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第4話 普通の生活?

 廊下をしばらく歩いていたミリだが、途中でその足が止まる。


(この屋敷、広すぎでしょ!)


 耳を澄ましてみるが、周囲に人の気配は感じられない。《魔女》が言っていた《召使》というのは別の階にいるのだろうか。


 更に数分ほど歩くと、ようやく下の階へと下る階段が見えた。


「階段……も、デカい……」


 下は吹き抜けのようになっており、巨大な踊り場が目に付く。

 なんとなく階段を下ると、視界の先には思わず見上げてしまうほどの扉が待ち構えていた。


「全部デカいんだ……」


 ミリはその前まで歩く。

 目の前に扉という名前の魔物が立ちはだかったかのようだ。


「ふんーーーっ! ふぬぬーっ!!」


 そして、ミリは全力でその扉を押した。

 しかし扉はビクともしない。その後も何度か試してみるが、やはり結果は変わらなかった。


「本当に出られないんだ……」

「君は」「なにしてるの」

「――ぴゃあああッ!?」


 軽い疲労感と共にミリが扉へ背を向けると、いつの間にか正面に2人の少女が立っていた。彼女らはそれぞれ抑揚のない静かな声と、元気で溌剌な声を交互に掛けてくる。


 ミリは驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまった。


「そっ、そのですね……ええと……」


 屋敷から出ようとする行為はNGなのかもしれない。

 どう言い訳しようかとワタワタしているミリの顔を眺めていた少女の1人が、「あっ!」と指を立てた。


「思い出した! 君は昨日の!」

「ノクス……まさか昨日の今日で忘れてたの?」

「昨日ルクスと見たホラー映画で吹き飛んじゃったの!」

「そんなに苦手なら、観なければいいのに」

「そういうことじゃなーいの!」


 短く切られた乱雑な金髪に、光の籠もっていない翠の瞳。瓜二つの外見……顔だけでは全く見分けがつかない。

 会話から察するに、静かに喋っているのがルクス、元気に喋っているのがノクス、といったところか。


「あの……私、ここでの仕事を教えてもらうために来たんです、けど」

「ええ、マスターから」「聞いてるよ!」「ですが、まずは」「朝ごはんを食べよっか!」


 ミリはノクスに背中を押され、一階の廊下をそのまま渡っていく。


 すると、徐々に奥から音が聞こえてきた。

 皿をテーブルに置く音。皿と皿がぶつかる音。話し声。笑い声。


「いい匂い……」

「朝番の人が朝食を作るんだよ!」「シフトは『朝番』『昼番』『夜番』の3つがあって、交代制です」


 最後には匂いから視覚へと移っていく。

 食堂には十数人の同じ服を来た少女たちが集まっており、料理を運んだり談笑したりしている。


「凄い数いるんだね」

「屋敷にいる《召使》は、私たちを含めて26人だよ!」「朝が弱い子もいますので、全員ではありませんが」「食堂には大体いつも20人以上が集まるよ!」


 ミリは変わらずノクスに背中を押され続け、長いテーブルの真ん中にある椅子へ座らされる。目の前にはほんのり湯気が立ち、照明を反射してキラキラと輝く料理が並んでいた。


 ミリの左隣にルクス、右隣にノクスが腰掛ける。


「それじゃ、自己紹介するね!」「私がルクス」「私がノクスだよ!」「私たちは《召使》のリーダーとして創られました」「だから家事も戦闘も、他の24人より沢山こなせちゃうんだよ!」


 なるほど。確かに周囲にいる《召使》たちと比べても、彼女たちは一回り背が大きい。

 ただ、リーダーとして家事を完璧にこなせるのは分かるが、この屋敷で戦闘技能というのは本当に必要なのだろうか?

