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第9話 ※良い子は未成年飲酒厳禁!

 それからというもの、ミリの怒涛の日々が始まった。


 朝は早起きし、前日に学んだことを整理する時間。仕事をテキパキとこなし、終業後は書斎か自室でひたすら様々な読書に励んだ。


 目的はただ1つ――かの本を完璧に読了すること。


「ミリ殿――」「おはようシグマ! 今日はグリザリオの伝統料理を全部作るよ!」

「ミリさん、次は――」「窓掃除はもう終わらせたよ! 次の部屋に行こう!」

「このボトルは――」「黄金砂丘ラーナ産のクロード・カ・ナール、22年もの。クリムゾンベリーやワイルドシードの凝縮された果実の甘みと、コーヒーを思わせるような長い余韻を楽しめる一本、でしょ!」「お主、どこでそんな知識を……?」


 本で知識を獲得し、気になった物事を片っ端から体験し、身についた技術を実践する。

 今のミリにとって、屋敷に存在するものは全てが ”気になるもの” だった。


 ◆

 

 ある日の仕事終わり。


「ミリ、持ってきた」「ありがとうルクス!」


 ミリがいつものように自室で本を読んでいると、部屋にルクスが入ってくる。その手には数冊の本と、ワインボトルが握られていた。


「あっ、この本はもしかして昔話の絵本?」

「そう……『ひとびとのゆうしゃ-あいはんするもの-』って本。これなら魔族の時代についてなにか情報が得られるかも」


 ルクスは慣れた手つきで部屋の棚からワイングラスを2つ取り出し、そこに持ってきたワインを少しだけ注ぐ。


「海峡連合オレタ・ラティア産のデラマノーレ、31年もの」

「これ気になってたんだ~! いつも持ってきて貰っちゃってごめんね」

「ミリはまだ屋敷に認められてないから、ワインを複製して貰えないのは仕方ない。それに、これは私がやりたくてやってるから」


 お互いに「カン」と優しくグラスを当てる。

 2人はまずグラスの中身をくるりと回し、その匂いを楽しむ。


「昨日の本で知ったんだけど、お酒って飲んでいい年齢が決まってるんだっけ」

「表の世界では、国家や宗教によって法律や戒律が決まってる。特にグリザリオでは特定の日を除いてお酒は禁止」


 ミリのグラスを揺らす手が止まる。


「あれ、それって結構不味いんじゃ……」

「ここは異空間。どこの国家にも属してないし、法律も戒律もない」


 祖国グリザリオでの処刑が結局どのように扱われたかは謎だが、ミリの戸籍は既に表の世界で消滅しているだろう。言わば今のミリは幽霊のような存在というわけだ。


「自由――って言えば響きはいいけど……」

「ミリを守らなかった国家のルールなんて、守らなくていい」

「……ルクス、怒ってる?」

「怒ってない」


 2人はしばらくワインを舌の上で転がし、味と風味を堪能する。

 この後も読書を続けるため、ワインの品評は酔わない程度に行った。


「そうだ。先にルクスが持ってきてくれた絵本から一緒に読まない? 短そうだし」

「分かった――『お願い』」


 ルクスがそう命じると、本が宙に浮き上がり、2人に向かって最初のページを開いた。

 そこには、角を生やしたいかにも悪そうな悪魔と、それに苦しむ人間たちが描かれている。子供向けの絵本らしく、ポップな絵柄だった。


「これは、いわゆる "魔王" ってやつなのかな?」

「もしかしたら、魔族そのものを1つの悪魔で表しただけかも」


 絵本が次のページを開く。

 そこには、空から3人の光り輝く人型のナニカと、それの祝福を浴びたのか、元気付いてお酒を飲んでいる人々が描かれている。


「これは、三神教圏で一般的に広まってる話だね。3柱の神様が現れて~ってやつ」

「……なんか、違和感」

「なにか見つけたの?」

「……ううん。続けて」


 それからもページをめくりながら色々と考察をしてみるが、大した情報が得られないまま最後のページまで読み終わってしまった。


「うーん、流石に絵本だと厳しいかなぁ」

「…………」

「ノクス? どうかした?」


 絵本が閉じた後も、ノクスは何かを思い出そうとしているかのように黙ったままだった。その目は絵本の表紙に向いている。


「思い出した」「えっ、何を?」「違和感の正体」


 ノクスは宙に浮いている絵本を手に取る。そして表紙をミリに見せつけててきた。


 いきなりのことに一瞬驚いたミリだが、ルクスが何かを伝えようとしていることに気付き、すぐに表紙を凝視する。そして1つの ”違和感” に気付いた。

 

