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90.語らいと悪化~ノウェムの思いと碧の病状~

碧はこの一ヶ月前のように触れ合いが頻繁になったことを危惧していた。

ここまで依存して良いのかと、そんな事を1人考えていた。

社長室で戻ってこないノウェムが気になり休憩室へ向かうと──




 また、一ヶ月前のように触れ合う機会が増えた。

 デスクワークをぎりぎりまでやって、その後軽食を取って、お風呂に入って歯磨きをしてから、ベッドで触れ合う。


 特に簡易的な仕事に出た時は、触れ合いがより激しくなる。

 正直、ここまで依存しているのはどうかしてる。


 そんなことを社長室で一人で考えていた。


 ノウェムさんが戻ってこないから。

 紅茶を取りに行くといって、まだ来ない。


 不安になって私は休憩室へと向かう。

 扉が開いていた。



「で、ノウェム。碧ちゃんとやることやってんの?」

「お前に言う義理はない」

「ならば私が聞こう、桐人から聞いたが触れ合う(・・・・)ことをしていると聞いたが」


 ノウェムさんとウヌスさんとドゥオの声だ。

 ドゥオはあしらっているけど、ウヌスさんの言葉に少し沈黙している。

 覗き込みたいけど、怖くて見られない。


「桐人め……だとしたら何を言いたい?」

「触れ合いの頻度、減ったか増えたか、それを知りたい」

「一ヶ月前と同じくらいになった。碧が襲撃され、私が庇ったのを見てからな」

「どっちが求めるの?」

「教えてやらん」

「ケチ」


 ドゥオの言葉に答えないことに安心している私がいる。


「悪化してるということか?」

「デスクワークも元々苦手だったのだ、それなのに頭が本調子じゃないところにぶち込まれてストレスになっているのだろう」


 ノウェムさんが息を吐くのが聞こえた。

 呆れなのか、心配なのか、区別が付かない。


「ドゥオ選べ、今すぐ護衛任務に戻るかスプラッターの刑に処させるかだ」

「護衛任務に戻ります!」


 ドゥオが出て行く音が聞こえた。


「で、洗いざらい喋って貰うぞ、私には。レティシア様と桐人から命じられているのだからな」

「碧の事でか?」

「お前のこともだが、今は碧様のことだ」

「……」


 レティシアさんにも、桐人兄さんにも迷惑をかけちゃってる。

 本当に駄目だな、私……


「で、彼女がお前を求める回数はどうなっている」

「一ヶ月前ほどではないが、戻ってきている」

「それに関してお前はどう思う」

「個人的には嬉しい、だがそれは碧の精神状態が良くないからそうなっているので素直に喜べん」


 ノウェムさんはそう言ってため息をついた。

 これは呆れじゃない、心配のため息だ。


 それに喜んでいる自分がいる。

 その反面、自己嫌悪する自分がいる。



 心配してくれてうれしい。


 心配させて喜ぶなんて、どうかしてる。



 二つの気持ちがぶつかる。

 苦しい。

 でも、話を聞いていたいから、堪える。


「碧様をどうしてやりたい」

「救いたい、だが彼女の傷を癒す方法が私は分からない」

「それは私も同感だ」


 ウヌスさんかノウェムさんが、飲み物を飲む音がした。


「その珈琲とやら、美味いのか?」

「インスタントのだが、良い値段のものだ。普通のブレンド珈琲と錯覚するくらい美味いぞ」

「苦いから嫌だ」


 ウヌスさんが飲んでいたのが分かった。

 心の中でクスクス笑う。

 ノウェムさん、苦いの駄目だもんね。


「珈琲はブラック一択だ」

「そんな物を飲むくらいなら、泥水をすするほうがマシだ」

「御子様舌め」

「なんとでも言え」


 ノウェムさんとウヌスさんの会話に心がじんわり温かくなる。


「さて、本題に戻るぞ。お前は碧様をどうしたい」

「救いたいが……今のまま独占したい気持ちもないわけではない」

「複雑だな」

「だから困っている」


 ノウェムさんが自嘲のため息をついたのが聞こえた。


「本当に私でいいのか、と」

「お前じゃなければ駄目だろう」

「そうじゃない、彼女を救うのは私だけなのかと」

「お前だけだ。美奈嬢も咲良嬢も、彼女を救うには至らない。救えるのはお前だけだ、ノウェム」


 どくんと心臓が脈打つ音が聞こえた。


「救う気はあるのだろう」

「当然だ、だが方法が分からない」

