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第8話 好奇心

「面白い覚悟だ」


 ミリの決意を聞いた《魔女》は、そう短く返す。


「そのために、1つ聞きたいことがあります」

「……言ってみたまえ」

「魔法についてです。私の中には何が居て、それはどんな力を持っているのか、知りたいんです」


 《魔女》の動きが止まる。


「……残念だが、ワタシはキミの期待には応えられない」

「どういう……ことですか?」


 ミリの顔に向かって《魔女》の髪の毛が伸びていき、その額を軽く押した。


「簡単な話だ――ワタシはそれを知るために、キミを手元に置いたのだからね」


 意外だった。

 ミリはこれまでつい無意識に「《魔女》なら全てを知っている」とばかり思っていたのだ。彼女にも分からないことはあるのか。


「そんなに意外だったかね? 世界には ”未知” が広がっているからこそ、人はそれを目指して旅をする。そして人に ”願望” があるからこそ、新たな技術が育まれる……それは人間が抗うことのできない、根源的な性というものだ――そしてワタシも例外ではない」


 分からないことを知りたい……それはまさに、今ミリが追い求めているものだった。

 《魔女》はノクスのベッドから離れ、適当な椅子に腰掛ける。


「突然だが――もしこの部屋の床に小さくて透明な魔物がいたとして、キミはそれをどう探す?」

「と、突然ですね……ええと、掃除用の魔導具で吸っちゃう、とか?」


 あまりにも急な質問だったが、ミリはパッと思いついた案を言ってみる。


「確かにその方法なら処理することはできるかもしれないが、それでは結局、魔物の正体は謎のままだ。それがどんな形で、どれくらいの大きさなのか……すべては分からず終いとなってしまう」

「じゃあ……どうすれば?」


 すると《魔女》の髪の毛が乱雑に置かれた試験管の1つを取り、その中身を床にぶちまける。緑色の液体がジワリと重力に従って広がった。


「焼砂や着色液を床一面にばら撒けばいい。そうすれば、魔物のいる場所以外のすべてが埋まり、必然的に目的としている情報が得られる」

「つまり、自分を知るためには ”自分に近いものについての情報” を調べ続ければいい……ということですね?」


 ミリの答えを聞いて《魔女》は楽しそうに頬杖をつき、彼女を真正面から見つめた。


「キミは本当に聡くて助かるよ」

「じゃあ早速、書斎に行ってきます!」


 居ても立っても居られない様子で《魔女》に背を向け、部屋を出ていこうとするミリ。

 その背中に向かって《魔女》は最後のアドバイスをした。


「だが気をつけるといい。こういう時は得てして、答えが身近に転がっていたりするものなのだよ」


 ミリはそれを聞いて最後に一礼し、部屋を出ていった。

 《魔女》がそれを見送る。


「…………それでいい。そして辿り着きたまえ」


 その呟きは、ミリの耳には届かなかった。


 ◆


 廊下を足早に駆けていく音。ミリのものだ。


 大きな目標が生まれた彼女にとっては、もはや一分一秒が惜しい。

 だが、その足が突然止まる。


「…………ルクス」

「はぁ……はぁ……ミリ……ッ! ノクスは!?」


 ルクスがこれだけ息を乱し、声を荒らげているのを聞くのは初めてだった。

 時間的にはまだ仕事中のはずだが、話を聞いたことで居ても立っても居られず、抜け出してきたのだろう。


「死んでは……ない。けど、完全に修復されるまでは……時間がかかるって……」


 ミリは床を見ながらそう報告した。

 目を、合わせられなかった。


「は……あぁ――――」「大丈夫!?」


 ルクスが突然床に座り込む。

 ミリは咄嗟にその身体を支えた。


「うん……力が、抜けただけ」


 その姿を見て、ミリの中で必死に押し込んでいた感情が、涙と共に再び溢れ出した。


「ごめんね……私が……ノクスに頼りっぱなしだから……ッ!」


 ボロボロと泣き出したミリを見て、今度はルクスが目を丸くする。

 そして、その表情が優しく緩んだ。

 初めて見せる顔だった。


「謝らないで。きっとノクスは、ミリを守りたくて守った」


 ルクスの手が、ミリの頬に寄せられる。


「ノクスの意思は、私の意思」


 ルクスが今度はミリの手を取って立ち上がる。

 そしてハンカチでミリの顔を拭きながら、2人でもと来た道を戻っていく。


「ルクスは、ノクスの顔を見に行かなくていいの?」


 ミリの質問に、ルクスは小さく首を振る。


「ううん、大丈夫。せめて頭にいるノクスには、笑っていて欲しい」


 相変わらず、ルクスの言葉数は少ない。

 でも、ミリには彼女の言っていることが分かる気がした。


「――それに、ノクスが戻ってきたら屋敷中で盛大にパーティをしないと。その計画のためには一分一秒も惜しい……から」

「なんかそれ、ノクスも同じこと言いそう」

「ノクスの意思は私の意思。私の意思もノクスの意思……だから」


 廊下に2人の小さな笑い声が、静かに響いた。


 ◆


 ルクスと別れたあと、ミリは書斎へ向かう前に自室へ戻っていた。


「本を借りるなら、まずは返さないと……ね」


 机の上に山積みとなった本たちをかき集める。すると山の下の下から、一冊の本が顔を出した。その表紙を見て、ミリの動きが止まる。


「あれ……確かこの本……」


 その本には、奇妙なことに著者が記されていなかった。

 タイトルは――『魔王と悪魔憑きの史学から読み解く魔法原理』。以前に書斎で借りたきり、一度も手を付けていないものだった。


(自分を知るには、自分に近いものについての情報を調べ続ける……)


 ミリは腕に乗せていた本の束を降ろし、何かに導かれるようにその本を手に取った。

 1ページ目――はじまりの挨拶を読んでみる。


『今から32年前――第四魔王ディルーター率いる『機械生命解放戦線』が引き起こした戦争の惨禍は、数年を掛けて文字通り世界に壊滅的な被害と混乱をもたらした』


 ミリは本の最後のページをめくり、この本の出版年が創生暦5104年であることを確認する。今は創生暦5114年――つまり丁度10年前に書かれた本のようだ。

 そのまま、挨拶の続きを読んでみる。


『それからというもの、人々は極度に恐れを抱くようになった。それは魔王に対してだけではなく、それらを生み出す原因となった ”悪魔憑き” に対してもだ』


 ミリは率直に驚く。


(知らなかった。 ”悪魔憑き” が嫌悪され始めたのは、割と最近の出来事だったんだ)


 もちろんミリが生まれるよりも前の話ではあるのだが、てっきり ”悪魔憑き” の差別の歴史はもっと根深いものだと思っていたのだ。


『だが、その”悪魔憑き”を極端にタブー視する風潮は、人間の魔法に対する理解を数十年遅らせ――結果、世界を支配するのは魔法ではなく魔導となった』


 少しずつミリの頭が追いつかなくなっていく。


(魔法? 魔導? それってどう違うんだろう? そもそもなんで ”悪魔憑き” をタブー視すると魔法の理解が遅れるの?  ”悪魔憑き” って……私って……何?)


 頭の中でグルグルと思考が循環する。


(――駄目だ。前提となる知識が足りなさすぎる!)


 ミリは本を閉じた。


「でも……これは凄い本かもしれない……」


 はじまりの挨拶の更に冒頭だけでコレだ。本編にはどんな衝撃的な内容が書かれているのか。ミリは自分の中からフツフツと湧き上がる謎の感情に困惑していた。


(もっと――知りたい)


 人はそれを ”好奇心” と呼ぶ。

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