86.碧を蝕む悪夢~共依存~
碧は慈善事業の件、そして悪夢が原因で体調を崩していた。
ノウェムがいなければ保てないほどに。
それを気にかけたノウェムは──
事業説明の日以降、私の調子は悪くなっていた。
正直、ノウェムさんがいないと破綻するくらい。
あの同情と憐憫の視線が原因だ。
あの悪夢が原因だ。
視線には罪はない。
悪夢は運が悪かっただけ。
そう思いたいのに、頭がそうさせてくれない。
心が悲鳴を上げる。
でも、ノウェムさん以外に言う気にはなれない。
弱みを握られるような気がしていた。
食欲も減退して、吐いてしまうことが多くなった。
体重もこの二週間で5キロ落ちた。
何が原因なんだろう……。
「お嬢、大丈夫か?」
「あ、うん、大丈夫……」
仕事終わりにレイジングに声をかけられた。
今日のロボット鎮圧とハッキングした人物の確保で仕事中は集中できるが、終わると魂が抜けたかのようにぼんやりとしてしまう。
「碧様」
「あ……セスさん」
会社に戻るとセスさんがいた。
「ノウェムから連絡がありました。碧様の心が病んでいるようですが、自分一人では支えるのが精一杯だと」
「ノウェムさん……」
そんなこと、ないのに。
いないと、怖いくらい不安なのに。
「碧様、ノウェムと一緒にカウンセリングを受けていただけませんか? 今はノウェムが碧様の側にいた方がよいと思うので」
「はい……」
「分かった」
私たちは応接室に向かい、私はセスさんのカウンセリングを受けることになった。
「いつ頃から、このような症状が?」
「……」
私は口に出すのが怖くて言えなかった。
「子どもたちにパトリの仕事内容を伝える依頼を受けた翌日からだ」
「何か誹謗中傷とかはありましたか?」
「特にはない。強いて言うなら……碧に同情の視線や言葉が向けられることが多かった」
「そうですか……碧様」
私は静かにうなづいた。
「何か、夢でも見ましたか?」
びくっと体を震わせる。
そうだ、あの夢が原因だ。
あの夢さえ、見なかったら──
「碧様?」
「……夢を、見ました」
「……内容をうかがっても?」
私はぎゅっとノウェムさんの手を握りしめた。
「両親が夢に出て来ました……」
「二人仲良く歩いて遠ざかるのを止めようと手を伸ばしたら──」
「黒い影が、両親を引き裂いて殺して……そして……」
「駆けつけたノウェムさんも殺して、私を嗤ったんです……!」
『コレガオマエノミライダ』
あの不気味な声が耳から離れない。
耳を削いでしまいたい。
あんな未来など見たくない。
仕事が怖い。
今までにないほどの恐怖心が、自分を支配する。
「……碧様、しばらく休養を取っていただきます。今の貴方様には、現場仕事は荷が重すぎるでしょう」
「でも……」
「現場はウヌスに任せよう、仕事は君の叔父にも手伝って貰えば良い。私は君のそばにいる」
「ノウェムさん……」
「それが現状では最善でしょう。碧様は前回のカウンセリングでも重症でしたが、今回はさらにそれを上回るほどの傷を負っております」
「……」
反論する気力もない。
そしてセスさんが帰るのを見送ると、ノウェムさんはウヌスさんに何かを話していた。
そして私を抱きかかえて自室へと戻る。
自室に鍵をかけ、私とノウェムさんはベッドに腰掛けた。
「私が死ぬのはやはり怖かったか……」
「怖かった……ノウェムさんが死にに来たんじゃないのに、殺されるのが怖かった……なによりあの声が……」
「声?」
「『コレガオマエノミライダ』って言ったの! そんな未来見たくない!」
ガリガリと耳を引っ掻くと、ノウェムさんが手を掴んだ。
「碧、それは夢だ。そうならないよう、私は君のそばにいる。だから、自分を傷つけないでくれ」
耳が痛むのと、指先に血が付いてるのが見えた。
