【幕間】レティシアの過去~彼女は泣けない~
幕間、レティシア視点でのレティシアの過去の話。
「社長」
モナル社本社、社長室でレティシアは秘書のロゼッタからの報告に手を止めた。
「なに? ノウェムに何か異変があったの? 碧ちゃんが何かあったとか?」
「いえ、護衛任務やこちらからの依頼への対応には問題はないと。パトリの社長にも問題はないと」
ロゼッタの言葉に対して、レティシアはそれ以外の報告を期待していた。
「そう、でも報告することがあるんでしょう」
「ノウェムですが、スイーツ巡りの最中、終始機嫌が良かったそうです」
「へぇ?」
「最後には満面の笑みを浮かべていたとか」
レティシアは目を丸くしてから、笑い出した。
「しゃ、社長⁈」
「うふふ、スイーツ巡りでの反応は予想内だったけど、碧ちゃんとのことは予想外だったわ、あの子なら……」
レティシアは思わず立ち上がった。
「あの子なら、ノウェムを人間にしてあげられる!」
突然笑い出したレティシアに驚くロゼッタ。
ひとしきり笑った後、嬉しそうな顔のままロゼッタに向かってそう告げた。
「……社長」
「モナル社も、人工的な兵士や最初から戦闘型のロボットの製造はやっていた」
ロゼッタはレティシアの後半の言葉に、ある意思を感じ取り、重い表情を浮かべる。
それを見たレティシアは、同じく真面目な表情で
「寧ろやらない企業が今でもいないほどです」
「ええ、そうね。世界の常識、公にされていないけど」
レティシアはくいっとカップの紅茶飲み干して続ける。
「……私の家の分家であり、私の秘書でもある貴方なら知ってるはずよね」
「はい、ノウェムは、レティシア様を守るためだけに作られた人工的な生命体の一体だと」
レティシアの問いかけに答えるロゼッタ。
それに頷くレティシア。
「ええ、モナル社を守るための新型人工生体兵器通称『ナンバーズ』の中で、唯一私だけを守るために作られたのがノウェムだったわ。お父様が私を守るためだけに作ったのよ……」
「……」
沈痛な面持ちで言うレティシアに、ロゼッタは声をかけられなかった。
「誘拐されたとき、ノウェムは言ったの『お嬢様には手を出すな、私が受け入れる』と暴力も陵辱も黙って受け入れ、助けがきて私が謝らないと行けないのにノウェムは『レティシアお嬢様、お見苦しいものを見せて、聞かせてすみません。そしてお守りできなくて申し訳ございません。罰も処分も受け入れます』と無表情で淡々と述べたのよ」
「……ありましたね、私が本来『私がレティシア・キーア』と名乗ることもできず怯えきってしまって動けずお二人を誘拐させてしまったあの事件が」
レティシアが十歳の時、誘拐事件が発生した。
丁度その時、一緒にいたのがノウェムとロゼッタで、レティシアを捕縛するとき、レティシアを守るために一緒にノウェムは捕まった。
分家であり、レティシアに恩があるはずのロゼッタはレティシアを庇うこともできず誘拐されるのを見てそれをレティシアの親に伝えるのが精一杯だった。
その際、レティシアを守るためにノウェム人として人として耐え難い仕打ちを受けてもただ耐えていた何事もないように。
レティシアはただノウェムに心の中で謝る事しかできず、泣き続けた。
「貴方は悪くない、誰だって怖いわそんな勇気はないわ。私が貴方の立場でもそうよ」
「いえ、社長──レティシア様はきっと勇敢でありましょう」
レティシアはロゼッタが今でも悪くないと、当時を振り返りながら否定した。
その発言を聞いたロゼッタの言葉にレティシアは悲しげに答えた。
「買いかぶりすぎよ」
レティシアは泣きそうな顔で笑った。
でも、涙が出る予兆はない。
ロゼッタはそんなレティシアを抱きしめる。
「レティシア様はいつから泣いてないのですか」
「あの日から、あの誘拐事件があった日から泣いてないの、泣けないの。生理的な涙は出るけど、感動や悲しみなどでは泣けないの」
レティシアは続ける。
「だって私が皆のために泣いたら皆処分されてしまうわ、お父様は優しいけど冷酷でもあるの、知ってるでしょう?」
