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第23話 決戦の地へ

「――アナウス!」


 病室に、扉の開く音とミリの声が響く。


「あれ……いない?」


 だが、すでにそこはもぬけの殻だった。まるで初めから誰もいなかったかのように。

 あの後――ルクスと一緒に《魔女》へ相談しに行ったミリ。


 彼女の助けを借りることで、夜までに出発の準備を完了した。その後、屋敷から直接アナウスが入院している病院へと転送してもらったのだ。


「部屋を間違えたのかな……?」


 ミリは病室の中へと足を進める。

 開いた窓からは涼しい風が吹き、カーテンを揺らしていた。床に落ちたその影がユラユラと不気味に踊る。


「これは……本?」


 ベッドの隣に置いてあるテーブルまで近付いたミリ。

 そこに、一冊の本が取り残されていることに気付いた。題名は『魔王と悪魔憑きの史学から読み解く魔法原理』――ミリが、アナウスに貸した本だった。

 

「お前たちの選択、見届けさせてもらった」

 

「――誰ッ!?」


 突然、背後から男の声がかかる。

 動物のような反射速度で振り返ったミリは、懐から取り出した短剣を構える。


 そしてミリは気付く。


「あ、あなたは……」


 窓の光が届かない病室の入口。

 壁に背を預ける形で立っていたのは、全身を黒い服で纏った不気味な剣士だった。


 そう――あの時、ミリを殺しに来た男だ。


「……ここで戦う気?」


 ミリの背中には、氷のように冷たい汗が流れていた。

 少し前の自分ならいざ知らず、今は魔法が1つも使えない身――借り物の短剣で相手するには荷が重すぎる存在だった。


「まだ、その時ではない――だが、同時に着々と近付いてもいる」


 黒衣の剣士は腕を組みながら、鞘に収まった剣を抱えている。それを抜く気配はない。


「…………」「…………」


 糸がピンと張り詰められたような空気が、2人の間に流れる。


「問おう――力を失ったお前は、なぜそれでも足を進める」


 静かに問う剣士。もし、少し前の自分がこの質問をされていたら、言葉に詰まっていたかもしれない。

 でも、今のミリは迷わない。


 目をつむり、これまでの全てを思い出す。

 

『――目が合ったな』『お、美味しい……!』『あなた、綺麗な瞳をしてるのね』『絶対に……ゲホッ……生きて……ね』『これは私がやりたくてやってるから』『こういう時は得てして、答えが身近に転がっていたりするものなのだよ』『あ、あなたは……ダレ……ですか……』『あの頃のミリに……戻って……』『同じ ”悪魔憑き” なんだから、一緒に歩んでみたいって』『ミリちゃんと一緒に学生生活を送れたら、きっと楽しいんだろうな~』『どこにも行かないで……』『貴殿ハ自分ヲ厚イ殻ノ中ニ閉ジ込メ、ソノ中ニアル本当ノ想イカラ目ヲ背ケテイルダケニ過ギナイ』『ミリッ! ごめんなさいッ!』『――そして絶対、戻ってきて』

 

 この4ヶ月で、本当に沢山のことが起きた。

 でも、私が本当に求めていたものは、始めから分かっていたんだ。

 

『愛してる』

 

 自分の首が落ちるその直前まで、ミリのことを想い続けた母。


 10歳の私が失い、そして今までずっと探し続けていたもの。それは決して ”普通” なんて小さなものじゃなかった。


「愛を――取り戻すため」


 ミリは黒衣の剣士を真っ直ぐに見つめ、答えた。

 もう、体は震えなかった。


「…………そうか」


 彼の返答は短かった。

 その直後、黒衣の剣士は猛スピードでこちらへ接近してくる。


(来る――ッ!)