「こればかりは、時間経過が一番良い手段かもしれんな」


 ウヌスさんがカップを置いた音が聞こえた。


「ところで、そろそろ戻らなくていいのか?」


 私はその言葉を聞いて、足音を立てぬように社長室に戻る。



 社長室に戻って書類とにらめっこするが、文章が頭に入ってこない。

 文字の羅列を見ているようだ。


 頭がくらくらして、机に突っ伏す。


 ノックする音が聞こえた。


「碧、入るぞ」

「うん……」


 私は机に突っ伏しながら答えた。


「どうしたんだ? 顔色が悪いぞ?」

「……文字が読めない」

「何? ……少し待っててくれ」


 ノウェムさんは紅茶を置いて出て行った。

 私は甘い紅茶をちびちびと飲む。


「あまーい……」


 もう一度書類を読む。

 文字がぐにゃりと歪んで、さらに悪化している。


「これもか?」


 ノウェムさんが本を持って戻ってきた。

 私が病気になる前に愛読していた小説だ。

 手に取って、頁をめくる。


 文字が、読めない。


「……読めない、読めないよぉ……」


 私は半泣きになりながら言う。

 大好きだった小説も読めない。

 文字がよく分からない羅列にしか見えない。

 頭に入ってこない。


 ノウェムさんは歯を食いしばると、通信機で連絡を取り始めた。


『はいはいー、こちら桐人ですが碧ちゃんですかー』

「私だ、ノウェムだ」


 ノウェムさんが連絡した相手は桐人兄さんだった。


『何だ、ノウェムちゃん、どったの』

「碧が文字が読めないと言い出した」

『……30分で行くお前は漫画とか絵本とかちょっと用意しておいてくれ』

「絵本と、漫画? わ、わかった。碧、応接室に行こう」

「うん……」


 ぐすぐすと鼻を啜りながら私はみっともなく涙を流して泣いていた。



 本当の役立たずになっちゃった。



 30分後──


「碧、ちょっと軽く調べるからリラックスしろよ」

「うん」


 桐人兄さんがひらがなで書かれた文字が書かれた紙を並べた。


「読めるか」


「りんご、ごりら、らっぱ、ぱちんこ、こんぶ、ぶーつ、つりざお……」

「おい桐人、さりげなくお前しりとりにしてないか」

「いいんだよ、他の文字だ」


 そう言って出された単語を読み上げていく。


「ふむ、なるほど。碧、お前、絵本は読めるか?」

「碧、これだ」


 シンデレラの絵本だ。

 桐人兄さんがくれた宝物。


「……こうしてシンデレラは王子様といつまでも幸せに暮らしました」

「絵本は読めるか、じゃあ漫画だ」


 桐人兄さんに言われて用意した漫画を、一つずつ読んでいく。最後の一冊のある頁で、私の目がとまった。


「読めない……」

「見せてみろ」


 文字が大量に書かれている頁だった。


「あーなるほどな」

「何が分かった?」

「読める文字の範囲が狭くなったんだ。だから、小説みたいな文章は読めない。絵本と一部の漫画は読める」

「直すにはどうしたらいい?」

「文字数の少ない本を毎日読むとかか? あと、書類仕事は昭夫の奴には荷が重いのか?」

「そうだ、それほどのものだ」

「しゃーねーなー俺も手伝ってやるよ」

「え、でもうちお金……」

「今まで散々貰ったからな。これくらい慈善事業ってことで手伝ってやるよ。だから碧、お前はノウェムの側でゆっくり休め」

「でも、ノウェムさんにめいわきゅ!」


 桐人兄さんにほっぺを引っ張られる。


「駄目ですよー? こんなに具合が悪いのに働くなんて、お兄さんが許しませんからねー?」

「あうあう」


 今度はぷにぷにとほっぺを潰される。


「桐人、止めろ。お前への嫉妬でお前を殴りたくなる」

「おっと失礼、じゃあレティシアにも報告するからゆっくり休めよ」

「うん……」


 私は、ため息をついた。


 また病人生活に逆戻り、闘病生活に逆戻り。



 また一からやり直し。

 本当に、私、ここにいていいのかな……?







苦手な事を続けた結果、そちらも出来なくなるという碧。

病状は良くなるどころか、深刻化しています。

その為か、自分の存在意義が揺らいでいます。

碧は立ち直れるのでしょうか?


ここまで読んでくださりありがとうございます。

誤字脱字報告等ありがとうございます。

次回も読んでくださるとうれしいです。

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