「勿論です……」
ロゼッタはレティシアの背中をさすりながらレティシアの言葉に頷く。
「そのお父様のために私は微笑むことを覚えた、笑顔を張り付けることを覚えたの。だからいつだって笑えるわ」
ロゼッタの腕の中から離れるレティシア。
レティシアはそう言って笑顔になった。
「そして非常な顔も出せるようになった、お父様のお陰で」
「……」
笑顔で言うレティシアを、ロゼッタは悲しげに見つめる。
「知ってた? ロゼッタ。あの誘拐、お母様が唯一のお父様の実子である私に傷をつけてやろうとしたんですって」
「そんな……!」
ロゼッタは驚愕の表情をみせ、冷静な顔を崩す。
「本当よ、調査したのを大人になって見せて貰ったの。だからお父様は私が大人になるまで待って、地獄にお母様を落としたのよ、自分に不義理な息子と娘も地獄に追いやったのよ」
「……」
レティシアの言葉に、ロゼッタは背筋が凍るようだった。
「私は小さい頃からお母様には愛されなかったわ、だってお母様には『お前はあの男の母親似で憎たらしい』と言われ、異父兄姉からは『お前は母様が愛した人に似なかったから、お母様に似なかったからこうなったんだ』と嗤われたわ」
「……グレイズ様は、なんと」
ロゼッタがレティシアの父の名前を呼ぶと、レティシアは微笑んだ。
「『なんと言おうがお前は私の母に似て美しい、身も心も』『奴らにはかならず罰を下そう』そう言って私のために何でもしてくれたわ。異父兄姉よりもお金をかけてくれて、好きなこともやらせてくれて、勉強もいい家庭教師をつけて貰えた」
「……それでも心の傷は癒えないでしょう」
ロゼッタの気遣いに、レティシアはなんとも言えない表情をした。
「そうね、母に拒絶され続けた記憶があるから私はまだ結婚したいと思えなかったの、怖くて」
「そうなのですね……過去形なのですね?」
ロゼッタは問いかける。
「でもね、興味がわいた男性がいるの」
「! 何方です⁈」
レティシアの発言に驚き、誰か知りたくてロゼッタはレティシアに尋ねた。
「パトリの碧さんの長兄、順という方よ」
「またパトリ関係……! お嬢様、パトリに肩入れしすぎじゃないですか?」
ロゼッタも、少し気にしているようだった。
それに対してレティシアはくすくすと笑う。
「以前会った時にね」
「?」
「私を社長ではなく、一人の女性として見てくれたの」
そして続けてレティシアは言った。
「仕方ないわ、だって私の本性を見抜いて、それでいて受け入れてくれたご夫妻の息子さんなんですもの」
「萌木夫妻ですか」
ロゼッタがそういうと、すこしだけレティシアの表情がくもる。
「ええ、事故死……とされてるけど、あれは確実に殺人よ」
「……」
レティシアは断言した。
「警察にいる私の手足となってくれる『子』達からの情報で、事故死扱いはおかしいという声を封殺しているらしいんですって、死体を見た子は明らかに殺された後が残っていたらしいわ」
「つまり、車に乗っている最中に襲撃されて殺されてそのまま事故に?」
ロゼッタの質問に、レティシアは首を縦に振った。
「その可能性は充分高いわ」
レティシアは頷いた。
「だから調査をさせているのよ、裏方の子たちにも、ね」
「犯人をどうするのですか」
ロゼッタはそこが気になった、どうするのか、と。
「裁くわ、関係者も全てね」
「お嬢様……」
凍てつくような表情のレティシアを見て、ロゼッタは犯人達が早く捕まることを祈った。
『──で、聞いて下さいよレティシアさん、ノウェムさん、行く先々でケーキ類全部制覇した上で特大パフェ頼むんですよ⁈ 「SNSに謎の美人、スイーツ制覇の旅か⁈」 なんて載ってるんですよ⁈ どうやって消そう……』
ノウェムから「すいーつめぐり」をするという報告を受けた日の夜、碧から情けない声で通信が入って会話をしていた。
どうやら、ノウェムは行く先々の洋菓子店などでケーキを全種制覇した上でさらに追加で特大パフェを頼んで居たようだ。
自分といた頃なら想像もつかないと、レティシアは心の中で嬉しく思った。