「あっ。この本も……著者名がない」

 

 そう。たとえ絵本でも、表紙には絵や文章を書いた人物を記載するはずなのだ。

 この絵本には、それがなかった。


「しかもこの絵本、『歴史書』のジャンルに置いてあった。おかしい」

「なるほど。普通、絵本は『児童文学』のジャンルでまとめてあるもんね……それに『三柱の神が降臨して、祝福を浴びた勇者が魔王を討ち倒しました』なんて、 "正しい歴史書" として納本するには余りにもお粗末だし」

「書斎のジャンル分けは、ほとんどマスターがやってる。そんなミス、するわけない」


 ミリは過去に《魔女》が言っていたことを思い出す。

 

『かつて古代の古代、世界は『魔族』が支配していたが、とある事件をキッカケに彼らは滅亡してしまった。三神教では『三柱の神が降臨したからだ』などと説明されているが、実際のところは分からない』

 

 彼女は旧時代の歴史について、魔族が滅亡した原因を断定しなかった。

 そんな研究者が、この絵本を何の意図もなく『歴史書』として納本したとは到底思えない。


「この本……確実に何か隠されてる」


 ミリは本をひっくり返したり、振ってみたりするが、とうぜん何も変化は起きない。


「なにか仕掛けがあるのかも」

「待って、ルクス。これ……タイトルもおかしくない?」


 この絵本のタイトルは『ひとびとのゆうしゃ-あいはんするもの-』


「最初はいいんだけど、この副題――子供向けにして言葉が難しすぎると思わない?」

「相反するもの……確かに絵本のタイトルとしては、異常」


 ミリは絵本をめくり、更に気になっているページを開く。神が降臨したシーンだ。


「しかもこのページ、子供向けの本なのにお酒が出てくる……流石に気にしすぎかな?」


 もうここまで来ると、何もかもが違和感に見えてくる。

 これまでの発見は全て勘違いで、全く見当違いな考察を始めているのではないか――そんな風にも考えてしまう。


「そもそもこの本、なんで著者名がないんだと思う?」

「……考えられるのは3つ」


 ルクスが3本の指を立て、まず薬指を折る。


「1つ――教科書のように、組織や団体として発行をしていて、個人の責任が不明瞭」


 次に中指。


「2つ――神話集のように、伝承や説話が集められていて、作者が特定できない」


 最後に人差し指。


「3つ――主に政治的・宗教的な理由で、個人が特定されるとリスクがある場合」


 ミリは絵本の最後のページを見る。


 出版年は創世暦5099年。つまり15年前だ。

 著者名のない本……不自然なジャンル分け……タイトル……お酒……そして迫害。


「――ッ! もしかして……」


 その瞬間――ミリの中で1つのストーリーが出来上がる。バラバラだったパズルのピースが突然ピッタリとハマった感覚が脳を支配する。

 ミリは後ろの机に置いていた一冊の本を取り出す。


「ミリ、それは?」


 その本を見て、ルクスが首を傾げる。

 タイトルは『魔王と悪魔憑きの史学から読み解く魔法原理』……この絵本と同様に著者名が記されていない学術書だった。


「ルクス。現代において魔族や魔王、そして "悪魔憑き" が世界中でタブー視されてるって本当か知ってる?」

「うん。間違いない。三神教圏に限らず、 ”悪魔憑き” はあらゆる国家で危険視されてる」


 やはりだ。

 ミリの頭の中には、ある1つのストーリーが創り上げられていた。


「まず、この絵本に著者名が記されてない理由だけど――1つ目はあり得なさそうだね。もし組織として発行してるなら、代わりにその団体名が記されているはず。そして2つ目――これも可能性は低い。15年前に作られた絵本の作者が分からない事態は考えにくいから」

「つまり、答えは3つ目」


 ミリは頷く。

 そして手にしていた『魔王と悪魔憑きの史学から読み解く魔法原理』の冒頭を開く。


「10年前に出版されたこの本とルクスの証言によると、世界では魔族や魔王、そして”悪魔憑き”について触れるのは、政治的・宗教的な観点から一種のタブーとなっている……それを裏付けるように、この本には著者名が記されていない」


