第7話 危うい炎
「はっ!」「やっ!」「とっ!」
ミリは自室で両腕を交互に突き出し、掛け声を出す。
端から見れば、奇妙な儀式をしている奇妙な少女にしか見えないが、本人は至って真面目だった。魔法の練習だ。
「痛ッ! やっぱりそう上手くは行かないかぁ」
疲労感だけが溜まり、ミリはベッドに倒れ込む。腕がズキズキと痛んだ。
「そういえば、二面性みたいなことをルクスが言ってたっけ」
屋敷に来た初日のことを思い出す。
確か「二面性」みたいなことをノクスが言っていた気がする。
「生と死……破壊と創造……出会いと別れ……光と影……理想と現実……」
ミリはとにかく思いついた対比表現を列挙してみる。しかしあまりシックリくるものは思い浮かばなかった。
「なんでもいいから、とにかくやってみよう」
取り敢えず、頭の中で「2つの真反対の力がある」ことを意識してみる。
ミリは右の手のひらを壁にかざし、何かが発射されるような感覚で魔力を共鳴させていく。手の前に少しずつ光が集まってきた。
「うわッ!」
すると突然、その光は爆発を引き起こしたかのように弾け、その衝撃でミリが後ろの壁に頭を強打する。
「いったたぁ~! ――って、壁が!」
ミリが顔を上げて前を向くと、なんと部屋の壁に大きな穴が空いていた。
本から備品に関しても――まるで嵐が通り過ぎたかのように散乱してしまっている。
「――すごい音がしたけど、ミリちゃん大丈夫!?」
その後、ミリの声を聞きつけてやって来たノクスと一緒に屋敷へ謝り、壁を修復してもらうことになった。これに懲りたミリはその日を、いつも通り書斎で借りた本を読むことで過ごしたのだった。
◆
翌日、昼番になったミリたちが部屋の掃除をしていると、突然四方が歪みだす。屋敷の排泄だ。ミリを除いた4人の《召使》たちも、即座に戦闘態勢へ移行する。
「「「ゲギャギャギャ!」」」
泥の塊から、般人族の子供くらいの背丈を持つ、醜い人型の魔物が数匹湧いてくる。彼らの皮膚は一部がドロドロに溶けており、眼球や片腕が欠けている個体もいた。
「腐肉の子鬼!」「単体ではそこまでだけど、異常なまでの生命力を持ってる。油断しないで」「うえーぐろー」「服に付いたら廃棄まっしぐらですね……!」
4人の《召使》たちは、それぞれが思ったことを口にする。
そんな中、ミリは1つのアイデアが頭に湧いてくる。
(そうだ。ここなら……)
彼女たちの前に、ミリが足を進め、魔物たちに右手をかざし始めた。
「ミリさん! 危ないですよ!」
「一度試したいことがあるの! もし失敗した時のために、みんなは後ろでケアの準備をしてくれないかな?」
「なにをするつもりですか!?」
「ただの魔法だよ! ちょっと派手目の!」
そう言いながらミリは右手に光を集めだす。
何かが起きると察した《召使》たちはミリの後ろに隠れ、短剣を構えて様子を伺う。
光に反応したのかは謎だが、腐肉の子鬼たちがミリに狙いをつける。醜い顔が不快な臭いと共に少しずつ迫ってきた。
「3……2……1……ファイヤ!」
ミリは掛け声と共に魔力の共鳴度を高める。
すると案の定、自室で起きたのと全く同じ現象が起きた。
強烈な閃光と衝撃が弾け、ミリは後ろへ吹き飛ばされる。彼女の背後で構えていた《召使》たちがその身体を必死に受け止めた。
「や、やったか……?」
彼女たちが顔を上げると、そこにいた魔物の群れは清々しいほどに一掃されていた。
部屋の中身が散乱するという副作用はあるものの、排泄に使われた部屋は最終的に呑み込まれて使われなくなるので、今回は問題にならない。
「す、すっごーい!」「ミリさんがこんな魔法を使えたとは、知りませんでした」「おめー」「服に汚れも付いてないですね!」
掃除が完了したことに気付くと、周りの《召使》たちが次々に声を掛けてくる。
(腕の痛みも以前ほどじゃない……これなら、みんなを守れる……のかな)
見た目の派手さに反して、副作用の激痛はかなり薄まっていた。以前に考えた「二面性」という方向性は、どうやら間違っていないようだ。
「……そう簡単には認められないか」
ただ今だに屋敷の扉は、ノブを回さなければならなかった。
◆
そして翌日の夜番を超えた、次の日の昼番。
その日はノクスと掃除を担当することになっていたミリだが、まだ排泄は一度も起きていなかった。
(折角ならノクスに見せてあげたかったんだけどな……)
