87.心を病む~触れ合う熱だけが私を引き留める~
碧は精神の不調から休暇を取ることになり、ノウェムも世話役として休暇をとることとなった。
周囲は碧の不調を見抜いていたらしく、碧の休暇を喜んでいて──
あの後、私は長期間にわたる仕事で心身ともに疲弊しきっていると精神科医に診断されたため、ノウェムさんと正式に長期休養を取ることになった。
叔父さんは会社を退職済みだが、呼び出されることもたまにある職業に就いているので、ウヌスさん主導で、叔父さんをサポートしながら仕事をやることになったそうだ。
ドゥオが「何でノウェムも、ずりー!」とかほざいたが、ウヌスさんが「碧様の休養にノウェムが必要だとわからんのかこの単細胞が」と締め上げられた。
みっちゃんには「大丈夫? 本当に大丈夫?」と心配されてしまった。
本当心配しなきゃいけないのはみっちゃんの方なのに。
クラレンスたちは、元々私の心労や仕事が原因で悪夢を見ることがあるのではないかと、ずっと心配していたらしい。
だから、今回の休暇をとても喜んでくれた。
『お嬢様は休むべきなんですよ』
『儂等も桐人のお陰でパラシートゥスと接触しても無事に済むようになったしの!』
『僕らが頑張るからお嬢ちゃんは休んでてよー』
『そういうわけだ、お嬢さん。ゆっくり休みな』
という言葉をくれた。
嬉しくて泣いてしまい、皆を慌てさせてしまったことは申し訳なかった。
でも順兄さんには言わない方針で決まった。
レティシアさんにも、そうしてもらうようにした。
順兄さんにはもう、順兄さんの家庭があるから……
ただ、休みの間何をすればいいのか思いつかなかった。
分かっているのは「外に出るのが怖い」「ノウェムさんと離れるのが怖い」この二つ。
本当は料理もしなきゃいけないんだけど、包丁が、刃物が怖くて握れない。
だって、お父さん達とノウェムさんを殺した鋭い何かを思い出して怖いから。
仕事中は基本非殺傷の弾か、格闘技で何とかしていた。
刃物が怖いから今はトレースさんかセムさんが料理をしてくれる。
ドゥオは料理でも信用できないからさせないようにしている。
ただ、私は食事をするのにも人目を気にするようになってしまっているから、みんなと食事をすることができなくて部屋でノウェムさんと二人で食べている。
どうしてこんなに弱くなっちゃったんだろう。
今までできてたお仕事もできなくなって、社長失格だ。
そう思うと涙が止まらなくなる。
『碧、君は今まで無理をしすぎたのだ、これを機会にゆっくり休もう』
ノウェムさんはそう言って慰めてくれたけど、申し訳無さの方が勝ってしまう。
本当はノウェムさんもお仕事に出た方が安全性が高いのに、私のせいでノウェムさんを束縛してしまっている。
それが辛い。
休み始めて三日目でもうこの有様だった。
自己嫌悪が酷い。
「碧、朝食だ。食べられるか?」
「うん……」
おにぎりと味噌汁、焼き鮭にほうれん草のおひたし。
ああ、ノウェムさんが用意してくれたものだ。
「ノウェムさん今日も作ってくれたの?」
「ああ。私の作った物なら食べられるだろう?」
「うん……ありがとう、いただきます」
ちょっと不格好なおにぎりや、薄味のお味噌汁、ちょっと焦げた焼き鮭、色がぼんやりしてちょっとしょっぱいおひたし。
料理をあまりしないノウェムさんが作ったものだとよく分かる。
ノウェムさん、食べる専門だからね。
「すまないな、料理は全然したことがなかったものだから」
「ううん、ノウェムさんが一生懸命つくってくれたものだもん」
全て食べ終えて私は手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
「──セムや、トレースに教えて貰わねばな……」
ノウェムさんは自分の不出来さにがっかりしたように、ため息をついた。
「そんなことないよ、こんなことになっちゃってる私のお世話してくれてるんだもの……」
「前にも言ったぞ、碧。私は君の恋人で護衛だ。恋人が精神を病んでいる時放置するようなことができる訳がない」
その言葉に、涙が出て来た。
こんな不出来な状態でも恋人と言ってくれるんだと。
「こんなダメになっちゃった私でも恋人って言ってくれるの?」
「当たり前だ。むしろ、こんな状態の君だからこそ恋人として支えなければならないのが当然のことだ」
嬉しくて、同時に申し訳なくて涙が止まらない。
早く良くならなきゃ、早く、早く。
「碧、早く良くなる必要はない。君に必要なのは休養だ、だから休もう」
「……ごめんなさい」
私の口からはもう謝罪の言葉しか出ない。
ノウェムさんは抱きしめてくれた。
「碧、君の無理に気づけなかった私たちの責任だ。君が謝る必要はどこにもない」
「でも、ダメになったのは私が弱いから……」
そう言うとノウェムさんはキスをしてくれてから、頭を撫でてくれた。
「君が弱いんじゃない、君は誰よりも立派だった。危険な現場仕事も最初からこなし、社長としてデスクワークもなんとか苦手ながらもこなそうとした」
「だって、私社長だから……」