 次に『ひとびとのゆうしゃ-あいはんするもの-』を手に取る。


「だから出版を妨害されないよう、絵本を隠れ蓑にし、世界の ”タブー” について記した――それがこの本に隠された秘密、なんじゃないかな? ちなみに内容が三神教にかなり寄っているから、この本はグリザリオで出版された可能性が高いと思う」


 ミリの解説に、ルクスが「おもしろい」と短く返した。


「絵本の秘密は分かった。でも、その仕掛けを解く方法は……」

「お酒だよ」

「……どうして?」

「この絵本の副題『相反するもの』……これは仕掛けを解くヒントなんじゃないかな?」


 始めは ”魔王” と ”勇者” がそれぞれ相反する、という意味だと思っていた。

 しかし、やはり子供が読むことを想定した本だとすると、タイトルの副題とするには少々言葉遣いが難解すぎる。


「児童向けの絵本と相反する存在……それがお酒。少し無理矢理過ぎる気もするけど」

「だから中身にもヒントを置いた。それがこの不自然なお酒のシーン――神様が姿を見せてるのに目の前でお酒を飲むって、やっぱおかしいと思わない?」


 ルクスが31年もののデラマノーレを手に取る。


「グリザリオではお酒について厳格な戒律がある。うっかり絵本の秘密がバレてしまう危険性も低い――確かに筋は通ってる」


 これで一連の解説が終わった。

 もちろん、これが全部ただの妄想で、明後日の方向に考察を広げているだけの可能性はあるし、むしろその可能性の方が高い。


 ただミリは信じていた。

 この名も知らぬ著者の真の意図を、そして《魔女》のことを。


「――じゃあルクス、飲むよ!」

「……本当に大丈夫?」


 やはりルクスはまだ半信半疑のようだ。

 無理もない。そもそもこの仮説にはなんの根拠もない。しかもお酒を飲むことが仕掛けを解くトリガーなのかも正直不明だ。


「私、ルクスと一緒に酔いたいなぁ~? だめ?」

「……ミリ、もう酔ってない?」


 摩訶不可思議な誘い方を始めたミリを見て少し身体を引いたノクスだが、覚悟を決めたのか、グラスいっぱいにワインを注ぐ。

 そして2人でグラスを持ち上げ、本日二度目の乾杯をするのだった。


 ◆

 

「ルクス、大丈夫?」

「ミリぃ……おさけつよすぎぃ……うぅ……」


 それから約20分後、ルクスはミリにベッドの上で膝枕をされていた。


「思ったんだけど、人造人間(ホムンクルス)も酔うんだ」


 ミリはルクスの頭をワシャワシャと撫で、ほっぺたをムニムニと揉んだ――しっかりミリも酔っていた。


 「……あっ、そうだ! 忘れてた! 絵本!」


 ルクスとの晩酌に夢中になって、本来の目的を忘れていた。

 ミリはルクスを膝枕したまま全力で腕を伸ばし、絵本を手に取る。そしてその表紙を確認した。

 

「ああーーーーーーーーーっ!」

 

 ミリが絶叫する。

 その声を聞いて、ルクスが膝枕をされたまま「どうしたのぉ……?」とミリを見上げる。顔が赤らんでいて、回復までにはまだ時間が掛かりそうだ。


「本のタイトルが……変わってる」


 先ほどまでは子供向けの勇者のお話だった絵本。

 だがそのタイトルは嘘だったかのように、書き換わっていた。

 

 『旧時代魔族大全』

 

 酔った状態で読むことで、中身が変わる絵本。


 ミリは震える手でページをめくった。


 中には過去に実在したと思われる魔族たちの情報がズラリと並んでいた。

 稀に奇妙な造形をしている存在もいたが、基本的な魔族の外見は、人間族と大きく変わらなかった。


「こんなに人間と似てるのに……魔族って一体なんなんだろう?」


 1ページ、また1ページとめくる。

 ――その手が、急に止まる。


「これって……」


 見出しが『魔王城時代の魔族』に差し掛かって最初のページだった。

 

 魔王ルシフェル――歴史上最も強大な魔王であり、世界を統一して魔族の世を創り上げた ”三大支配者” の一角。右半身が持つ『拒絶と分断』。左半身が持つ『受容と融合』の2種類の魔法を自在に操った。

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