 

「私はミリ……ええと……特に他の人と変わったところは……ないかな」

「ええーっ! ミリちゃんあんなに強いのに!」


 ノクスがミリの右腕をギュッと握る。


「強い……って? 戦ったことあったっけ?」


 完全に身に覚えがないので、困惑してしまうミリ。


「ノクス。あの時のミリは魔族に身体を乗っ取られてる状態だった。意識もあやふやだったと思う」


 今度はルクスがミリの左腕を握る。


「2人とも、あの時の私と戦ってたの?」

「厳密には」「戦ってたというより」「遠くから観察をしていた」「ってだけ!」


 ミリが魔族に乗っ取られていた時、ミリ本人の意識は途中までまるで沼に沈んだかのように曖昧だった。誰とどのように戦っていたのかも覚えていない。


(私の戦いを見たことがあるなら、タスク2つ目の『魔法の真の力』について何か知ってるかも)


 残念なことに《魔女》から与えられた情報はあまりにも少なかった。

 今は少しでも新しい情報が欲しい。


「そういえば、乗っ取られてた時の私ってどうやって戦ってたの?」

「えー? なんかね、右手からビームがぶわーって出て、左手を握ったら泥がベトッって!」「ノクス、それじゃ分からない」


 ルクスが言う通り、ノクスの説明はかなり曖昧で要領が掴めなかった。右手と左手で役割が違ったということだろうか?


「多分だけど、ミリさんの魔族が持つ魔法は、2つの特性を持ってると思う」「白がピカーッ! 黒がボワーッ! みたいな!」「でもそれ以上は」「よく分かんない!」


 足りない情報はいくつもある。

 だが、彼女らが教えてくれた情報だけでも十分な前進だ。


「あっ! 準備が終わったみたい!」


 気付けばテーブルにはズラリと料理が並んでいた。どれも視覚・嗅覚を疼かせるような一品ばかりだ。


 最後に食堂へ入った《召使》が、鈴を鳴らしながら「ボナペティー」と挨拶する。その音に合わせて、椅子に座った他の《召使》たちが一斉に食事を始めた。


「では、いただきましょうか」


 ルクスとノクスが同時に、ナイフとフォークを手に取る。ミリも慌ててそれに倣った。


「ミリひゃんもひゅきにひゃへていいはらえ!(ミリちゃんも好きに食べていいからね!)」「ノクス、汚い」


 早速、頬をリスのように膨らませたノクスを見て小さく笑い、ミリは料理に視線を移す。


 かつてのミリは、教典国家グリザリオの一般市民でしかなかった。つまり、ここまで豪華な朝食は見たことも食べたこともない。


 震える手で、目の前にある『何かの肉を薄切りにした料理』の一切れにフォークを刺し込む。


「これは……」


 フォークを目の前まで持ってくる。

 ピンク色の断面が天井の光を反射して美しく輝く。ミリは口を開き、恐る恐るそれを舌の上に乗せた。


「――お、美味しい!」


 ミリの目が徐々に輝いた。

 柔らかい肉の食感と、臭みの完全に取れた風味、そしてソースの甘さ。すべてが絡み合って味覚を優しく刺激する。


(こんな生活、今まで想像もしてなかった……!)


