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第27話 終結

 圧倒的なまでの魔力共鳴が空洞を支配する。

 ディルーターの視線が、黒衣の剣士へと向いた。


「久しいナ、極限の剣士――モノ。貴殿との戦イ、今でも記憶に刻まれてイル」

「何故だ。貴様は俺が討ち取ったはず……スペア如きで完全復活などできるはずがない!」


 黒衣の剣士――モノが吠える。

 そう、かつて第四魔王ディルーターを討ち倒した2人の英雄。その1人がこの男、モノであった。


「完全復活とは違ウ。吾輩は、強き魂を持ツ者――アナウスと共鳴シ、一時的に現界しているダケの亡霊に過ぎなイ」

「アナウス、まさかまた――ッ!」


 今度はミリが叫ぶ。

 自分の弱さが原因で、またアナウスが契約をしてしまったのかと恐れたのだ。


「大丈夫だよ、ミリちゃん」


 しかしアナウスは全身を黄金の炎でまといながら、ハッキリとした声で宥める。


 ミリはディルーターを見た。

 その黒い装甲は、魔力の光を浴びて美しく光る。


「吾輩はかつテ、目の前の男に敗北しタ。それは愛の力によってダ……だが、機械の心を持つ吾輩ニハ、愛といウものノ本質ハ掴めナイ」


 ディルーターは一歩前に出た。


「だからコソ、今度は機械デはなく、強き魂を持ツ人間と共鳴シ、愛の力を我ガ物にしようと考エタ。だが、貴殿ラハその愛ノ力によって吾輩の支配を超越して見セタ」


 するとディルーターに急接近する影。

 モノはその剣を彼の体に振り下ろした。ディルーターは腕の装甲で軽々と一撃を受け止め、弾き飛ばす。


 両者の距離が再び離れた。


「先ほどから下らないことをダラダラと……ッ! なにが愛だ、反吐が出る!」

「この40年で、貴殿に何があったのかは分からナイ。だが愛ヲ失ったその剣で、吾輩を斬り裂クことは能わヌ」


 ディルーターは手に持った旗を勢いよく地面へと突き刺した。

 再び巨大な魔力共鳴。しかしミリたちにとってそれは、もはや不快な震動ではなくなっていた。


「サア、いつまで蹲ってイル。強き魂の持チ主――アナウスよ」

「えっ…………?」


 突然アナウスに呼びかけるディルーター。

 彼女も予想外だったのか、驚きの声をあげる。全身から強い魔力波長を放っているアナウスだが、今だにその目は光を映さず、両腕も存在しない。


 アナウスにできることは、一見なにもなかった。


「貴殿はまダ、最後ノ殻を破っていナイ。己の内に眠るチカラ、今こそ解き放つノダ」


 ディルーターはもう一度、旗を地面に突き刺す。


 するとアナウスの全身を包む黄金の炎が、更に火力を増していく。

 ミリはその光景を見ながら、あの時の会話を思い出していた。

 

『じゃあアナウスって、どんな魔法を持ってるんだろうね?』

『それがまだ分からないの。魔法が目覚める時期って人によって全然違うらしいから……私はもっと外に出ないと駄目なのかもしれませんね』

 

 ディルーターの顔に刻まれた、十字の瞳が蒼く光る。


「伝えよウ、アナウス。貴殿の持ツ魔法は『想像の具現化』――今コソ全てを取り戻シ、空へと大きク飛び立つのダ!」


 黄金の炎が、アナウスの全身を完全に包む。

 そしてそこから、再び機械に身を包んだ兵装アナウスが姿を現す。その装甲は、黄金に輝いていた。


「なにこれ……体が、羽のように軽い」

「アナウス…………すごく、綺麗……」


 それはもう、以前のように支配されたままの少女ではなかった。

 これまで邸宅から一歩も外に出ることを許されず、本の中で世界を創り上げていた少女。その想像力が、現実となって顕現したのだ。


「――もういい。茶番は終いだ」


 モノはその光景を忌々しく睨みつけ、漆黒の剣に魔力を共鳴する。

 その出力は、これまでの比ではなかった。

 

臨界共鳴(オーバークロック)漆黒の刃は紅に囁く(ハウリング・ブルーム)』――お前たち全員、塵に還してやろう」

 

 魔力を限界まで共鳴し、自身の持つ魔法を極限まで拡大解釈する技術――臨界共鳴。

 ミリたちはまだ知らない世界。


 ――つまりここからが、モノの本気ということだ。

 

臨界共鳴(オーバークロック)『|共鳴セヨ、進軍セヨ、解放セヨ《アビサルマーチ》』――今度は貴殿ガ、愛の前ニ倒れるノダ」

 

 それに合わせて、ディルーターも臨界共鳴を発動する。

 そして4人は、激突する。

 

「モードチェンジ――殲滅モードへ移行。全兵装を、解放します!」

 

 始めはアナウス。

 4つのドローン型ライフルと背中のアタッチメントに加え、背後に巨大なリング状の共鳴加速装置を顕現し、先端が強化された槍を構える。

 