ノクスには屋敷の修復(謝罪)に付き合わせてしまった負い目がある。その成果くらいは彼女に見せてあげたいところだったが、時計の針は既に4時50分を過ぎている。あと少しで勤務が終了する頃だった。
「ミリちゃん! 今日は仕事が終わったら、私の部屋で一緒に映画観ない?」
「映画?」
「そうそう! 凄い評価の高いホラー映画で気になってるんだけど、1人で観るのは怖くて……でもルクスは今日夜番だから……」
ノクスはプルプルと小さく震える。
そんなに怖いのが苦手なら観なければいいのに、と思ったが、彼女にも何かこだわりがあるのだろう。それに「人と映画を観る」なんて、なんとも素晴らしい響きではないか。
「うん! もちろんいいよ!」
「やったー!」
そして遂に時計の針が夕方の5時を示す。
2人が掃除道具を片付け、部屋を出ようとしたその時――部屋の四方が急激に歪みだす。
「えっ! 今!?」「折角終わった所なのにー!」
屋敷の排泄だ。
しかし今日の排泄は、いつもと様子が違った。
「ちょっとちょっと……」「こんなに広いのは初めてかも――殲滅モードに移行するよ!」
基本的に排泄される魔物の強さは、歪んだ部屋の広さで推測できる。
初日に生み出された『六方晶の大狼』。あれを超える広さになったことは、ここ二ヶ月で一度もなかった。
(この広さ、あの日の倍はあるんじゃ――)
いつものように泥の塊が床に落ちる。
すでにその泥の大きさは、元の部屋の大きさを有に超えていた。
中から生まれ出たのは、1つ目を持つ、巨大な筋肉の塊だった。そのあまりの巨体は、ミリとノクスが全体を見上げようとすると、首が痛くなるほどであった。
「単眼巨人!」「本で見たことはあるけど――ほとんど伝説上の存在……どうして……」
かつてソレが現れた時は世界に魔導技術が存在せず、討滅するまでに5つの街を地図から消したとされる化物の中の化物。
その伝説よりは幾分か小さいが、それがミリたちの勝機に繋がるわけではなかった。
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
単眼巨人は奇妙な唸り声を上げながら、右足を一歩踏み出す。
ただそれだけで床がバネのように揺れ、立っていられないほどの衝撃がミリたちを襲う。
(駄目だよ! 逃げちゃ駄目! 今こそルクスに成果を見せる時なんだから!)
それでもミリは、地面を這いつくばりながら単眼巨人へ近付いていく。
「ミリちゃん! 駄目だよ!」
「大丈夫! 見ててね、ノクス!」
歯を食いしばりながら片膝を立て、右手を前方にかざす。
そして光を集め、一昨日と同じように魔力の共鳴度を上げていった。今度は倒れないように、姿勢を前傾にして衝撃を吸収する準備をする。
「――喰らえッ!」
そして放つ。
いつも通り身体に衝撃が襲いかかる。地面の揺れが収まってきたのもあって、後ろに倒れることはなかった。だが――
「え…………?」
単眼巨人の右足に当たったはずの魔法。
そこには傷どころか、汚れ1つ付いていなかった。まるで表面を風が通り抜けたかのように、魔力が霧散する。
「どうして……」
ミリの顔に影がかかる。
上を向くと、単眼巨人が拳を振り下ろさんと構えている姿が目に映った。逃げる時間はない。
(あ。これ死――)「駄目ッッッ!!」
急速に近付いてくる拳。
死を覚悟したミリの体が、それよりも速く後ろへと跳んだ。ノクスが直前でミリを抱えて後ろへ跳ねたのだ。
直後、拳が地面へ叩きつけられる衝撃でミリたちは吹き飛ばされる。
「うっ! あっ! がっ!」
何度か地面をバウンドし、壁に叩きつけられる。
「ゲホッ! ゲホッ! あ、ありがとうノクス……助か――」
肺を圧迫され咳き込みながらも、ミリは上体を起こし、恩人の方へ視線を向ける。
「………………」「ノクス…………?」
ノクスは、下半身が吹き飛んでいた。
「あああああああああああああああああ!!」
ミリはノクスの下に駆け寄る。
自分の脚があらぬ方向に曲がっていることには気付かなかった。
「ノクス! ノクス! 返事をして!」
「み……ミリちゃん…………よかった……」
側に寄って抱きかかえると、ノクスはまだ息があった。
千切れた胴体と口からは真っ赤な液体を流し、朦朧とした瞳でミリを見つめている。明らかに致命傷だった。
「カ――ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!」
駄目だ。駄目だ。駄目だ。
自分のせいで人が死ぬなんて。
(なんで……どうして……)
排泄にイレギュラーが起きたから?
