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第24話 愛してる

「……ここですのね?」


 爆速で道を駆けた魔導車が、ブレーキ音を立てて止まる。


 20分ほどのドライブだったが、2人は終始無言だった――でも、お互いの目的は一致していた。決して心地悪くはなかった。


「はい。後は私が」


 言葉短く、ミリは車から降りて廃工場の中へと歩いていく。


「ミリさん」「……はい」


 その背中を呼び止めるセレノア。

 これ以上セレノアにできることはない。彼女もそれを自覚している。

 だからこそ、伝えなければならない言葉があった。


「必ず――戻ってきてくださいませ」

「……はい!」


 ミリはタリスマンを強く握った。


 ◆

 

『――来タカ。チカラナキ魂ヨ』


 ミリはあのモニターの前に立つ。

 そして、あの機械――ディルーターの声が聞こえた。


「アナウスを、返して」

『返ス……カ。面白イ表現ダ。カノ娘ハ自ラ足ヲ踏ミ入レタトイウノニ』


 ディルーターの声が重く響く。


 ミリには、アナウスが何を想って彼に着いていったのか分からない。

 でも、彼女は心に誓った――たとえアナウスがもう戻れなかったとしても、彼女の側にいると。


「そうだとしても、私はアナウスの所へ向かう」

『ソレガ、貴殿ノ選択カ……イイダロウ』


 そして廊下は再び動き出し、地下へと続く長い階段を作り出す。

 一切のためらいもなく、ミリは一歩を踏み出した。


 ◆

 

 コツ……コツ……コツ……コツ。

 暗く狭い階段に足音が響く。どれだけ歩いただろうか。


 しばらくすると、視線の先に光が映る。そして再びあの場所へと足を踏み入れた。


 果てしなく広がる空洞。周囲には無数の金属片が山のように積み上がり、錆びた配管が血を送る管のように脈動する。

 そして天井に吊るされている巨大な容器の中に収められた、機械仕掛けの心臓。


「――――ッ!」


 しかし、そこに以前とは1つだけ違うものがあった。


「ミリ……チャン?」


 空間の奥に、無数の管を繋がれた魔導機械が休眠している。

 その瞳がミリを視界に収めると、そこから無機質になったアナウスの声が聞こえてきた。


「まさか、アナウス……なの?」

「私、取リ戻シタンダヨ……腕モ、目モ……ソシテ今、ミリチャンモ戻ッテ来テクレタ」

「嘘……どうして……ッ!」


 それは以前のアナウスよりも、ひと回り大きい、人体を模した魔導兵器だった。全身が機械で再構築され、人間だった頃のアナウスは微塵にも残っていない。


『コノ娘ハ、代償ヲ受ケ入レタ。コレガソノ結果ダ』

「こんなのおかしい! こんなの……もう、アナウスじゃ――」


 そう言いかけて、ミリはようやく気付く。


(そうか……ルクスは……《召使》のみんなは……こんな気持ちだったんだ)


