第1話 ”悪魔憑き”の少女
「キャアアアアアアアッ!」
街に甲高い悲鳴が響き渡る。
「おい、あれって……」
「もしかして ”悪魔憑き” じゃないか?」
「おい逃げろ! 俺達まで殺されるぞ!」
民衆の視線の先には、糸の切れた人形のように崩れ落ちた2人の騎士の姿。
それらを見下ろすように立っていたのは、ボロボロのフードを深くまで被った1人の少女だった。
「…………」
少女は何も言わず、その碧い瞳で騒ぐ民衆を睨みつけた。
蜘蛛の子を散らしたように逃げていく人々。道には少女1人だけが取り残された。
「……殺してないのに」
そう呟いて、その少女は走り去った。
捕まれば――今度こそ処刑されるから。
◆
「あの魔力波長は《両腕》のミリだ! 全力で追え!」
背後から、複数名の騎士がドタドタと慌ただしく走ってくる音が聞こえる。
ミリは路地裏を軽やかに、そして風のように駆けていく。
(……あーあ。せっかく ”悪魔憑き” への差別が少ない地域って聞いたから来たのに)
油断して道の真ん中を堂々と歩いたのが間違いだった。
2人の騎士に引き留められ、「騎士団本部まで来てくれ」と危うく連行されかけたのだ。
結果はこの通りである。
「もう、鬱陶しいなぁ……眠ってて!」
そして細い道へと入り込んだタイミングで、ミリは後ろを振り返り、右手を握る。
「な――――ッ!」
すると彼女を追いかけていた数人の騎士は、為すすべなく地面へと倒れ伏した。
ガシャン! と鎧が衝突する音が、狭い路地裏に反響する。
「私は、ただ普通に生きていたいだけなのに……」
ミリは走り続けた。
遠くからその姿を見る黒い影には、まだ気付いていない。
◆
外は薄っすらと暗くなり始めていた。
(今日はどこで寝ようかな)
ミリはフードを深く被り、裏路地から入れる裏道――簡潔に言えば、無数に並ぶ店の反対側の道――を音もなく歩いていた。
「醤油ラーメン一丁!」
ふいに、店の中から活気のある声が聞こえてくる。
少し気になったミリは、扉の横についている小さな窓から、こっそり店内の様子を覗き見る。
「まいどあり!」
中では大将がラーメンを作っているのを、数人の店員が補佐している姿が目に映った。
豚骨スープの濃厚な匂いが、ミリの鼻腔をくすぐる。
「はぁ~いいなぁ……私もああやって真っ当に働いて、あったかいご飯を――」
「こんなところで何してるんだい?」
「ひゃいっ!?」
横の勝手口が開き、店員と思しき人物が声を掛けてくる。
ミリは素っ頓狂な声をあげてしまった。
(人が近付いてることにも気付かないなんて……気が緩みすぎだよ、私!)
どうやって言い訳しようか……とか、いっそのこと魔法を使って口を封じるか? とか、思考をグルグル回転させるミリ。
しかしそれとは対照に、店員は穏やかな顔を浮かべた。
「どうだい? よければ一杯食ってかないか? 今ならチャーシューをサービスするよ!」
「あ……え……?」
店員の眩しい笑顔。
ミリはもう一度、店の中を見る。
お金を払い、麺を啜る客。そして汗を流して働く人々。夢にまで見た ”普通の生活” が、いま目の前にある。
器に収まったラーメンが、まるでキラキラと輝く黄金のように映る。
(私……普通になってもいいのかな……?)
自分は、そこにいていいのだろうか。
「あの……私……お金とかなくて……」
「でも見た感じ、しばらく食べてないんだろう? 俺がツケておいてやるよ!」
弾ける店員の笑顔。
この世界には、こんなに優しい人がまだいたのか。
「……は、はいッ! ありがとうございます!」
一瞬の迷い。
それでもミリは一歩を踏み出し、その手を伸ばした。
「――うッ!? ぐ――ェッ!」
突然、猛烈な吐き気とフラッシュバックに襲われる。
それは幻覚だった。
優しかった笑顔、それが空虚な頭部へと変わるその様。
光のない瞳、血と混じる涙。日常が壊される絶望。
あの時の光景が、ミリを阻んだ。
「……無理です! ごめんなさい!」
「あ、ちょっと!」
ミリは伸ばしかけた手を引っ込めて叫び、一目散にその場から駆け出した。
走る。走る。ひたすらに走る。
頭の中で蠢く記憶を振り払うために。
◆
「はぁッ……はぁッ……はぁッ……」
気付いたときには、ミリは小さな空き地にいた。疲れ果てた彼女は重い足取りで瓦礫の山に座り込む。
自分は――あそこにいてはいけない。
いられるはずがない。
「う……うぅっ……ぐすっ……うぇぇ……」
自然と涙が溢れた。
「馬鹿ッ! 私の馬鹿ッ! どうして……普通に生きたいのにッ!」
ポロポロと、何分も泣き続けた。
辺りに人影はなく、先ほどまで夕日が照らしていた道はすっかり暗くなっていた。
「うぅっ……ぅん……」
ミリはボロボロの袖で涙を拭う。
(でもやっぱり……私じゃ普通にはなれないよ……)
ザッ……ザッ……ザッ……ザッ。
前方から、1人の足音が聞こえてくる。
(……誰?)
ミリが顔を上げると、そこには黒いローブに黒い剣――全身を黒色に包んだ男が、数歩先の地面に立っていた。
ミリは泣きつかれた頭で必死に考える。当然、目の前の彼に見覚えはない。
「お前が、例の ”悪魔憑き” か」
黒衣の剣士は静かにそう聞いた。
ミリと同じように、フードを深く被った彼の表情は影に隠れて視認できない。
「聞かせろ。お前の中には ”どれ” が眠っている?」
彼は深く息をつき、蒼い蛍光色の光を放つ鞘に手を掛ける。
「どういう意味?」
「 ”悪魔憑き” には、かつて実在した魔族の力が宿っている――お前は ”どれ” だ?」
第一話を読んで下さり、ありがとうございます。
見やすくなるように意識をして、改行を工夫していますが、逆に見にくかったらコメントなどで教えてください。




