89.デスクワーク復帰と体に触れる~躾と触れ合い~
碧が社長職に軽く復帰したが、苦手なデスクワークに悲鳴を上げていた。
そんな碧の様子から、一端休憩させ糖分補給というお菓子を名目で共にノウェムとお菓子を食べる碧。
休憩が終わったらまたデスクワークかと碧が嘆いていると──
「もう書類見たくないぃ……パソコンのデータとか契約データも見たくないぃ……」
私は社長室の机に突っ伏していた。
本調子じゃないけど、社長として働く第一歩としてデスクワークへの復帰が許可された。
よりにもよって私が一番苦手なのを。
「碧、君の気持ちは分かるが手と目を動かさないと今日の仕事が終わらないぞ」
「終わらなくていぃ……疲れた……もう休みたい」
ノウェムさんはため息をついた。
「仕方ない、一回自室で休憩だ。糖分補給しよう」
「ん……」
その言葉に顔を起こして、ノウェムさんに手を引かれて自室に戻る。
紅茶を淹れて、ミモザのガトーショコラを取り出す。
一口食べると、ふんわりとした食感と、濃厚なチョコレートの甘さ、ほんの少しのほろ苦さが口いっぱいに広がる。
「碧、紅茶だ」
「ありがとう、ノウェムさん」
細いスティックシュガーを一本だけ入れてかき混ぜる。
そして紅茶を口にする。
ほっとする温かさと優しい甘み、紅茶の香りが口の中に広がる。
「これが終わったら、またデスクワークか……」
心が憂鬱になる。
「その件だが、先ほどウヌスが桐人とレティシアに相談したらしく『脳みそ病んでる人間に頭使わせんなボケ』『心を病んでるのは変わらないのだから無理はだめよ』と言われたらしいのでな、今日はおしまいだ」
「やった!」
私は手を上げて喜んだ。
「それに、目の下のクマも酷いしな」
「そ、そんなに?」
「元々慣れない仕事の上、復帰してから君が狙われる事件があった。今後もないとは限らない」
「……」
狙われたのは私だけど、それを庇ったノウェムさんが怪我をするのが怖いのに……
ノウェムさんが死んじゃうのが、今一番怖い。
「碧?」
「な、なんでもない」
「嘘をつくな」
頬を掴まれ、伸ばされる。
「いひゃいいひゃい!」
「どうせ、私が死ぬのが怖いと思ってるんだろう? 認めたくないがお前が信頼するあの桐人が作ったパワードスーツだぞ? あの襲撃でもかすり傷一つ付かなかった」
「わきゃりまひた、いひゃいれしゅ」
「よろしい」
ようやく頬を引っ張るのを止めてもらえた。
じんじんと痛む。
私は頬を撫でて痛みを紛らわした。
「うー……痛かったですよ」
「す、すまない、加減が難しくて……」
頬を引っ張られてこれくらい痛いなら、尻叩きされた日には下着を履けなくなるよ、絶対。
断固として尻叩きだけは拒否せねば。
「尻叩きしたら一週間口ききませんからね」
「何でそうなる⁈」
「絶対、真っ赤になって下着履けなくなりそうですもん」
「う……」
ノウェムさんは否定しなかった。
お仕置きをした記憶がないから加減ができないのだろう。
そもそも、仕置きをする相手はナンバーズ同士だから、加減する必要がないのもある。
だからと言って、それを普通の人間の私にやられたら、困るどころじゃ済まない。
「加減が……できないのだ」
「……ノウェムさんの経歴からすれば、そうでしょう」
ノウェムさん自身は痛みに耐性が強い。
同時に、相手にどれだけ痛みを与えれば音を上げるか理解している。
しかしだ。
相手を傷つけない。
それでいて、悪いことをしたと理解させる。
そういう意味での躾と称するお仕置きには、なかなか加減ができない。
頬を叩かれた時、ノウェムさんはかなり手加減をしていた。
でも、私にはかなり痛かった。
ノウェムさんに後でそれの文句を言ったら謝られた。
しばらく頬が赤くなっていたし。
今は引っ張られて、両方の頬が痛んでいるし。
「ノウェムさん、もう少し加減を覚えてほしいです……」
「ぜ、善処する。すまない」
そう言って頬を撫でてくれた。
その感触が心地良い。
触れ合う感触は優しい。
慈しまれるのは心地良い。
問題は怒って手を上げる時だ。
よくない行為だが、時として必要なことだと私は認識している。
その加減が上手くいかない。
本人は優しくやっているつもりでも、そうじゃない時が多い。
頬を叩かれた時とか、さっきみたいに頬を引っ張った時がそれだ。
「取りあえず冷やそう」
ノウェムさんはそう言って洗面所でタオルを濡らし、絞って持ってきた。
ひんやりと冷えたタオルは、少し熱を帯びた頬に心地良かった。
「ノウェムさん、もう少し加減を覚えてね」
「すまない、叩かれ慣れてはいるが……君にそういう風な無体を働くのは、あまり慣れてない」
「無体って、ただ頬を叩いたり、引っ張ったりしただけでしょう?」
思わず私は笑ってしまう。
「拷問なら耐えるのも、するのも得意なのだが」
「それは止めようね」
「ああ」
グレイズさんのせいだな、これは。
全くもって許しがたい。
ノウェムさんを拷問して、それに耐える訓練でもやったんだろう。
あー!
腹が立つ!
「う……」
ちょっと気持ちが悪くなってきた。
「碧、もう休もう」
「うん、ねえ一緒にお風呂に入って、一緒に寝て……」
「分かっている」
ノウェムさんは慈しむように私を抱きしめてくれた。
ああ、甘えている自分がいやだなぁ。
そう思いはするけども、どうしようもない。
私の心はまだ病んだままなんだから。
と、言い訳する今の自分が嫌いだ。
一緒にお風呂に入って、髪の毛を洗ってもらう。
体も、背中とかを洗ってくれる。
流石にお風呂ではそういうことはしないから、前とか足とかは自分で洗う。
今日はやたらと心が辛くなった。
「ねぇ、ノウェムさん……」
「どうした」
髪をタオルで拭いてもらいながら、私は言う。
「触れて、抱きしめて……」
「勿論だ」
体をしっかり拭いたら、鍵をちゃんと二重にかけてベッドへ行く。
私はノウェムさんの肩に腕を回す。
ノウェムさんは私の体に触れる。
熱を帯びた触れ合い。
触れ合うだけで、余計なことを考えなくて済む。
この温度がなくならないことだけを考えて、触れ合えばいい。
口づけを交わして、蜂蜜みたいに脳が蕩けてしまえばいい。
ノウェムさん。
ねぇ、ノウェムさん。
こんな私を嫌わないでくれますか?
いえ、どうか嫌わないでください。
お願いします──
碧が良くなって来てはいるけど、まだまだ良くなってないのが分かるエピソードだったかと思います。
ノウェムも加減が出来ないというのが分かる話かと。
だから碧尻叩きだけは絶対させないという意思を持ってます。
今後週2~3で更新していきたいと思います。
お付き合いいただけると嬉しいです。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
誤字脱字報告等ありがとうございます。
次回も読んでくださるとうれしいです。




