79.碧の後遺症~愛してると私を愛して~
パーティで手込めにされそうになった碧は、ノウェムと家族以外の男性に恐怖心を抱くようになっていた。
そのため、無意識にノウェムにべったりするようになっていたりしていた。
それをレティシアに相談すると──
パーティに参加して誘拐されて手込めにされそうになったが、未遂で終わったので良かったと思っている。
手込めにされていたら、私は自分自身を嫌いになっていただろうし、ノウェムさんは相手を殺してしまっていたかもしれない。
私達の関係は破局していたかもしれない。
少なくとも、その時の私は本気でそう思っていた。
そう思うと、桐人兄さんには感謝の念はあるのだが。
だけど、借金額をごまかしてたのだけはいただけない。
次にまた私とレティシアさんへ違う金額を伝えたら無料で何かさせるぞ、と脅したので次はないと思いたい。
ちなみに、会社の業務に支障が出ているかと言われれば。
地味に出ている。
ノウェムさんや涼兄さん、宗一お爺ちゃんには接触しても問題ない。
クラレンス達にも接触しても問題ない。
ただトレースさんやウヌスさんとの接触がしづらくなった、私が。
手込めにされそうだったというのが思っていた以上に私に恐怖心を植え付けていたようで、家族以外の男性を極端に怖がるようになってしまったのだ。
だから私は、無意識にノウェムさんへべったりするようになっていた。
ドゥオを見るたびに、あの時の男を思い出してしまう。
吐き気がして逃げ出したくなるほどだった。
それをレティシアさんに相談すると──
『カウンセリング受けてみたらどうかしら?』
「カウンセリングですか……」
確かにこのままでは仕事にも支障が来すようになってしまう、本格的に。
今はテロリストや銀行強盗を相手にしても、何とか平静を保てている。
いつその我慢ができなくなるか分からない。
『じゃあ、うちに来てくれる? セスがカウンセラーの資格を持ってるから』
「あ、はい」
レティシアさんが事情を説明してくれたので、会社はウヌスさんに任せ、私とノウェムさんはレティシアさんのお屋敷へ向かった。
季節は八月。
車の外へ出ると、強い日差しが容赦なく体を焼いた。
「暑い!」
「早く中に入ろう」
レティシアさんの屋敷に入ると順兄さんと、テオ君とミネルヴァちゃんとデケムさんの姿がなかった。
「いらっしゃい碧さん」
「お招きくださりありがとうございます」
「かしこまらなくて良いのよ、さぁ上がって」
冷房が家中に効いており涼しかった。
リビングに通され、そこでレティシアさんがいなくなり、セスさんがお茶を用意して、待っていてくれた。
「ノウェムはいた方がいいですか?」
「……一旦席を外してくれたほうが……」
言いにくいこともある。
ノウェムさんには特に。
「分かった、何かあったら呼んでくれ」
そう言ってノウェムさんも二階へ上がっていった。
「碧さん、貴方は自分がどういう状況だと思っている?」
「ノウェムさんと家族以外の男性を……凄く怖いと思っている状態です、特にドゥオみたいな人を……」
「なるほど……碧さんは、そのような男性に辛い目に遭わされたのですから、仕方ないですね」
「そう、ですか?」
「ええ、そうです。不躾ですがノウェムとは清い関係なのでしょう?」
「は、はい……」
清い関係なのかなー?
まぁ、まだ肉体関係ないから清いとは言えるのかな?
するのは体を触る位だし。
「なのに、無理矢理誘拐され、手込めにされそうになったのです。怖いと思わない事の方が普通じゃないです」
「そう、ですか?」
「ええ、それをノウェムに言いましたか?」
「いえ……ちょっと不安だから一緒にいてとしか……」
ノウェムさんを不安にしたくなくて言っていない。
「ならノウェムに言った方がすっきりするかもしれませんね」
「いえ……それが怖くて言えないんです」
「怖くて、ですか。ノウェムが貴方に何かしますか?」
私は頷くことも、首を横に振ることもできなかった。
分からなかったからだ。
汚らわしいと言われる、それとも哀れまれる?