「ちょっと待ってくれ」
そう言って医療品が入った箱から塗り薬を取り出し、耳の傷に塗ってくれた。
「1時間もすれば治る塗り薬だ。ひっかき傷で良かった」
「……」
ありがとうのお礼も言えない。
「……癪に障るが奴の手も借りるか」
「奴……? あ……」
そう言って私の通信機を使ってノウェムさんは嫌いなはずの桐人兄さんに連絡を取った。
『はいはいー碧……じゃねぇな。ノウェムちゃんか、なんじゃらほい』
「「単刀直入に聞く。お前が作った私たちのパワードスーツのコアなどは、お前やルプス──カインなら簡単に破壊できるものか?」」
『答えるぜ、割と無理。かなりの硬度と強度を両立させたからな。その上で自由に動けるように作っているから、カインでも壊せないだろうよ。アイツは機械関係の制作が苦手だから、改良してギリ俺のパワードスーツに傷をつけられるようにしたんだろう』
「カインは何が得意だ?」
『えー、多すぎて覚えてねーよ。あ、合成獣を作るのは得意だぜ。探索型の合成獣とか作らされてたから』
「逆にお前は何が苦手だ?」
『ない。だから「成功したのは一つだけ」って言われたんだよ』
「そうか、では邪魔したな」
『ちょっと待った。おーい、碧ちゃん、碧ちゃーん? いるんだろ、返事してくれよ!』
「……ごめん桐人兄さん、今はお話、したくない……」
『あー……分かった。ノウェム、碧のことを任せるぜ』
そう言って通信は終わった。
「碧、少しは気が楽になったか?」
私は小さく頷いた。
「奴に頼ることになったのは癪だが、奴の作った物の性能だけは信頼していい。だから、奴の言葉も信じよう」
「うん……」
私がそう言うと、ノウェムさんは微笑み、頭を撫でてくれた。
「二ヶ月程、休養を取ろう」
「え⁈」
その言葉に私は戸惑ってしまう。
「そ、そんなに休んだら申し訳ないよ……」
「君には本当はもっと長く休んでほしいのが本音だ。だが、私と君の叔父たちだけでは色々と大変だから、まずは二ヶ月休もうと言っている」
「ノウェムさん……」
「それで調子が良くなったなら、問題無し、悪くなったらまた休む。それだけだ」
「ノウェムさんは?」
「碧、言っただろう、私は君のそばにいる、とな」
涙があふれて止まらない。
ごめんなさい、不出来で。
心が弱くて。
罪悪感が心を支配する。
そんな私を何も言わずノウェムさんは抱きしめてくれた。
ごめんなさい、ノウェムさん。
貴方に依存ばかりしてごめんなさい。
「……心が狭い男と嗤ってくれ」
「?」
「君の心のよりどころが家族ではなく、私になってしまっていることに、私は悦びを感じている」
「ノウェム、さん……」
「君を独占できると悦んでいる私を嗤ってくれ。愚かな男だと」
自嘲しながら言うノウェムさんの頬に口づけして私は言う。
「ノウェムさんがいたから、何とか保ててるの、そんなこと言わないで……」
「碧……」
ノウェムさんは私を押し倒した。
裸になって抱き合い、触れ合った。
触れる箇所は熱を帯び、甘いしびれを残してくれた。
何度も唇を重ね、このまま溶け合ってしまえば、少しは楽になるのかなと思ってしまった――
碧、病む。
同情とか哀れむとか感じると自分が可哀想なのかと思ってしまうレベルでは繊細ではありますし。
特に悪夢ではノウェムが殺されてますからね。
しかも「コレが未来」と予知するような言い方、碧に取って気が気でも無いでしょう。
ノウェムはノウェムで心配でしたが、自分以外に助けられないという事実に悦ぶ自分が醜く愚かに見えたんでしょうね。
セッ? してませんよー、触れ合いの延長ですよ?
ここまで読んでくださりありがとうございました。
誤字脱字報告等ありがとうございます。
次回も読んでくださるとうれしいです。