 この一口で完全に意識を食事へ持って行かれてしまったミリ。その後は魔法について聞くのも忘れ、お腹いっぱいになるまで食べてしまった。


 ◆


「昼の仕事は大まかに」「掃除と洗濯だよ!」


 今日のミリは昼番として仕事をする事になり、朝食を食べてから休憩を挟み、10時からルクスたちのレクチャーが始まった。


 外の景色は相変わらず緑色の霧に覆われたままだ。


「そうです」「その調子!」


 廊下を綺麗にするところから始まり、次は部屋を1つ1つ隅から隅まで綺麗にしていく。


「ミリさん」「覚えが速いね!」


 掃除に使う魔導具の扱いはすぐに覚えた。魔法に比べれば簡単すぎるくらいだ。


「ここ、少し魔力を加えると」「しつこい汚れがどっかいくんだよ!」


 元々何年も根無し草として歩き回ってきた身だ。体力にも多少の自信はある。


「ちょっと……」


 だが、しかし。


「この屋敷、広すぎない!?」


 遂にミリは部屋の真ん中で叫んでしまった。


 別に体力の限界というわけではないのだが、如何せんどれだけ掃除をしても、今日中に全ての部屋を回りきれないことが確定している数だったのだ。


「この屋敷は」「生きてるから!」「その日の気分によって」「広さが変わるんだよ!」

「なにそれ!」


 今日で二度目のツッコミだった。

 確か、少し前に《魔女》がそんなことを言っていたか。


 そんなこんなで手を動かしていると、とつぜん床が激しく揺れ始める。


「地震!?」


 いや、床だけではない。

 壁、天井、内装……部屋の全てが麩菓子のようにグニャグニャと躍動を始めたのだ。


 そして異変はそれだけではない。


「部屋が……広くなってる!?」

「ようやくですね」「屋敷の排泄だよ!」

「排泄!? 何が起きるの!? 逃げたほうがいい!?」

「説明は後でします」「とにかく戦闘態勢に移行してね!」

「戦闘態勢!?」


 大聖堂のような広さにまで拡張した部屋の天井から、コバルトブルーの染みが広がる。その染みは泥のようにベトベトと落ちながら、遂には大きな泥の塊を吐き出した。


「あれは、何?」


 その答え合わせはすぐに為される。

 青い泥が徐々に融解されていく。すると中から見上げるほどの巨大な狼型の魔物が産まれるようにして現れた。


六方晶の大狼ロンズデーライトウルフ」「かなりの大物だね!」


 しなやかな筋肉とは対称的に、その毛皮は1本1本が硬く光り輝き、天井の光が七色に屈折している。特に首元の毛が厚く、背丈が小さいミリたちにとって攻撃できる部位は限られていた。


「殲滅モードに」「移行するよ!」


 魔物の佇まいに圧倒されているミリを置いて、ルクスとノクスがそれに向かっていく。


「■■■■ーーーーーーーーーッ!!」


 しかし魔物が大きく遠吠えすると、その身体を中心として”見えない空気の壁”が襲いかかってくる。ミリは壁に磔になり、ルクスとノクスも弾き飛ばされて壁を地面に踏ん張る姿勢となった。


「敵個体による魔法の使用を検知」「剣の構成状態を最適化するよ!」


 そのまま魔物はしなやかに距離を詰め、前脚を振り下ろす。

 壁だったものの破片が部屋中に飛び散る。


 攻撃に対し、ルクスはミリを抱えて壁を走り、攻撃範囲から逃れた。逆にノクスはその前脚へ短剣を突き刺し、それを頼りに魔物の首元へと登っていく。


「魔法構築要素を限りなくゼロへ」「強度と形質延長にオーバーライド」


 そう言うと、2人の持つ短剣が光の粘土のように変形して伸び、長剣へと変化した。


「■■ッ!」


 迫ってくるノクスに噛みつこうとする魔物。

 しかし横から閃光のように飛んできた短剣に片目を貫かれ、魔物は悲鳴を上げながら大きく怯んだ。ルクスの剣だ。


「討滅公式を算出完了」「力には力を――ッ!」


 そしてその頭に飛び移ったノクスが刀のように長くなった短剣を脳天へ突き刺すと、その剣身は豆腐を貫くように魔物の頭部を串刺しにした。


 力なく倒れる魔物。ノクスが剣を引き抜くと、傷穴から蛇口のように血が溢れ出てきた。綺麗にした部屋の床が紅く染まっていく。


「………………」


 そしてミリも、魔物と同じように地面にへたり込んでしまっていた。

 普通じゃない――でも不思議なことに、逃げたいとは思わなかった。どこか安心している自分がいたのだ。


「掃除完了。よって」「通常業務へ移行するよ!」


 返り血1つも浴びていない少女たち。彼女らはそれぞれ抑揚のない静かな声と、元気で溌剌な声で勝利を宣言した。


 2人――いや、屋敷にとって、この光景は日常の一部でしかなかったのだ。

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