それとも今の関係が崩れ去る?
そうだ、私は今の恋人関係が崩れることを最も心配している。
それにあの男の居場所を突き止めてノウェムさんが暗殺を実行するとも限らない。
レティシアさんや桐人兄さんの会話からそういう可能性もある。
そんな男の血で手を汚してほしくないのもある。
あの男に触れられそうになっただけ。
本当は、それだけのはずなのに。
それでも私は、自分が汚れてしまったような気がしていた。
あんな視線を向けられる対象になってしまった時点で。
貧相な体だと思っているのに、あの男は触ろうとしてきた。
それが今もたまらなく気持ち悪い。
あの感触を消してほしい。
もっと強く抱きしめて。
愛しているって。
私は汚れてなんかいないって。
そう言ってほしかった。
でも──
苦しくてそれが言えない。
弱くなってしまったんだろうか、私は。
「恐らく心的外傷反応……いわゆるPTSDに近い状態です」
セスさんはそう呟いた。
「申し訳ございません、私の技量ではこれ以上深入りすると貴方の心をより傷つけてしまう恐れがございます」
「いえ、いいんです……すこしだけ、ほんの少しだけ気が──」
「嘘はおっしゃらないで下さい、より辛くしてしまい申し訳ございません。ただ一つ助言をば」
「はい……」
「この一週間は仕事全て休んでノウェムと一緒にいるのが良いでしょう、外にでる必要はありません」
「でも、仕事……」
「ウヌスと、貴方の叔父にお任せすれば良いかと」
「……」
それで、良いのかな?
「レティシア様、それでよろしいですか」
「ええ、良いわ。私から伝えておくから。ノウェム、貴方は碧さんの側にいてあげて」
「勿論だ」
ノウェムさんとレティシアさんが二階から降りてきた。
二人は赤ちゃんを抱いている。
「あ、テオ君に、ミネルヴァちゃん……二ヶ月も経ったから大きくなりましたね」
「ええ、そう。こどもはすくすく成長してくれないと困るわ」
「碧、やはり小さい命は怖い……」
「ノウェムさんったら」
少しだけ笑えた。
おっかなびっくりなノウェムさんからテオ君を預かったセスさんはレティシアさんからミネルヴァちゃんも預かり、二階に向かいそして戻って来た。
「お見送りをするわ」
「はい、ありがとうございます」
私とノウェムさんは車の乗り込み、レティシアさんの家を後にした。
「碧、調子は良くなっ……てないようだな。確かにセスが一緒にいろと言うのも分かる」
「そ、そんなに顔にでてる」
「そもそも、レティシアがカウンセリングを受けたらと言った理由だが、私が事前に報告していたからだ、君の様子が痛々しくてな」
ノウェムさんの言葉に驚きを隠せない。
「続きは家で話そう、一週間私達は休みを貰えたのだから」
「う、うん……」
私達は会社──家へと帰った。
そして自室に戻る。
最初は母と父のものだけの部屋だったが、今は私のライトノベルや、恋愛小説、ゲーム雑誌、攻略本と携帯ゲーム機と、テレビにノートパソコン。
ノウェムさんの所は今はスイーツ雑誌が並べられている、またスイーツ注文専門のノートパソコンもある。
ベッドには私の猫のぬいぐるみが寝っ転がっている。
私とノウェムさんの部屋。
数少ない安心する場所。
ノウェムさんは冷蔵庫から麩まんじゅうを取り出した。
そして部屋に置いてある粉末緑茶をお湯で溶かして私に出した。
「まずは一息つこう」
「うん……」
その心遣いが温かかった。
麩まんじゅうの独特の柔らかさとあんこの甘さを堪能しつつお茶を飲み、一息つくとノウェムさんは言った。
「カウンセリング、あまりよくなかったようだな」
「そ、そんなこと──」
