30.平穏とそれが崩れる音
碧の穏やかな日常が、緊急事態の依頼で一瞬に崩れるという話。
「碧社長に、ノウェムさん。その指輪」
「ああ、命懸けの真似をしないための恋人指輪。約束破ったら恋人解消、指輪は質屋行き」
会社で順兄さんの護衛任務についているトレースさんが、私とノウェムさんの指輪に気付いた。
だから正直に話をした。
「ノウェム……」
「やめろ、ガンツ。そんな目で私を見るな」
ガンツが何とも言えない憐れみの視線を向けている。
いい加減ノウェムさん自身も大事にしようね?
「ノウェム君も大変だねぇ……」
「トレース、私をそんな目で見るな、レティシアに言いつけるぞ」
「それは困る」
そう言ってトレースさんは逃げ出した。
順兄さんの護衛が持ち場を離れてていいのかな。
まぁ今はクラレンス達もいるし、大丈夫か。
「トレースはメンテナンス室に向かっている」
ノウェムさんからの報告。
まぁ、メンテナンス室向かってるようだったからいいか。
「さて、今月の決算と、返せる借金計算しようか」
「会計は任せろ……バリバリー」
どこからか財布を取り出した、しかもマジックテープの財布。
「誰だ! ノウェムさんに変な言葉と仕草教えたの⁈」
「涼の奴じゃ」
「クソ兄貴ー‼」
ガンツの言葉に私もメンテナンス室へ向かい、休憩していた涼兄さんの頭を思いっきり殴った。
「いでぇ‼」
「どんだけ古いネタノウェムさんに教えてんだこのクソ兄貴!」
「いや、まさかやるとは思わなくて!」
ノウェムさんまだ色々と無垢的なところあるんだからやるでしょうが!
「なんだ、やらない方がいいのかこれ?」
マジックテープの財布を持ったノウェムさんが着いてきて言う。
「やらないでください! 恥かきます」
「分かった」
ノウェムさんは頷いた。
「兄貴、今度変なこと教えたら、兄貴の部屋のジャンル別にエロ本机の上に並べるからな‼」
「それは止めろ‼」
最大限の嫌がらせ発言をしてノウェムさんと一緒に戻る。
「男はそういう本を机に並べられるのが嫌なのか?」
「嫌でしょうね、赤点机の上に並べられるより」
ノウェムさんの質問に答えてから、マジックテープの財布の中身を普通……じゃないなかなりお高いお財布に入れ替えさせた。
そして、デスクワークに向かうこと四時間──
「よ、ようやく、今月の概要まとまった、払えるお金は……」
「5億だ」
「よっしゃー! ロボット暴走とそれと併発したテロ鎮圧の件でお金が割と貯まったー!」
「入金してくる、それまでお菓子でも食べていればいい」
「お願いします」
会社の通帳とかを渡して任せる。
休憩室に行き、市販のミニサイズのパウンドケーキを食べていると、通信機がなった。
「はいもしもし」
『はーい、碧ちゃん。入金五億確認しましたよー』
「ありがとうございます」
穏やかだけど、レティシアさんの話し方、何か楽しそう。
『それでね、直にあって話したいことがあるからそっち行っていいかしら?』
「? いいですが……」
『あと飲み物ホットミルクにしてくださる?』
「はあ……」
なんで、ホットミルク指定なんだろ、まぁいいかホットミルク準備しよう。
会話が終わると、ノウェムさんが帰ってきた。
「お帰りなさい、ノウェムさん、何かあった」
「ミモザでクッキーが売ってあった、ミルククッキーだそうだ」
「お母さんたちに大人気のスイーツよそれ」
「む、そうなのか。レティシアが珍しく菓子の指定をしてきたから……」
「レティシアさんが?」
二人してクビを傾げる。
はて、レティシアさんは何をしにここに来るのだろう、と。
「出迎えありがとう、セスそんなにピリピリしないで」
「ピリピリしなきゃダメです」
「と、とにかく、どうぞ」
応接室へと通す。
ノウェムさんがレティシアさんとセスさんにホットミルクを出し、私達にはミルクティーを淹れた。
「ありがとう、私の無茶振りに答えてくれて」
「あのー……何があったんですか」
「先月よね、私が私と順さんが式を挙げたの」
「ええ」
私は頷く。
「でね、今月、月の物が来なかったの」
「「……え?」」
「病院で診てもらったら、ほぼ間違いないって」
セスさんが隣で静かに頷いた。
硬直する私とノウェムさん。
「それって、おめでた」
「そう、日本風に言うとそうね」