「それ以外にメカニックとして仕事を手伝うこともあった。他の者たちなら恐怖するパラシートゥスとの防衛戦では私をサポートし、研究所でパラシートゥスによる暴走が起きたら君はロボットだけでなく、寄生された生き物への対処も行っていた」
ノウェムさんは私の頬を両手で包む。
「レティシアが言うには君の心は柔軟性があったが、その柔軟性を超える程の衝撃を受けたと。鋼のように硬くそれでいて柔軟性があっても、心が病んでしまう時は人それぞれだと」
「レティシアさん……」
私の心情をそういう風に判断してたんだ。
「君の心のダメージの蓄積量は普通の人より強かったのかもしれない、だがそれを超えてしまったのが今だ。完全に心が壊れる前に休めた今を感謝するべきだ」
「ノウェムさん」
ノウェムさんはそう言って食器を持って部屋を出て行った。
一分もしないうちに帰ってきて鍵を閉めた。
「取りあえず、食事をしたなら歯磨きだな」
「うん……」
私は促されるまま、部屋に併設されている洗面所で歯磨きをした。
そしてベッドに二人で腰をかける。
「さて、今日は昼間で何をする? ゲームか? 映画か? それとも──」
「……桐人兄さんに連絡してほしい」
「桐人に?」
「うん……」
ノウェムさんは少しためらったが、通信機を手に取りスピーカーモードで通信を開始した。
『おい、碧。無理して連絡しなくていいんだぞ?』
第一声は、私を心配する言葉だった。
桐人兄さんらしいや。
「……お薬処方できる?」
『……分かった、すぐお前のとこ行くから待ってろ。あ、咲良も連れて行くけど大丈夫か?』
「大丈夫……」
通信をそこで終える。
「碧、何故セスの時に薬の処方を断ったんだ?」
「……セスさんはそこまで長い付き合いじゃないから」
「……そうか、そうだな」
ノウェムさんのお陰で今こうしているが、やはり薬は必要だと思った。
本当はもっと早く桐人兄さんにお願いするべきだったけど、その時はそこまで頭が回らなかった。
30分後、桐人兄さんが大荷物でやって来た。
「碧、大丈夫──じゃねぇな。無理すんなよ」
そう言うが、桐人兄さんはいつものように私の頭を撫でることはしなかった。
私への接触は今不味いと分かってくれている。
咲良ちゃんは後ろで心配そうにしている。
そして桐人兄さんにセスさんに話したようなことを話して、ノウェムさんが私の現状を伝えると桐人兄さんは色々思案して、薬を調合し始めた。
袋に包んで、朝、昼、夕と分けてくれた。
それとは別に精神状態が良くない時の頓服もくれた。
「俺が調剤師と特級医師の資格もってなかったらできなかった芸当だって覚えておけよノウェム」
「分かっている、薬代は──」
「タダだ。今まで碧が無理するような仕事をする原因は俺からの二度の借金も原因だしな。悪夢の件も俺が原因かもしれないし」
「どういうことだ?」
私も意味が分からなかった。
「今は言えねぇ、取りあえずノウェム。お前は自分と碧を守れ。いいな?」
「分かっている」
今はそれで納得するしかないようだ。
「じゃあな、薬がなくなったらまた連絡くれ。一ヶ月分は出してるから。あと用法用量は正しく飲めよ。大量摂取しようとすんなよ」
「分かった」
「ありがとう、桐人兄さん……」
「その顔で言われても、あんまり嬉しくねぇな。碧、ゆっくり休めよ。無理しようとすんなよ」
くぎを刺された。
そして二人は帰っていった。
「ねぇ、私そんな酷い顔してた?」
再び部屋に鍵をかけたノウェムさんに聞くと、ノウェムさんは言いづらそうな顔をしたが口を開いた。
「無理に笑っているように見えた」
「そっか……やっぱり笑うの、上手くできなくなってるんだ」
映画もゲームも笑えない。
楽しめない。
泣けない。
心にぽっかり穴が空いてしまったようだ。
だから、埋めてノウェムさん。
「ねぇ、ノウェムさん、触れて、私に触って、抱きしめて……」
ノウェムさんは、ためらいがちに私に触れて、服を脱がせてくれた。
ベッドに寝かされ、覆い被さってきた。
私はノウェムさんの首に手を回す。
「ノウェムさん、嫌いにならないで……」
「嫌いなるものか」
ノウェムさんはそう言って私の唇に口づけをした。
触れ合う熱、悦楽。
口づけ合う感触、貪られる感触、それらが恐怖を忘れさせてくれる。
壊れかけてる私の心をつなぎ止めてくれる──
えーお久しぶりです。
詳しい事情は活動報告にてお話します。
さて、今日のお話はいかがだったでしょうか。
料理をしてこなかったノウェムが碧のためだけに料理をすることと。
碧の桐人への信頼感がしっかりありましたね。
セスを信頼していないわけじゃないけど、そういう薬となると桐人の方を信頼してしまうのが碧と桐人の絆なのでしょう。
そして深く傷ついている碧はノウェムを求めました。
自分をつなぎ止めているのがノウェムだと認識しているのでしょうね。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回も読んでくださるとうれしいです。




