88.少しずつ回復、けれども~悪夢が蘇る~
碧が療養期間に入って二週間が経過した。
良くなったり、悪くなったりを繰り返す碧だったが──
療養休暇を取ってから二週間が経過した。
たまになら、みんなと食卓を囲めるようになったけど、それ以外はノウェムさんと二人で食事をしている。
ノウェムさんの料理の腕も上がってきたみたいで、料理も美味しくなっている。
お菓子作りの腕に関しては、メキメキと上達している。
食べる専門、だったのにね。
「……ふふ」
ノウェムさんの焼いたクッキーを食べながら私は笑う。
ノウェムさんは笑ったことに安心したような顔を見せた。
「どうしたんだ?」
「前は食べる専門だったのに、今は作るのまでできるようになっちゃったなぁって」
「美奈と美奈の母から菓子作りの基本を教えて貰った」
「……そうだよね」
みっちゃんも、みっちゃんのお母さんも、たまに様子を見に来てくれるようになった。
私が精神を病んだと聞いて。
みっちゃんのお母さんは「食べられるか分からないけど」とミモザのガトーショコラを持ってきてくれている。
一人で食べるのが怖いから、それはノウェムさんと一緒に食べている。
そのとき、ノウェムさんはお菓子作りを教えてもらっている。
私は、それを見ているだけだ。
昔は、私もみっちゃんのお母さんにお菓子作りを教えてもらってた。
同じなのに、なんでだろう。
少し寂しい。
「寂しいなぁ……」
「碧?」
「私が元気だったら、あの輪に交じって一緒にお菓子作りができたのに」
悔しい。
本当に何もできなくなってしまっている。
ようやく映画やゲームがほんの少し楽しいと思えるようになったけど、ただそれだけ。
早く仕事ができるようになって、復帰しなくちゃ──
「碧!」
ノウェムさんの声で我に返ると、私は親指を血が滲むまで噛んでいた。
ノウェムさんは医療用のアルコールでいったん消毒してから、1時間くらいで傷が治る塗り薬を塗ってくれた。
「また、仕事のことか……?」
「うん……たまに見かけるけど、ウヌスさんも叔父さんも大変そうだし、何より貴方がいないことでクラレンスたちの疲弊度が上がっているの」
「あのことか……」
ノウェムさんはため息をついた。
三日前のこと。
調子が良くて会社周りをノウェムさんと散歩していたら、話し声が聞こえてきた。
『全くお前さんらは! 毎回毎回、何処かしら故障するようになりよって!』
宗一お爺ちゃんが怒っていた。
『だってだって、あんなの気持ち悪くて戦えないよぉ』
『お嬢様はそんなのと戦っていたのです、メフィスト文句を言わない!』
『クラレンス、お前さんもお前さんで計算速度を無理に上げて帰って来るなりオーバーヒートするのは止めんか!』
『す、すみません! ですが戦闘機が一機のみなのでそれをカバーするには……』
『だから俺等も補助はいってるんだろうが、少しは信用しろよ』
『わ、分かってますよ』
私一人が抜けただけで、皆が困っているのが分かった。
『早く復帰……復帰しないと』
ノウェムさんの手を離れて戦艦に乗り込もうとする私をノウェムさんは無理矢理止めた。
『碧、君はまだ仕事にでるべきではない。それに今は仕事がない』
『でも……』
『……今の君が現場に出るのは死にに行くようなものだ、分かってくれ』
かつてノウェムさんに言った言葉が、そのときは自分に返ってきたように感じた。
私は大人しく部屋に戻ったが、不安を紛らわせたくてノウェムさんといつもの触れ合いを行った。
何も考えなくていい。ただノウェムさんとの触れ合いのことだけを考えていればいい。
頭を熱で蕩かせて、口づけを行って、首筋に赤い痕を咲かせて、今まで触れなかった箇所まで触れて貰って、蕩けた声を上げるだけ。
ああ──なんて我ながら、みっともない。
早く、早く元に戻らなきゃ。
そう思って薬を探す。
が、見つからない。
「碧」
真顔、でも怒っているノウェムさんが背後にいた。
「薬を大量摂取しようと考えていたな?」
読まれていた。
死ぬ気はない。
ただ、少しでも楽になりたくて、薬を多く飲めばこの苦しさから解放されるんじゃないかと思って探していただけ。
「薬は用法用量正しく飲めと、桐人にも言われてただろう」
「でも、でも、早く復帰しないと……皆にこれ以上迷惑はかけられないの!」
感情が爆発する。
「最初から役立たずだったら楽だったのかな? お父さんたちが生きてれば私は違ったのかな? ねぇノウェムさん、答えて、答えて!」
私はノウェムさんの服の襟を掴んで聞く。
「碧、落ち着いてくれ」
「何で私役立たずになっちゃったのこんなに! どうしてどうして! こんな私に価値はあるの⁈」
母さんの形見のペンダントと、桐人兄さんからもらったネックレスを握り締める。
力任せに引っ張ると、チェーンが今にも引きちぎれそうな音を立てた。
首の後ろも痛みを訴える。
パンッ!
