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第2話 両者衝突

 黒衣の剣士は鞘からゆっくりと剣を抜き放つ。

 真っ黒な刀身の所々に青紫色の錆がこびり付いているが、店の灯りを反射して輝かしい光沢も見せる、不思議な剣だった。ミリは思わず息を呑んだ。


 (騎士? 殺し屋? ――とにかく逃げないと)


 ミリはすぐさま右手を握った。

 しかしその魔法が発動することはなく、役目を失った魔力は宙に霧散してしまう。


「ア゛ッ! 痛゛ァッ!」


 そしてすぐに強烈な右腕の痛みに襲われる。

 まるで剣を何本も刺されたかのような、強烈な痛みだ。


「正しく使われない歪んだ魔法が、自身の身体を蝕んでいるのか……訳が分からん」


 黒衣の剣士はそんなミリを、同情の欠片もない様子で見下ろす。


「……もういい。斬って確かめよう」


 彼の剣が視界から消える――否、厳密にはあまりの速度にその動きを目で追えなかったのだ。直後、ミリの頬にピッと浅い斬り傷が刻まれる。


 ミリが認識した時には、すでに斬られていた。


「……なるほど。お前はかなり特殊な体質を持っているようだ」


 頬を血がツーッと伝っていく感覚をおぼえる。


(――死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ!)


 ミリは瞬時にそれを悟った。

 そして同時に思い出す――平和な日常。拘束される家族。降ろされるギロチン。落ちる首。抗えない死。目の前の男は、まさに死そのものだった。


「は……ひッ! カ――ヒュッ! ヒュッ!」


 呼吸が徐々に荒くなる。

 駄目だ。逃げないと。死ぬ。


「さあ、見せてみろ。お前の中に眠る ”それ” を」


 ――すると、視界が徐々に紅く染まっていく。そして頭の中に少しずつ泥が混ざっていくように、思考が鈍くなっていく。初めての感覚だった。


(な……に……こ、れ……)


 内側。ミリの心臓の奥底から ”ナニカ” が湧き上がってくる。


(嫌だ……出てこないで……ッ!)


 思考とは裏腹に、ミリの四肢は自由を失い始め、意識が遠のいていく。

 彼女はそれに抗えなかった。

 

 ――目が合ったな。

 

 そして遂にミリは意識を失い、地面にバタリと倒れてしまった。


「…………」


 彼女の姿は一見無防備に見えるが、黒衣の剣士はしばらくその場から動けずにいた。

 ミリの体から溢れ出てくる泥のような魔力波長に、目が釘付けになっていたからだ。


「想定以上だな」


 剣を構え直す。その首を刈り取らんと、剣筋が水平に弧を描いた。

 先ほどまでのミリであれば、動きすら捉えることの不可能な速度。言うまでもなく彼女の首と胴体は別れを告げた。

 

「これで二度目」

 

 ――その筈だった剣は、ミリの人差し指によって止められていた。


「素晴らしい剣筋だ。我が時代に生まれていたなら重宝しただろう」

「――ッ!」


 後ろへと飛び跳ね、距離を取る。


「魔王級。40年ぶりだ……中身がここまで自我を持っているのは初めてだが」


 黒衣の剣士は再び構える。

 そんな彼の姿を棒立ちで眺めながら、ミリ(?)は口を歪める。


「かつて魔王を討伐した英雄でも、魔族を直接見るのは初めてだったか?」

「お前……なぜそれを知っている?」

「安易に我へ触れたのは間違いだったな。貴様の真意が全て見えてしまったではないか」


 そして魔族の全身から、黒衣の剣士のそれを上回る圧倒的な魔力波長が放出された。

 剣士の黒衣が向かい風に吹かれたようにはためく。


「――さぁ、来い。この娘が歪めた我が魔法の真の姿、見せてやろう」


 魔族の足元から黒い泥のようなものが湧き上がり、地面を黒く染める。

 そして同時に背中から3対の翼が生えた。右側は純白、左側は漆黒の美しい翼だった。

 

「発現を」「確認したよ!」

 それを遠くから見守る2つの影には、誰も気付いていない。

 

