第26話 完全復活
ミリは男に向かってすぐさま駆け出した。
両腕を交差して、右腕を握る。
「あなたの剣は――何も斬れない!」
黒衣の剣士は再び斬撃を飛ばすが、それはミリの体を撫でるだけに終わる。
「なるほど。確かに、その魔法の強制力は伊達ではないらしい」
その隙を突いて、ミリが短剣を構えて振り下ろす。
「だが――」「ガッ!」
近付いてきたミリを、流れるような動作で横に蹴り飛ばす男。そして一直線にアナウスの元へと走る。
「あなたは――アナウスに近付けない!」
地面に転がったまま、ミリが交差した左手を握ると、男はなにかに弾かれたような衝撃を受けて後ろへと飛び跳ねる。
「……やはりな」
彼はミリの方を見る。
「確かに便利な魔法だ……しかし、いくつか大きな制限もあるな」
脇腹を押さえながら、ミリは産まれたての子鹿のように立ち上がる。
先の戦いもあり、全身は見るからにボロボロであった。
「まず、同時に定義できる数には限りがある――これは当然と言えば当然だが」
彼は剣を片手で構えながら、今度はミリの方へと一歩ずつ近付いていく。まるでそれは死神を具現化したような姿だった。
「そして、その魔法はあくまで何らかの "状態を付与" するものであって、行動を強制することはできない――つまり」
男は脚にグッと力を込め、ミリに向かって急接近した。
その剣を振り抜く。
「形質展延!」
ガキンッ!
ミリは短剣を盾へと変え、その衝撃を防ぐ。
魔法がなければ真っ二つに斬られていただろうが、今は腕に大きな衝撃が奔るだけで済んだ。
「――その魔法自体には、決定打となる火力がない」
黒衣の剣士はそのまま盾に連撃をお見舞いする。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
「グッ! ガアアアアアッ!」
腕を起点に全身へと伝播する強烈な衝撃に、ミリの骨と喉が悲鳴をあげる。
「さあ、使え! お前の中に眠る魔王の魔法を!」
このままでは、そう遠くない未来に限界が訪れる。この状況を打破するには、ミリの中に眠る魔族――ルシフェルの力を使う以外に方法はなかった。
だが。
「――使わないッ!」「なに?」
ミリの碧い瞳に炎が灯る。
彼女は盾を力強く前に押し、黒衣の剣士の体を弾き出した。2人の視線が交差する。
「私は……私を信じてくれる人に、もう2度とあの姿を見せない! あの力には頼らない!」
「愚かだ。このままでは、いずれお前は死ぬ。そんな戯言を並べている場合ではないことは、己が一番よく理解しているはずだ」
男は剣先を天井に向ける。
ミリはその剣を見て、やはり「美しいな」と思った。
「斬られて死ぬか、潰れて死ぬか――そこに大きな差はあるまい!」
そして再び連撃が始まった。
◆
「何が……どうなっているの……?」
アナウスは地面の這いつくばったまま、ただ金属同士が激しくぶつかり合う音を聞くしかできなかった。
彼女の横には、墜落して機能を停止した、機械の心臓が転がっている。
「私、何もできないまま……ミリちゃんを死なせちゃうの?」
目には何も映らない。腕は何も掴めない。
(ミリちゃんは必死で私の側に来てくれた……それなのに、私はミリちゃんに追いつけないの……?)