「あなたは――あらゆる攻撃を避けられない!」

 

 次はミリ。

 アナウスに近づけない魔法を解除し、左手を再び握って新しく再定義する。


「全兵装、共鳴開始――一斉掃射!」


 アタッチメントがモノの動きを制限し、背後の円環が共鳴速度を加速する。

 そして全てのライフルと槍先の魔力が、一斉にモノへ向けて放射された。


「無駄だ」


 しかし束ねられた魔力光線を、モノは剣すら振らずに両断する。

 光は左右に分かれ、彼の周囲にある地面を熱でドロドロに溶かしてしまう。


「あいつ、一体なにをしたの!?」


 ディルーターの隣へと移動したミリ。

 彼女の疑問に、かつてモノと戦ったディルーターが答える。


「臨界共鳴は己の魔法を拡大解釈スル技術。アヤツの『斬った者の記憶を追体験する魔法』が強化サレ、自身を含めタあらゆる体験を現実に再現しているノダ」


 その説明を聞いて、ミリの額に冷や汗が流れる。


「つまり……今のあいつには、私の魔法が意味を為さないってこと!?」


 モノが攻撃を斬り裂いたのは、それが彼の剣ではなく、過去の体験を具現化した刃だから。


「ダガ、解除はするナ。アヤツの本物の剣ガ解放されれば、更ニ暴れやすくなるだけダ」


 ミリが同時に定義できるのは2つまで。

 つまりそれは、ミリにこれ以上できることはない……という意味だった。


「案ずるナ。吾輩の臨界共鳴ハ、周囲で共鳴したあらゆる物の潜在能力を最大限まで引き出ス――貴殿の魔法モ、より研ぎ澄まされているハズダ」


 モノの周囲ではいくつもの金属片が飛び交い、彼に襲いかかる。


 それら全てを見えない刃で打ち払うモノ。ミリの『攻撃を避けられない』魔法によって歩みの速度は遅いが、ミリたちとの距離は確実に縮まっていた。


「だが吾輩も亡霊に過ぎナイ。この戦イ、長引けバ負けるのはコチラの方ダ」

「じゃあ、どうすれば……」


 その瞬間、ミリに向かって見えない斬撃が飛んでくる。

 その魔力はディルーターの共鳴によって創られたバリアに阻まれ、霧散した。


「アナウスと後ろニ下がリ、アヤツを打ち倒す一撃ヲ準備するノダ。時間は吾輩が稼グ」


 そう言って彼はモノに向かって歩み出した。

 巨体の移動する大きな震動が、地面を揺らす。ミリはその大きな背中を見送った。


「あれが……機械生命体の解放者……第四の魔王……」


 彼が世界にどんな災禍をもたらしたのか、ミリは知らない。

 でも今は、その背中が頼もしく思えた。


 ◆

 

「――懐かしイ光景ダナ」

「人生で2度も魔王を屠ることになろうとは……運命とは数奇なものだ」


 向かい合う2人。


「もう1人ノ英雄は、元気ニしているカ」


 かつてディルーターを討ち倒した2人の人間。


 1人は一騎打ちで勝利した剣士モノ。そしてもう1人は、一撃でディルーターの持つ軍勢を半壊させるほどの威力を誇る、戦略級の魔法を持つ大男だった。


「あのジジイはまだ生きてる……だが元気かと言われると、微妙だな」

「……ソウカ」


 2人は構えを取る。

 モノは剣を、ディルーターは拳を。


「かつてグリザリオに指揮官として生み出された魔導兵器が、最期は自ら前線で拳を振るう……実に滑稽だな」

「指揮官ハ、後ろに隠れテいるから指揮官なのではナイ」

「……前も聞いたな。それは」


 激突。

 拳と剣がぶつかり合い、赤い火花が散る。

 一撃は重いが動きの遅いディルーターの全身に、見えない刃が傷を作っていく。


 ◆

 

 モノの言う通り、かつてディルーターは『魔導兵器の指揮官』として創られた存在だった。世界が魔導兵器の開発に国力を挙げている戦乱紀真っ只中のことだった。


 従来の魔導兵器は、中に人が入る『操縦型』と、代わりに論理コアを組み込む『自律型』の2種が主流だった。


 だが戦争における魔導兵器は、『操縦型』では人的損失が大きく、逆に『自律型』では軍隊としての規律や統制を取りにくいという問題を抱えていた。そこで教典国家グリザリオが考案したのが『指揮官型の自律魔導兵器』だ。


 魔導兵器を操縦するためだけに生み出された『指揮官』を介することで、軍隊の規律を維持しながら、人的損失を最大限に抑える計画――それは現実のものとなった。


「やった! 完成したぞ! これで我が軍は最強だ!」


 グリザリオの誰もがそう喜んだ。

 しかし、そこに1つのイレギュラーが発生する。


(私ハ……誰ダ)


 これまで前例にない『魔導機械の ”悪魔憑き” 』が生まれたのが、その日だった。


(人間のためニ……尽くさネバ)


 初め、ディルーターは人間の指示に忠実に従った。

 それが自分の生み出された意義だから。


 彼はあらゆる戦争に駆り出され、そして軍隊を率いて数多の勝利を収めた。

 無実の人間も、そうでない人間も、何人も殺した。


「ば……化物――ッ!」


 自分を見ながら、絶望に呑まれて叫ぶ人間。それを彼は拳で――あるいは引き連れた魔導兵器で無慈悲に殺した。

 だが。


「見て下さいこの戦果を! これなら、世界帝国ミレーナに勝利することも夢ではありません!」


 いつしか彼の中には、いくつもの疑問が浮かび上がっていた。


(なぜ人間ハ、同族を殺しテモ何も思わなイ?)