人手が足りなかったから?
いや、違う――
(私が……弱いから……魔法から逃げたから!)
涙と鼻水に塗れたミリの頬に、ノクスが優しく触れた。
「すごいね……ミリちゃん……ゲホッ……魔法……強くなってる……」
ミリはその手を強く握る。
「駄目だよノクス! 一緒に映画観るって言ったじゃん!」
「そう、だね…………カセットを貸す、ね……代わりにルクス……と……」
そしてその手は遂に力を失い、地面にパタリと落ちる。
「あ…………ああ……ッ!」
再びミリ達を覆う影。
単眼巨人が、最後の蟻を潰しに来たのだ。
ミリは今度こそ自分の終わりを感じ取り、目を閉じる。
もう、動けなかった。
「■■■■■■■■■■■■」
無慈悲に振り下ろされる拳。
「単眼巨人とは。中々面白い魔物を吐き出したものだね」
その動きが、途中で止まる。
声を聞き、恐る恐る目を開けたミリは、目の前に広がる景色に衝撃を受けた。
先ほどまで破壊の化身として猛威を振るっていた単眼巨人の全身に金色の髪の毛が絡みつき、その動きを完全に封じていたのだ。
「ま……《魔女》さん」
「偶に発生するのだよ。こういった異常事態が」
そう言いながら、《魔女》は手に取ったフラスコを下から眺める。中には虹色の液体が入っており、見た目はミリが飲み干したあの薬に酷似していた。
「これはあの時とは逆の劇薬だ。その巨体を維持するために必要な魔法が使えなくなった者の末路を、目に焼き付けておくといい」
そして中身を自分の髪の毛に向かって垂らす。
すると、虹色が髪の毛という髪の毛を伝い、縛られている単眼巨人に周り始める。
「■■!? ■■■■■■■■■■■■」
異変はすぐに起こった。
単眼巨人は大きく呻くと、そのまま全身の細胞が崩れていく。まるで、雪で作られた巨像が急激に時間を進められたかのように。
ドロドロになった肉の山を見て、《魔女》は興味を失ったように背を向けた。
「こんなものだね」
こうして呆気なく、掃除は終了した。
◆
「結論から言おう。ノクスは死んでいない」
仕事が終わり、ミリは《魔女》の部屋に来ていた。目的はもちろん、ノクスの状態について聞くため。
「でも、体が半分潰れちゃって……」
ミリの目尻に涙が溜まる。
ベッドの上で横たわるノクスは目を開かない。
「彼女たちはワタシが創った人造人間だ。人体で心臓にあたる ”核” が破壊されない限り、死ぬことはない。今回は奇跡的にそこを避けたようだね」
「じゃあ、ノクスは治るんですか?」
「治るには治る。だが、時間は掛かるだろうね。この損傷だと完治までには……2……いや、3ヶ月は必要になりそうだ」
ミリは両手を力いっぱい握りしめる。
3ヶ月――あの明るいノクスの顔が、3ヶ月も見れないなんて。
「それにしても想定外だね。いくら異常事態とはいえ、まさかここまでの損傷に至るとは……今のうちに戦闘技能分野を弄って――」
「駄目です!」
「……ほう?」
思わず声が出ていた。
不思議そうな顔で《魔女》がこちらを見るが、もう後には引けなかった。
「ノクスは私を庇ってくれただけ。悪いのは……弱い私なんです。だからノクスを変えたりしないでください」
お前は――逃げているだけだ。
(そう……私はこれまで ”普通” を言い訳にして、自分と向き合うのを避けてきた)
でもようやく気付いた。
それは ”普通の生活” ではなく、 ”周りへの甘え” だったのだと。
自分が弱いままでいれば、周りが守ってくれる。周りが守ってくれるなら、自分はこのままでいい。そんな悪循環を引き起こしていた。
「これまで……私は ”普通” が壊れるのが怖くて、自分の力から逃げてました」
一瞬。頭の中にアナウスの顔が浮かぶ。
「でも違った。それは、壊れるのを恐れるものじゃないって」
答えは、屋敷に来た初日から分かっていた。
ルクスとノクスが守ってくれた、あの日から。すでに。
「守るために、私は強くなります。そのためなら、自分の中の ”悪魔” に魂を売っても構いません」
ミリの碧い瞳の奥に、強烈な――しかし危うい炎が灯った。