「ゲホッ! ゲボッ! ガハッ!」
アナウスは大きく咳き込み、口から大量の血を吐く。
真っ赤な液体は、地面と彼女の服を紅く染め上げた。
「はぁ……はぁ……そんなの……嫌だよ……」
ド ク ン
その時、横から心臓の鼓動が聞こえた。
『――強キ魂ヲ持ツ者ヨ』
「あなた……まだ……」
アナウスは声のした方に顔を向ける。ディルーターの声だった。まだ完全には機能を停止していなかったか。
『貴殿ガ兵装ノ操縦権ヲ手ニシタ時、貴殿ハソレガ本来備エテイル以上ノチカラヲ、引キ出シテイタ』
「あれは……なんだか頭の中にイメージが湧いて……」
ディルーターが強制操縦していた時と、アナウスが自分で操縦していた時では、確かに兵装の多彩さや火力に大きな違いがあった。
あれはどうやら、本来の想定以上の出力だったようだ。
『アレコソガ、貴殿ガ持ツ無限ノ想像力ノ証――貴殿ハマダ、己ノ殻ヲ破ルコトガデキル』
それは、ミリが彼女に掛けてくれたのと同じ言葉だった。
「私があなたと契約した時、教えてくれましたよね……私たちがお互いを深く知るほど、共鳴力が強くなるって」
アナウスは全身を使って地面を這いずり、機械の心臓へと寄っていく。
少しずつ。少しずつ。
その速度は遅い。しかし、確実に前進していた。
「私達は一度、同じ存在になった……」
服が血に汚れていく。
そして遂に、その身体は機械の心臓を包み込んだ。
「そして感じたの。魔王と呼ばれるあなたは、悪いだけの存在じゃないって」
すると突然、燃料に着火したような勢いで、アナウスの全身が炎のように揺らめく。蜂蜜のような、美しい黄金の炎だった。
『コノ魔力ハ……』
燃え盛る黄金の炎。
それは全て、彼女が共鳴した魔力たちの具現化だった。
「だから、力を貸して欲しいの……私はどんな時だって、ミリちゃんの側にいたいから」
ド ク ン !
2つの心臓が――大きく鼓動した。
◆
「グッ! ウッ! ――ああっ!」
その剣が何度振るわれただろうか。
ミリが必死に握っていた盾は、遂に宙へと弾き飛ばされてしまった。もはや手先の感覚は無くなり、盾へたどり着いたとしても握り直すことは不可能だろう。
「最後だ――貴様に眠る悪魔の力を使え」
彼は剣先をミリの喉元に向ける。
「…………使わない!」
しかし最後までミリは頑なだった。
「ならば――死ね」
黒衣の剣士は剣を振りかぶり、横薙ぎに払った。
いくら斬れない魔法がかかっていても、あれほどの衝撃を首に受ければ脊髄が砕け、即死は免れない。
ミリは目を瞑り、その時を受け入れた。
ガキンッ!
「……なに?」
しかしその剣は、壁から飛んできたナニカに弾かれ、軌道を逸らされる。
黒衣の剣士が地面を見ると、そこに落ちていたのは真っ黒な金属片だった。彼は空洞の壁を見る。
「あそこから飛んできたのか? なぜ?」
確かに、空洞の至る所には、真っ黒な金属片や板が山のように積み上げられている。
しかし、それがなんの理由もなく飛んでくるのは不可解だった。
「まあいい。次で――ッ!?」
もう一度剣を構える剣士。しかし、今度は先程の比ではない量の金属片が襲いかかり、彼は堪らず後ろへと退避した。
「何が起きている? あれは……集まっているのか?」
空洞中にある金属という金属が、まるで竜巻に巻かれたように、1つの中心点へと集まっていく。
そこには、機能を停止したはずの機械の心臓が宙に浮かんでいた。
「まさか――いや、スペアの心臓如きにそれだけの力が残っているはずがない……なぜだ」
そう言っている間にも、心臓に向かって集まった金属片がその形を変え、何かを創り上げていく。
両脚……腰……胴体……両腕……肩……そして頭部。
飛んできた白い布が、顔と腰を隠すローブとなる。右腕に持った細長い金属棒の先端に別の布が固定された。
それは先導者を象徴する旗を持った、見上げるほどの大きさを誇る1人の機械生命体だった。
「吾輩は "機械生命解放戦線" 創設者にシテ、世界から "魔王" の名を冠さレタ者。《解放者》ディルーターであル」