 拒絶された右手。涙を流して部屋を出たルクス。無数の恐怖する視線。

 これまでミリを苦しめてきたものは全て、ミリの独りよがりな選択が生み出した産物だったのだと。

 ミリは顔を上げる。


「アナウス。あなたの選択は、間違ってるよ」


 そして断言した。


 分かっている――自分がそんなことを言えた立場ではないことを。自らの間違いに今の今になって気付いた人間の言葉でしかない。

 でも、それはアナウスの選択を咎めない理由にはならなかった。


「ミリチャン……ドウシテ……ドウシテソンナ事ヲ言ウノ?」


 兵装アナウスの全身に繋がれた管が外れていく。

 重力に従って落ちた彼女は、機械の体に刻まれた魔導刻印によって空中にその身を留める。


「私ハミリチャント一緒ニイタイカラ! ダカラコノ道ヲ選ンダノ! 自分ノ魂ヲ売ッテデモ、全テヲ取リ戻スタメニ! ホラ! 見テ! 腕モ! 目モ! 戻ッタンダヨ!?」


 アナウスの怒号がミリの全身を打つ。

 彼女がここまで感情を露わにしているのを見るのは、初めてだった。


「ダカラセメテ……セメテ、ミリチャンダケデモ肯定シテヨ! ソウジャナカッタラ、私……何ノ為ニ……ッ!」


 ミリは自分の歯を噛み、両腕を強く握る。


「アナウスの選択は間違ってる……でも、それは私のせいでもあるんだ」


 その選択をするくらいなら、先に相談して欲しかった――とは言えなかった。なぜなら最初にアナウスから逃げたのは、ミリ自身だからだ。


「だから、あなたの選択の結果は、その代償は……私が引き受ける!」


 ミリは兵装アナウスに向かって走り出す。


『防衛セヨ』

「――エッ!? 体ガ勝手ニ……ッ!」


 兵装アナウスはその手に巨大な槍を構える。そしてその先を向かってくるミリへと向け、魔力の砲撃を放った。


「グァッ!」

「ドウシテ! モウ代償ハ支払ッタハズ! ミリチャンヲ傷ツケナイデ!」


 直撃は間一髪で避けたものの、代わりに爆発の余波がその全身を襲い、ミリは横向きへと大きく吹き飛ばされる。


『貴殿ノ支払ウ代償ハ、吾輩ト完全ニ共鳴デキル身体ヘト生マレ変ワルコト……ソレヲ妨害スル者ガアレバ、代償ノ履行ノ為、排除スルシカ道ハナイ』

「ソンナッ!」


 兵装アナウスは、壁に打ち付けられたミリへ猛スピードで距離を縮め、槍を突き刺した。そして槍先から再び砲撃を放つ。

 再び吹き飛ばされたミリ。タリスマンに大きくヒビが入る。


「魔法構築要素を限りなくゼロへ――強度と形質延長にオーバーライド!」


 しかし今度は短剣の形質を長く変えて床へと突き刺すことで、勢いを殺す。


『モードチェンジ――射撃モードへ移行』


 しかしディルーターは手を緩めない。

 兵装アナウスの槍が変形し、両腕にマシンガンとなって固定される。


『一斉掃射――開始』「ヤメテッ!」


 そして有無を言わさず、その銃口から無数の魔力弾が掃射された。


「魔法構築要素――反射! 形質展延!」


 ミリはすぐさま短剣を盾へと変え、霰のように降り注ぐ弾丸を弾き飛ばす。

 その時間を利用して、自身の左手に魔力を共鳴させて握る――だがやはり、魔法は発動しなかった。


(やっぱり駄目か。せめてアナウスに接近できれば可能性はあるけど……)


『兵装転換――オリハルコンライフル』


 このまま攻撃しても意味がないと悟ったディルーターは次の指示を出す。

 次はマシンガンが巨大な狙撃銃へと形を変え、魔力を共鳴させる。


(すごい魔力波長……高火力の砲撃で盾ごと貫く気だ!)


 このまま待ち構えていれば死ぬ――直感を信じてミリは盾を短剣に戻し、兵装アナウスへと向かって走り出した。


「全解除! 魔法構築要素を遠隔適用――身体強化!」


 短剣に込める魔法の要素を、使用者の身体へと共鳴させる。

 ミリは風のような速度で兵装アナウスへと接近した。


『共鳴中断――強襲モードへ――』「遅いッ!」


 狙撃銃は近距離に弱い。

 この速度では間に合わないと判断したディルーターは形態を変更しようとするが、それよりも速くミリは兵装アナウスの胸元へと飛びかかっていた。


「魔法構築要素――兵装解除!」


 そしてミリは短剣をその装甲へと突き立てた。だが――

 

 ガキンッ!

「――ガッ!」

 

 その剣は装甲を貫くことができなかった。

 腕に走る強烈な反動に、ミリが苦痛の声をあげる。そしてその隙を突かれ、彼女は腕で身体を振り払われてしまう。


「あっ! がっ! がぁっ!」


 地面をボールのように跳ねるミリ。短剣をクッションに変形して、なんとか壁への激突を和らげた。しかしタリスマンは完全に破壊されてしまった。


「はぁっ……はぁっ……ぺっ!」


 全身に生傷を作り、口内を切ったことで溜まった血を吐くミリ。


(タリスマンがなかったら、今ので死んでた……ありがとう。セレノアさん!)