私とノウェムさんは盛大にミルクティーを吹き出した。
「二人とも汚い」
「レティシアが……母親になるのか」
まるで信じられないものを見るような顔でノウェムさんが呟く。
「い、いやぁ驚きました。ま、まさか順兄さんがやることやってた事実に驚きですよ……あ、あはは」
マジでそう。
女性との距離感が独特だった兄貴、結婚でも驚いたのに、子どもを作る行為までしていたのに驚きだ。
「あ、兄貴……じゃなくて順兄さんとお父様には言ったんですか」
「まだよ、ちゃんと妊娠初期というか三ヶ月くらい経ってから教えたいの」
「そうですよね、それがいい……ん?」
此処である違和感に気付く。
「何でそんな大事なこと私に言ったんですか?」
「碧ちゃんとノウェムには言っておきたかったの、内緒にしてね」
「はぁ」
「レティシア」
ノウェムさんが真面目な顔をしてレティシアさんを見ていた。
「君はあの時のことが心の傷になっていると聞いた、克服したのか」
「いいえ」
「では」
ノウェムさんは微笑んで首を振った。
「ただ、あの行為と、彼との行為はまるっきり別物と気付いただけよ」
「……そうか」
ノウェムさんは静かに頷いた。
「なら、いいんだ」
「ノウェム、貴方こそ過去の経験や訓練のせいで、男女の触れ合いそのものを嫌悪しているんじゃない?」
「それは……」
「やっぱりね、碧ちゃんと関わってから、変わったわ、良い意味で。でも触れ合うことが悪ではないわよ、ただし相手が嫌がるならしないってことは重要だけど」
「……善処する」
分かるようで分からない話をしているレティシアさんとノウェム。
そしてレティシアさんを見送り、私はノウェムさんと共に、入金確認の書類を見る。
きっちり五億振り込んでいる。
「残り182億5千万円! 頑張るぞ!」
「パラシートゥス案件があれば現状の倍以上の金額が支払えるが、危ない上に早々来ないだろう」
「まぁ、地道にロボット案件とテロ案件こなして行きますか」
「このご時世、仕事の種には困らんからな」
「それもどうなんだろうねぇ……」
私はそう言って一日の疲れと、精神の疲れを取るために大浴場にノウェムさんと行き家族風呂で団らんする。
そして家に帰り、のんびりとくつろぎながらノウェムさんにマッサージをされながらよだれを垂らして眠りに落ちた──
ビー! ビー!
通信機の緊急音で目が覚めた、午前六時。
「あい⁈ レティシアさん⁈」
『R国がパラシートゥスの大規模実験を行ったの!』
『結果は最悪! 研究所は乗っ取られ、ロボットも制圧された!』
『人間や人工生命体にも次々寄生しているの! 被害が拡大する前に向かって頂戴!』
「はいー!」
私は部屋のボタンを押す、緊急招集用のボタンだ。
「緊急事態発生! 緊急事態発生! R国でパラシートゥスの事故が発生した、速やかに現場に向かう! 戦闘要員は全員戦艦に搭乗せよ‼」
そう言って着替えていると、ノウェムさんは既に着替え終わり、パワードスーツを装着していた。
「念の為薬は前の倍補充してある」
「ありがとう」
「ナンバーズの一部薬を持って向かうらしい」
「ありがたい」
戦艦に、クラレンス達は搭乗しており、私とノウェムさんが乗り込み急浮上し、短距離ワープを行う。
目の前には、月面で遭遇したものとは比較にならないほど巨大な結晶生命体パラシートゥスが群生していた。
まるで惑星そのものを侵食する宝石の森。
だが、その美しさの下で無数の命が喰われていた。
指輪は大事にしているノウェム、それに遠回しに釘をさす皆。
そしてノウェムがそういうことに詳しくなくて変なことを教える涼にキレる碧。
お財布バリバリネタはちょっとやってみたかったんです、すみません。
そして確実に借金を減らしていっているという碧の頑張りと、ノウェムの励まし。
そして結婚して一ヶ月で来るものが来なくなったレティシアに驚く碧とノウェム。
セスもピリピリな訳です。
ノウェムと碧にいったのは、2人を信頼しているからです。
そして穏やかなひとときがおわり、パラシートゥス案件の依頼が入ります。
次回がその案件となります。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回も読んでくださるとうれしいです。