 ミリは短剣を構える。

 しかし、彼は剣を抜くことなく彼女の横を通り過ぎた。


「ならば……先にその選択の結末を見せてもらおう。この剣が ”悪魔憑き” の首を刎ねるのは――その時だ」


 ミリが振り返ったとき、彼は開いた窓の枠に両脚を乗せていた。


「――待って!」


 動きを止める黒衣の剣士。


「どうしてあなたは、人を斬るの?」


 そして、ミリはずっと気になっていたことを聞いた。

 初めて出会ったその日から、彼の目的は謎に包まれていた。


「最初はただの殺人鬼かと思った……でもあなたはあの時、剣を収めた。目的はなに?」

「…………そんなものを聞いて、どうする」


 窓枠に背中を預けて座り直す剣士。彼は横目で鋭く聞いた。


 ただ知りたいと思った。

 自分の本当の想いに気付いた今、彼の真意に触れてみたいと、そう思ったのだ。


「あなたも、何かを探してるんじゃないの? かつての私みたいに」


 彼の体がピクリと動いた。

 そして自身の腰の鞘にやわらかく触れた。


「俺の魔法は、この剣で斬った者の記憶を追体験する。そして記憶を覗いた時、お前が自覚もなく愛を探していることを知った」

「最初、私を斬った時……」


 ミリの頬を斬ったとき、彼はその半生を体験していた。

 それでも無表情を貫いていた剣士。ならば一体、彼はどんな人生を歩んできたというのだろうか。


「初めはお前の中に眠る魔族が目的だった。だが俺はその時、お前の ”愛” を否定してみたくなった……俺が永遠に失ったそれを」


 剣士は姿勢を戻し、再び窓枠に両脚を乗せる。


「一体、あなたは――」

「話は終わりだ。次に会う時――お前たちの愛が否定されていることを願う」


 そして次の瞬間、彼は窓から飛び降りる。


 後を追い、窓に駆け寄るミリ。

 しかし顔を出して下を見た時にはすでに、彼の姿はどこにもなかった。


「………………行かないと」


 窓から顔を離し、短剣をしまう。


(たとえアナウスが、もう戻れなくても)


 兎にも角にも、アナウスの居場所が分からないことには始まらない。

 なにか手掛かりはないかと辺りを散策するミリ。しかし見た限りでは新しい発見はなく、最後には机に置かれた本に手が伸びた。


「すごい数のメモ……内容をまとめてくれたんだ」


 本に挟まった何枚もの紙には、内容を簡潔にまとめた文章が、アナウスの綺麗な筆跡で残っていた。


「私のために、こんなに……」


 瞳の奥から激情がこみ上げそうになる。しかしミリはそれを必死に抑えた。

 今は泣いている場合ではない。


(ありがとう……アナウス)


 紙をめくっては内容を確認していく。

 これを1つ1つアナウスが自分のために書いてくれたのだと思うと、心の奥から温かい感情が全身に広がっていくような気分になる。ミリの顔には自然と笑みが浮かんでいた。


「でも、流石にこれだと手掛かりには……ん?」


 最後の紙の裏側をめくる。

 するとそこには1つの短い文章が記されていた。

 

『私は、心臓の鼓動を聞いた』

 

 これまでの文体とはガラリと変わる、不思議な文章。

 内容も支離滅裂で、本の内容をまとめたものとは違うようだった。


「心臓の……鼓動?」


 その言葉を聞いて思い出すのは、たった1つ。


「まさか……まずい――ッ!」


 機械生命体の解放者。そして世界の敵、第四魔王ディルーター。

 彼が何のためにアナウスへ接触したのかは分からない。だが、アナウスの身に何か良からぬことが起きていることを、ミリは直感した。


「ハァ――ッ!」


 ミリは開いた窓から飛び出す。

 そして短剣を取り出した。


「魔法構築要素を限りなくゼロへ――強度と形質延長にオーバーライド!」


 彼女が命じると、短剣はその形質をまたたく間に変える。

 そして刀のように長くなった剣を、壁に突き刺した。


 ギギギギギギギギ――――――ッ!


 病院の外壁を斬り裂きながら、自由落下の速度を抑える。


(もっと――もっと自由に!)