「お前を斬り刻み、俺は目的を果たす」


 黒衣の剣士が風のように距離を詰める。


 対する魔族は右腕を握った。

 それと同時に、周囲の空間に割れたガラスのようなヒビが入る。彼はそれを当たらないギリギリのラインで避けていく。


「身のこなしにも無駄がない。洗練されている……美しい」


 黒衣の剣士が魔族に肉薄した瞬間、魔族が右腕を軽く振る。

 すると磁石の同極が合わさったかのようにその距離が瞬時に広がってしまった。美しい剣筋も空を斬る。


「ここまで来たら、貴様の魔法をこの目で見たいと願うのも自然なこと」


 魔族が宙を掴むように左手を握り、それを振り上げた。

 今度は周囲の瓦礫を巻き込む渦が発生する。黒衣の剣士の体が空へと打ち上げられた。


「さあ、臨界共鳴(オーバークロック)を使え。貴様の魔法の真髄、見せてみよ!」


 魔族は左手を天にかざす。

 すると黒衣の剣士の体が黒い泥のようなものに絡み取られ、空高い場所で磔になってしまった。


「でなければ、ここで全てを滅ぼして仕舞おうぞ!」


 魔族が両手を広げると、彼の周囲に魔法陣が展開され、それらと手のひらから合計で13発にもなる純白のビームが放射された。


 黒衣の剣士はビームを真っ二つに斬り裂き、流れるように周囲の泥を斬り落とす。


「頑なだな……ならば散れ!」


 彼が着地する瞬間を狙い、魔族は準備していた巨大な白の砲撃を放とうとする。


(や……めて……)


 しかしその瞬間、指先が僅かに軋み、魔法が急速に萎んで消失した。

 魔族はここで初めて、面食らった表情で自身の右手を見る。


「やはり完全支配は難しいか。鬱陶しい小娘だ」


 だが、すぐにその顔も先ほどまでの無へと戻る。

 魔族は再び右手に魔力を共鳴させ始めた。


 「一筋縄ではいかないか」


 対する剣士も、全身に魔力を共鳴し出した。


「いいだろう。そんなに見たいのなら――見せてやる」


 両者の魔力波長がぶつかり合い、周囲の空気が地鳴りのように震える。

 

(だから、やめてって――言ってるでしょッ!)

 

「――ッ!?」「――なにッ!?」


 放たれた純白の光が、何本かの細い光に分かれて霧散する。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 荒い息を吐いて膝をつくミリ。

 背中の翼は生えたままだが、その瞳は元の碧色に戻っていた。


「……まさか、戻ったのか?」


 信じられないような顔で、共鳴を解く剣士。


「私は……はぁッ……ただ普通の生活をしたいだけなの……ッ!」


 瞳をギンと光らせ、目の前の剣士を睨みつけるミリ。


「だから……中にいる悪魔は邪魔!」

「…………」


 しばらく黙った黒衣の剣士。

 彼はおもむろに剣を鞘へと収めた。


「……いいの? 剣士さん」


 てっきり斬られる覚悟をしていたミリ。

 剣士が戦闘を中断したことに驚いていた。


「まだ、ここで斬るべきではない――それに、どうやら "観察者" もいるようだ」


 そうして剣士は明後日の方向をチラリと見てから、背を向けて歩き出す。

 彼の全身は、すぐに夜の闇へと溶けて消えた。


『またいずれ、相見える時が来るだろう』


 最後にそう言い残して。


「…………そうならないといいけど」


 その姿を見送ったミリ。


(ダメだ……もう……力が……)


 だが四肢に込める力が限界を突破し、ついに意識と共に崩れ落ちた。


「とっ」「やぁっ!」


 すると建物の屋根から、夜の闇を纏う2つの影が飛び降りた。

 短く切られた乱雑な金髪に、光の籠もっていない翠の瞳。瓜二つの外見を持つ少女たちだった。


「死んだ?」「まさか!」


 彼女らはミリの体が地面に激突するよりも速く、それを支えた。


「……息はしてる」「良かった~!」


 ミリが死んでないことを確認すると、そのまま魔力の籠もった声で、何もない宙に向かって報告した。


「ターゲット捕獲完了。よって」「門扉を開いてね。マスター!」

気絶してしまったミリ。謎の少女2人に連れ去られた先にあるものは……?

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