頬に痛みが走った。
呆然としたまま、私はノウェムさんを見る。
ノウェムさんは唇から血を流しながら、私を叩いた手を見つめていた。
「すまない、すまない、碧。私は、私は君に答えることができないのだ。私自身も、その答えを知りたい」
「ノウェム、さん」
ノウェムさんは私を叩いた頬を撫でた。
「ただ、二つだけは言える。君の両親が健在だったとしても、私は君を愛しただろう。それだけは言える。君が役立たずだったとしても、私は君を愛している。それだけは変わらない」
「ノウェム……さん」
叩いた頬をノウェムさんは慈しむように何度も撫でた。
「碧、君は今休むべきなんだ、それだけは分かってくれ」
「うん……」
ぼろぼろと涙があふれてきた。
気がついたら子どものように泣きじゃくっていた。
私が泣き止むまで、ノウェムさんは私を抱きしめ、時には頭や頬を撫でたりしてくれた──
三週間が経過した。
以前よりは、落ち着きを取り戻している。
薬のおかげか、気持ちは穏やかになっている。
笑いたいときに笑えて、泣きたいときに泣けるようにはなってきた。
ただ──
相変わらずふっと不安がよぎる。
また、あの悪夢を見ることがある。
うたた寝しているときや、夜眠っているときに、たまに蘇ってくる。
飛び起きても、ノウェムさんが側にいることで安心する。v
ノウェムさん、ノウェムさん。
今の私は、貴方がいないと生きていくのが無理なの。
だからどうか──死なないで。
私から離れないで。
夢だ、あの夢だ。
やめて、私から家族を、ノウェムさんを奪わないで──‼
「──っ‼」
真夜中、飛び起きるように目を覚ました。
ノウェムさんは私の異変に気付いたようで、すでに目を覚ましていた。
「ノウェムさんが……ノウェムさんが……」
「碧、それは夢だ、私はここにいる」
そう言って私を抱き寄せる。
肌の温もり、心臓の音。どれも私を落ち着かせてくれるものだ。
でも、それだけでは眠るには足りない。
「ノウェムさん……触れて、私に触れて」
「……ああ」
私はノウェムさんの首に腕を回す。
そのまま押し倒され、胸元に手を当てられる。
胸元を指がなぞる感触が熱を帯びていて心地良い。
口づけをして、頭が蕩けるような感触を感じるまで口づけを。
私が悪夢に囚われないように、貴方の熱で束縛してほしい。
一ヶ月が経過した。
「だいぶ良くなったので、軽い仕事から始めましょう」
セスさんのその言葉に、私は内心ホッとした。
「ですが、しばらく様子見です。異常があり次第、すぐまた療養に戻っていただきます」
「はい……」
そして私は軽い仕事に復帰した。
瓦礫の撤去作業とか、そういう軽い仕事だ。
パワードスーツを着て、ノウェムさんの側で行っていた。
その日も。
「お嬢、無理すんなよ」
「うん、レイジング。分かってる」
私はそう返して撤去作業に戻ると──
「碧!」
「え?」
巨大な黒い合成獣が襲いかかってきた。
パワードスーツを着ているのに――あ、死ぬ、と思ってしまった。
鋭い爪が私に──いや、ノウェムさんのパワードスーツの装甲に、切り裂くように振り下ろされた。
「あ、あ」
ノウェムさんが倒れて、黒い影が笑う夢が脳裏に浮かんだ。
「碧、落ち着いてくれ! ウヌス!」
「了解」
ノウェムさんは私を抱きしめた。
ウヌスさんは、爪を叩き折られた合成獣の首を刀で切り落とし、そのまま脳天を貫いた。
「のうぇむさん、わたし、わたし」
「大丈夫。あれは夢だ。その証拠に、私は傷一つ負っていない」
「よかったぁ……」
力が抜け意識が遠のいた。
今回の件はレティシアさんとロゼッタさんにも伝えられた。
私はまだ本調子ではないため、細心の注意を払うことを条件に、当分の間は軽い仕事だけに復帰することになった。
今までの仕事はまだ任せられないと言われたのが悔しいが、ノウェムさんのことで取り乱してしまうのだから、仕方ないことだと諦めた。
でも、デスクワークだけはきっちり復帰させられた。
これなら大丈夫だと。
よりにもよって苦手なデスクワークだけが本復帰とは……なんとも言えない気分だ。
久しぶりの更新です。
碧の状態は良くはありません、軽い仕事での「事件」でまた悪化してしまっています。
それほど、碧にとってノウェムは大事なのです。
勿論ノウェムにとっても碧が大事なのです。
不定期更新になりますが、ゆっくり更新していきたいと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
誤字脱字報告等ありがとうございます。
次回も読んでくださるとうれしいです。




