできる?」
「勿論です、妊娠中なら産婦人科で見て貰い寮住まいをいたします、また生活困難で仕事がないという場合は合う仕事を見つける支援施設もありますが、仕事が困難な方向けの施設も提供しております」
「そ、そんな都合のいい施設聞いた事無い」
女は驚いたような声を上げた。
「日本政府ではやっておりません、モナル社の慈善事業の一環です」
「モナル社って、あの、大企業のモナル社……うそ、でしょ」
「日本政府にも問題はあります。貧困者を助けず見殺しにした例も数知れず、それを指摘されない為に、モナル社の慈善事業は日本ではCMなどにも流されないんですよ。ですが、『モナル社』『慈善事業』などで検索していただければすぐに支援できます」
デケムさんは続ける。
「子どもの場合、親の虐待が酷い時は警察、児童相談所より先にモナル社が介入し、親権停止を行っております」
「知らない、そんなの、知らない……」
「介入されたら問題があるからこそ、介入される前にひと思いに、という事件が後を絶ちません。捨てられた貴方はまだマシだったのでしょう」
デケムさんは哀れむような表情で続けた。
「貴方が、いつか自分の足で歩きたいと、幸せになりたいと願うのでしたら、私の手を掴んでいただけませんか」
「……」
「これが、私が貴方にできる数少ないことですので」
女は──妊婦さんは涙を拭った。
妊婦さんはデケムさんの手を掴んだ。
デケムさんはにっこりと笑い、おんぶをして車に連れて行った。
「デケムさん、何の用事でウチにきたんだろう?」
「アレだろ」
ドゥオは「アレ」とだけ言う。
「アレって言わないでちゃんと言って! 分からないんだから!」
「噂でパトリ社に勤める涼ってメカニックの子を妊娠したから認知させたい、場所はどこだというのが流れたから真偽を確かめるのと、支援が必要か否かを見極めるために来たんだろ」
「そんな噂流れてたの⁈」
「まぁ、ほとんどの連中が『あの二次元オタクに限ってそりゃねーよ』って爆笑してたらしいんだが、一人だけ面白半分で教えたらしい」
涼兄さんは拳を握り締めた。
「おい、ドゥオ、ソイツの居場所教えろ、しめに行く」
涼兄さん、怒ってるなー。
でも大丈夫か?
兄さん喧嘩弱々なはずだぞ?
妹の私にも負ける位に。
「涼兄さん、止めときなって、喧嘩私より弱いんだから」
「う゛」
「大丈夫、俺がしめといたから。って、涼、碧ちゃんより喧嘩よぇえのだっせー!」
「碧が異常なんだよ!」
心外な。
「それは同感だ、碧の身体能力は異常だ」
ノウェムさん⁈
「ああ、ノウェムから報告で来たぞ何せロボットと危険な『鬼ごっこ』を幼少時からしていたとな」
ウヌスさーん⁈
「ノウェムさん、それ本当ですか?」
「ああ、この目で見て危険だと判断するレベルのものだったからな、今は禁止している。というか一生禁止だ」
「そんなぁ」
ノウェムさんはため息をついて立ち上がった。
「あ、お?」
やっべ。
つい本音が。
「本気で尻叩きを検討するぞ」
「この年で尻叩きなんて恥さらしもいいところだから嫌ー!」
ノウェムさんの目が本気だ、ヤバい、どうしよう⁈
「あー、ノウェムさんや。碧は純情な乙女じゃ、そんな乙女に無体を働いてはいかんぞ」
宗一お爺ちゃんが、割って入ってくれた。
「しかしですな」
「どうしても仕置きしたいというなら、自室でしなされ。人前でやられたら碧の社長としての面目が丸つぶれですじゃ」
お爺ちゃーん⁈
「なら、そうするか」
ノウェムさんに抱きかかえられる。
「みぎゃー!」
そのまま、一瞬で自室に行き鍵をかけられる。
下ろされたと同時に私は距離をとり、お尻を隠す。
尻叩きは嫌です!
「……尻は叩かんからこっちに来たまえ」
「本当? 本当にお尻叩かない?」
「叩かないと言っている」
ベッドに腰をかけているノウェムさんに近寄る。
ノウェムさんは私の腕を掴み、ベッドに押し倒した。
「え⁈ 何々⁈」
何をしようとしているか分からなくて困惑する。
「だから仕置きだ」
そう言ってボディースーツのチャックを下げると首筋にキスをし始めた。
くすぐったい。
首筋へ何度もキスを落とされる。
くすぐったいけど、もどかしくて嫌!
私もノウェムさんに触りたいー!
「さーわーりーたーいー!」
足をジタバタさせて抗議するが、ノウェムさんは首筋にキスをしたまま言う。
「君は触れ合うのが好きなのだろう? だったら今日は君からは触らせない。それが仕置きだ」
「そんなぁー!」
なんて生殺しだよ!
お仕置きが終わる頃には、胸元から上は真っ赤な痕だらけで、人に見せられないとボディースーツのチャックを上げた。
「次、また馬鹿な事しようとしたら更に上の仕置きをする?」
「更に上って何? 更に上って⁈」
「さぁ、何だろうな?」
意地悪げに笑うノウェムさんに、次はどんな仕置きが来るか戦々恐々した。
一方で、あの焦れったいお仕置きに別の意味で危機感も抱いてしまった。
ノウェムさん、やっぱりこういう所が怖い!
久しぶりのデケム活躍回とドゥオの活躍回です。
そして鬼ごっこをまだやりたいと懲りてない碧。
ノウェムにお仕置きされて、ちょっと別の危機感を抱きました。
女性は色んな福祉から取りこぼされた被害者です、ですが加害者になって言い訳ではないという教訓です。
特に全く関係ない誰かの足を引っ張るなど。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
誤字脱字報告等ありがとうございます。
次回も読んでくださるとうれしいです。