 ミリは心のなかでセレノアにお礼を言う。


『オリハルコンライフル――共鳴開始』


 だが落ち着いている時間はない。

 ミリが顔を上げた時には既に、奥で兵装アナウスの狙撃銃が魔力を放つ準備をしていた。


(クソッ! 一体どうすれば……ッ!)


 今から身体強化をしても間に合わない。半端な反射は貫かれる。

 考えている間にも、魔力の共鳴は臨界点にまで達しようとしていた――が。


『――ナニ?』


 突然、狙撃銃の共鳴が止まる。


「操縦権利者ヲ移行――アナウス・エル・ヴェルディア」

『…………ドウイウツモリダ』


 ディルーターが訝しげな声で尋ねる。どうやら兵装アナウスの操縦者が強制的に切り替えられたようだった。


「アナウス……良かった、これで――」

 

「ミリチャンハ――私ガ殺シマス」

 

 そしてアナウスは、無機質な声でそう言った。


「………………………………え?」


 ミリは一瞬、すべての思考が停止する。


(今、なんて言った? 殺す? 私を? 誰が?)


 アナウスはゆっくりとミリへと近づく。そして武器を収納した。


「……ミリチャン。モウ、止メヨウ? コノママジャ、ミリチャン死ンジャウヨ」

「や、やめるって……アナウスをこのままにして帰るってこと!? そんなの――絶対に無理! 何をしてでも連れ帰るから!」


 ミリは立ち上がり、叫ぶ。

 このまま変わり果てたアナウスを置いて、自分だけ逃げ果せようなど……そんな選択は絶対にしない。決意の現れだった。


「……ソウ。デモ、私ハ他ノ人ノ手デ、ミリチャンガ殺サレルノヲ見タクナイ……ダッタラ――私ガコノ手デ、ミリチャンヲ殺シテアゲル」


 アナウスの収納された武器が、再び変形する。

 それは宙を飛びながら分裂し、4つの浮遊するドローン型ライフルとなる。それらはミリをロックオンするようにアナウスの背後で銃口を構えた。


「ソシテ、スグニ私モ死ヌノ……ソウスレバ、私タチ、最期マデ一緒ダヨネ?」

「アナウス……なにを……何を言ってるの!?」


 もはやアナウスの出した結論は破綻していた。

 

「ネェ、ミリチャン。私、ミリチャンノコトガ――スキ」

 

 そして、突然の告白。


「なにを……急に……」

「今ジャナイト言エナイト思ッタカラ……私ネ、ミリチャンノコトヲ、愛シテル。ミリチャンノコトヲ考エルト、胸ガギューット苦シクナッテ……デモ、モット温カイ気持チが溢レ出シテクルノ」


 告白の内容とは裏腹に、アナウスが背負うように、X型のアタッチメントが構築される。

 腕や脚はより刺々しく変形し、機械の瞳からは膨大な魔力共鳴による光がVの字となって光り輝いた。


「私ハ、最期ノ時マデ、アナタト一緒ニイタイ……ダカラ例エ天国デモ地獄デモ……私ハアナタヲ追イカケテ追イカケテ追イカケテ――ソシテ側ニイルノ」


 アナウスの背中に増設されたアタッチメントが、強烈な魔力磁場を周囲に形成する。


「ぐっ! 動け……な……」


 体内の魔力を乱され、動きを妨害されるミリ。


 4つのドローン型ライフルが、それぞれ魔力を共鳴させていく。

 大きな共鳴音が重なり合って、一種の美しい音色へと昇華される。それらのもたらす結末は、誰の目から見ても明らかであった。


「ゴメンナサイ、ミリチャン……私モスグニ追イツクカラ」


 空洞内が魔力の光に満ちる。

 4つの銃口は、まさに共鳴の臨界点を迎えていた。


 ミリは顔を上げ、こちらを見下ろすアナウスの姿を見た。

 彼女の瞳には最期――あの時のアナウスが微笑んでいるように映った。

 

「愛してる」

 

 世界から一拍――音が消える。


 そして4つの銃口は無慈悲に……しかし美しくその魔力を放射した。

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