 ミリは壁から剣を引き抜き、新たな命令を下した。


「魔法構築要素と形質を変形――私を、風に乗せて!」


 すると先ほどまで長剣だったそれは形をグライダーに変え、ミリを風に乗せて運ぶ。

 病院とディルーターの眠る地の間には、アレがあった。ミリはそこを目指して飛んでいく。


 ◆

 

「はぁ…………」


 月明かりが照らす執務室、そこにはセレノアが座っていた。

 いつも横に立っているFM052の姿は、もうない。


(わたくし)が他人に頼らず、自分の力で解決していれば……」


 彼女はひたすらに後悔していた。


 それは決してミリに関することだけではない。

 自分の問題を他人へ任せきりにし、あまつさえその理由を「アナウスのため」と誤魔化し続けていた自分に対して。


(娘のためと言いながら……(わたしく)は自分のことしか考えてなかった)


 アナウスは賢い。そして強い子だ。

 もし家業がどうなろうと、あの子は自分の翼へどこへでも飛んでいけるはずだ。

 自分は娘を ”悪魔憑き” に産んでしまった罪悪感に耐え切れず、逃避を続けていただけだったのだ。


「それを分かっていてなお、私は――」

 

 ゴン! ゴン!

 

 正門側の扉から、ドアノッカーの音が響いた。


「…………誰ですの? こんな時間に」


 数は少ないが、夜にも警備兵はいるはず。だが、この時間の来客などセレノアは把握していないし、当然通す許可も出していない。


 廊下に出て、扉を視界に納めるセレノア。もう一度ドアノッカーの音が響いた。


 強盗か? 警戒するセレノア。


「……どちら様?」

『私です――ミリです』


 扉の奥から、少女の声が聞こえた。夜は音が響きやすい。


「ミリ? あなた……ッ! 5日も連絡をせず、どの面を下げてここに――」

「アナウスが、病院から失踪しました」


 声色を怒りに染めるセレノア。

 しかしそれよりも速く、ミリが衝撃の事実を告げた。


「……は?」

「緊急事態なので、二輪車を借りますね――それでは」


 そう言うと、扉の奥のミリが遠ざかっていく足音が聞こえる。


「――待ちなさい!」


 セレノアは扉を開いた。

 肩で息をする彼女を、ミリは小さく振り返り、横目で見つめた。


「はぁ……はぁ……ッ!」


 その顔を見て、セレノアの腹の奥から再び激情がこみ上げてくる。

 ミリは、ただ静かに立ち尽くしている。

 

『それに……ミリちゃんはきっと戻ってきます。そう信じていますから』

「…………ふぅ」

 

 セレノアはそれを飲み込み、小さく息を吐いた。


「ミリさん。(わたくし)は、まだあなたのことを許していませんわ」

「…………はい」


 彼女はミリに近付いてくる。ミリはようやく体をセレノアに向けた。

 お互いの目が合う。


「娘は、どこにいますの。(わたくし)が調査機関と騎士団に連絡します」

「場所は分かってます。でも、それは駄目です」


 セレノアの提案を即座に却下するミリ。


「どうして!」

「――私たちが ”悪魔憑き” だからです」


 もし”悪魔憑き”の少女が魔王に連れ去られ、そしてその場面を騎士団に見られたらどうなるか――ミリは痛いほどに知っていた。


「しかし……」


 ミリの真っ直ぐで、しかし冷酷な瞳に一歩引くセレノア。

 ありえない話だ。少女の捜索を、同じたった1人の少女に任せるなど、狂っている。正常な大人の判断ではない。しかし。

 

『娘のためと言いながら……(わたしく)は自分のことしか考えてなかった』

 

「…………はぁ。少しそこで待っていなさい」


 セレノアは邸宅の中へ戻っていく。

 数分後、彼女は戻ってきた。その手には1つの光る小物が握られている。


「これって……」

「これはかつて、(わたくし)がとある人から貰った防魔のタリスマンですわ」


 それは、以前にミリが貰ったものと全く同じ形をしていた。一体セレノアと《魔女》はどんな関係にあったのだろうか。


「そして(わたくし)も1人の母親として、娘の帰還を座して待つわけにはいきません」


 セレノアはタリスマンをミリに手渡す。

 だが彼女は邸宅へ戻ることはなく、そのまま正門の方へと向かっていく。


「……セレノアさん?」


 セレノアは懐から取り出した何かを、指でクルクルと回した。


「案内を頼みますわ。代わりに――運転は(わたくし)がします」


 それは、魔導駆輪車のキーだった。

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