「あらあら、じゃあ、私が対応するから、貴方は気にしないでね」
子どもを宥めるようにいうと、少し会話が止まった。
『……あの、レティシアさん』
「何かしら?」
急にためらいがちになった碧に、レティシアは問いかける。
『えっと、私レティシアさんに優しくされてるからこういうのもアレなんですけど……』
「言って?」
促すように圧をかけると、向こうで少し唸る声が聞こえたが、返事が来た。
『その……敵対者には容赦ないなって温かい心と氷の心両方持ってるっていうか、二面性がはっきりしてるというか、でも実際は傷ついているというか……』
「──」
それはレティシアの本質を捉えている発言だった。
『な、なんか変なこといってすみません!』
「……いいえ、やっぱり貴方は萌木さんたちのご息女というのがよく分かったわ」
レティシアは口持ちに笑みを浮かべて碧にそう言った。
『へ⁈ どういう意味ですそれ⁈』
慌てふためく碧の声に思わずレティシアは思わず笑ってしまった。
「いいのいいの、何でも無いのよ。それに気にしないから」
『はぁ……』
碧は何か納得いってない声だが、レティシアは無自覚ねと思うことにした。
「ノウェムに甘味を与える場合は持ち帰りした方が良さそうね」
『以後そうします……』
甘味の件でアドバイスすると、力のない返事が返ってきた。
どうやら相当苦労したようだと、こころの中でレティシアは笑った。
「ところでノウェムとはどんな感じ?」
『いやぁ、まぁ色々ありますよ。一緒に大浴場行こうっていったら最近なんか慣れたっぽくてサウナ満喫してるし、一緒にマッサージチェアでのんびりしながら休憩してますし、仕事では、真面目に教えてくれますし。あーただ、私から触るとちょっと驚くというか戸惑う感じがして……何なんでしょうね、アレ?』
ノウェムの変化が明らかなのを聞いて、レティシアは目を見開き、笑みを浮かべる。
「ふふ、そうなの、ノウェムが……」
『レティシアさん、笑ってませんか?』
不満げな碧の声が聞こえた。
「微笑ましいと思っただけよ、じゃあお休みなさい碧ちゃん」
『はい、お休みなさいレティシアさん』
そうして通話が終わった。
「やっぱり碧ちゃん、貴方はノウェムを救える子だわ……私にはできなかった……」
レティシアは目を閉じた。
『お嬢様、初めまして。新型人工生体兵器№9,ノウェムと申します』
『お嬢様の毒味役を外されてしまいました、何がいけなかったのでしょうか?』
『お嬢様、危ないですので下がってください、私が取ります』
『お嬢様、大丈夫です、私は大丈夫です、そのために作られたのですから』
『お嬢様、どうして私を眠らせるのですか……?』
『お久しぶりですお嬢様、何年ぶりでしょう、五年? それまでのデータをインプットしなければ』
『また私を眠らせるのか、レティシア。私は役に立たないのか』
レティシアの耳にノウェムが自分に言った言葉の数々が響き渡る。
「違うの、違うのよ、ノウェム。私は、貴方に、人として生きてほしくて……死んでほしくなくて……傷ついてほしくなくて眠らせたの……ごめんね、ごめんね……でも私は、貴方に生きていてほしかったの……」
レティシアはそう懺悔の言葉を口にした。
レティシア・キーアは涙を流せない。
流すべき涙を、使い果たしてしまったかの如く、生理的な涙以外の涙を失ってしまったのだ──
そういう事もあり、ノウェムをパトリに所属させたレティシアです。
実際碧の行動でノウェムはかなり変わっているとレティシアは感じて居ます。
そういう風に作られたものに、「心」というものを与えられるだけの力を碧が持って居ると確信しているからこそです。
また、碧の所ならばきっと自分を大切にしてくれることを覚えてくれることを期待しています。
2026/05/30加筆修正しました。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
次回も読んでくださるとうれしいです。