「でなければ、セスはあんなことを言わない。それに碧、君は最近自分の顔を見ているのか?」
「……見てない」
怖くて見てない。
一緒にベッドに腰を下ろして話をする。
「肌はボロボロだし、目の下にはクマができている。美奈も心配しているし、他の連中もみんな心配しているぞ」
「え……」
「それに銀行強盗や、テロリストと対峙するとき、過剰なほどの防衛を行ってそして過剰に叩きのめす行為も目立っている」
「そ、そんなこと」
ない、と言えなかった。
心当たりが多すぎたからだ。
「碧、私は君が誘拐されたと知った時、心臓が破裂するかと思った、心配のあまり」
「ノウェム、さん」
「桐人の奴が君にGPSを仕込んでいたからその場所を直ぐ特定し、また関係者をレティシアが捕まえて連れてきたので即座にワープで移動し、私は感情のまま壁を壊して君の元へと向かった」
「ノウェム、さん」
ノウェムさんから聞かされる言葉に、少しずつ落ち着いてくる。
「そこで自分の体を守るような体勢をとり距離を取っていたのを見て我慢ができず殴ってしまった。レティシアには貴方の場合過剰防衛になるから止めなさいと言われたが、君が何かされたのではないかと思うと今でも怖くて仕方ない」
ああ、そうか、そうなんだ。
ノウェムさんも私と一緒だったんだ。
「私ね、凄い怖かったの」
私はノウェムさんの手を握り静かに本音を吐露しはじめる。
「誘拐されるなんて思ってなかったから怖かった、でも一番怖かったのは──」
「好きでもない奴に、体を触られそうになったのが一番怖かった……!」
「碧……」
「ねぇ、ノウェムさん。好きだと言って、愛してるって言って、君は穢れてないって言って、怖いの貴方に拒絶されるのが……!」
ノウェムさんは私を抱きしめてそのまま押し倒した。
「好きだとも、愛しているとも、君は穢れてなどいない。そんなこと私がさせやしない……! 愛してる、愛してる碧……!」
そう言って口づけを交わす。
そのまま私達は体に触れ合った。
手を握り合い、お互いの体のぬくもりを確かめ合う。
何度も「愛している」とささやきあって頬にキスをする。
ノウェムさんの声とぬくもりだけで落ち着くことができた──
それを一週間、頻繁に繰り返した。
食事の時以外は、部屋にこもり、体を触れ合い、愛を囁き合っていたのを繰り返した。
そして一週間後──
鏡を見ると、目の下のクマは消え、肌にも艶が戻っていた。
不安感は取れてしまったのか、いつも通りの、いや以前通りの私に戻った。
「ギャー! 助けて碧様、殺される!」
廊下からドゥオの悲鳴が聞こえた。
「殺されないから、大人しくスプラッターの刑受けるか、宗一お爺ちゃんに怒られるか二択選びなさい」
「怒られる方!」
「ウヌスさん、という訳で一旦ドゥオは宗一お爺ちゃんにお叱りさせて二度目があったらスプラッターの刑で」
「了解です、碧様」
ウヌスさんたちとも元通りに会話できるようになったし、銀行強盗とかテロリストでも過剰防衛も、過剰攻撃もせず、迅速な鎮圧ができるように戻った。
クラレンスたちに、ノウェムさんと何してたかと聞かれたので。
「愚痴聞いて貰ってただけ」
と、二人で嘘をついた。
だって、本当のことなんて恥ずかしくて言えるわけないじゃない!
碧も手込めにされそうになったことでPSTDに近い状態に陥ってました。
それを改善させたノウェムと、冷静な判断をしたセスはよくできたと思ってください。
他の男性陣はしらばく大変だったでしょう。
ドゥオ? 知らぬ。
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