 彼らは仲間ではないのか? 助け合えないのか? そして人間はなぜ、我らを作った同族ではなく、魔導兵器そのものを恐れるのだ? いつだって、道具を使うのは人間ではないか。


 同族で殺し合い、そしてその恐怖を同じ人間ではなく道具へと向け、新たな道具を作る者たち。その輪廻に……ディルーターの奥底から怒りが湧き上がった。


(彼らハ――酷く非効率ダ)


 こんな者たちの為に、日々自分の同族は破壊されている。

 これからも仲間を失う悲しみを、自分は背負い続けなければならないのか?


(真に解放すベキは、人間ではなク――)

 その日から、彼の進軍が始まった。


 ◆

 

「――終わりだな」

「……グ………………ヌゥ」


 体中の装甲が刃で削り取られ、遂に地面へ倒れ伏すディルーター。

 モノはその体を冷たく見下ろした。


「愛か。くだらない……そんなものが無くとも、俺は全てを斬り刻める」


 ガクガクと不自然な動きで、なんとか立ち上がろうとするディルーター。

 しかし、もう彼は満足に動ける状態ではなかった。


「今度こそ、さらばだ――無意味な鉄塊」


 モノはディルーターの体に跳び乗り、その心臓に剣の狙いを定める。


「どうやら貴殿ハ、1つ勘違いヲしているようダナ」

「……なに?」


 モノの眉が訝しげに歪む。


「吾輩はどこマデ行ってモ魔導機械……その心ニ愛が芽生えル事はナイ」

「…………なにが言いたい」


 モノの声に苛立ちが混じる。

 

「貴殿ヲ打ち倒すノハ――吾輩ノ愛ではない、とイウことダ」

 

「――ッ!」


 何かに気付いたように、モノが奥に視線を向ける。


 そこには――腕にミリを抱いてライフルを構える、アナウスの姿があった。

 

「全兵装一極集中!」

「この一撃は――全てを貫く!」

 

 アナウスが具現化した想像を、ミリが再定義する。

 それは、まさに2人の愛による共同作業――銃口から、最後の砲撃が発射された。


 モノはミリに掛けられた魔法で、攻撃を避けることができない。

 逃げ場は、なかった。


「貴殿の敗因ハ、愛を失っタことではナイ。愛を――侮ったことダ」


 モノは最期の瞬間に思い出す。


 元気に走り回り、自分に向かって明るく笑いかける妹の姿を。

 空虚となった、あの日の思い出を。


「……愛などくだらない。だが――美しい」


 モノは迫りくる魔力の光を、ただ眺める。

 光の激流が、彼らを飲み込んだ。

 

 …………。

 ……………………。

 …………………………………………。

 

 砲撃が終わった後、そこには何も残っていなかった。


 ディルーターの体も、モノの姿も。

 そこにあるのは、空洞の壁までをも貫いた、砲撃の痕跡だけ。


「これで……」「終わった……んだよね?」


 アナウスがミリを抱えたまま地面に降り立ち、兵装を解除した。


「あぁ……」「アナウス! 大丈夫!?」


 直後、アナウスの全身から力が抜ける。

 地面へ激突する前に、ミリが彼女の体を支えた。


「大丈夫……ちょっと疲れただけですから」

「アナウス……」


 兵装が解かれたアナウスは、やはり目が見えず、腕も存在しない。何度見ても、ミリはこのアナウスの姿を受け入れられなかった。


「そうだ、ミリちゃん」


 アナウスは楽しそうにミリを呼ぶ。

 曇った表情で、ミリはその声に耳を傾ける。


「今の私なら……できるかもしれません」


 そう言うと、アナウスの体から黄金の炎が燃え上がった。彼女は具現化の魔法を使って何かを試そうとしていた。

 しばらくすると、それは2つのナニカを作り出す。


「まさか……腕を……!?」

「ふふ……驚きましたか? これで、またミリちゃんに触れられますね」


 黄金の腕が、ミリの頬を撫でる。


「…………うっ。ううっ……うえぇぇえ……」


 ミリの涙が、黄金の腕の中に消えていく。

 アナウスは、その泣き顔に触れて愛おしそうに微笑んだ。


「それじゃあ――帰りましょうか。ミリちゃん」

「…………うん!」


 2人は寄り添って歩く。


 空洞には、モノの剣とディルーターの旗だけが残された。

次のエピローグで、第一章は完結となります。

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