第22話 2ツ目ノ選択
「――そうなんだ。向こうでそんなことが……」
泣き声を聞いて様子を見に来た他の《召使》たちに、抱き合いながら号泣している姿を発見されたミリとルクスは、その日は休暇を貰った。
その後、朝食を食べてから2人はミリの自室へ。ルクスはミリから事の顛末を聞いていたのだった。
「何とかしなきゃ、って思ってる……だけど、アナウスと顔を合わせるのが怖くて……」
ミリの肩が震える。
自分の魔法が暴発したせいで、両腕と視力を失ったアナウス。
彼女のために何かをしてあげたい。でも、どんな顔をして会いに行けばいいのか、ミリにはさっぱり分からなかった。
「アナウスはきっと私のことを恨んでる……でも、そこから逃げちゃ駄目だよね」
「ミリは、その子にどうしてあげたいの?」
そう聞かれて、ミリは固まる。
自分が会いに行ったところで、そもそも何ができるのだろうか。
お金もない。魔法も使えない。医療の知識もない。
「私にできるのは……ただ側にいてあげることだけ」
どれだけ恨み言を言われてもいい。
ただ、自分の持つ時間のすべてを使ってアナウスの側に立つ。それが、ミリにできる唯一の贖罪なのだ。
ミリの瞳に、再び炎が灯りだす。
「――どれだけ嫌われても」
「……それが、ミリの選択なんだね」
ルクスはそんな彼女を見て、懐からとあるものを取り出す。いつも戦闘で使う短剣だった。
『ミリの言うことを、聞いてあげて』
ルクスはその短剣に小さくお願いをする。
そして、ミリのその短剣を手渡した。
「……ルクス?」
「この短剣はマスターが創ってくれたもので、普段は登録された《召使》しかその力を発揮できない。でも、本人が許可を出せば話は別」
ステンドグラスのように輝く美しい短剣。
ルクスに限らず、それぞれの《召使》たちが必ず肌身話さず持ち歩いているものだ。
「でも、どうして……」
そう聞かれたルクスは、どこか遠くを見つめるような目をしながら、足を宙に浮かせる。より体重の掛かったベッドが軋んだ。
「私が初めてミリと、その中の魔族を見たとき思った――この子はこれから凄く大きな運命に巻き込まれていくんだろうな……って」
ミリ自身に、その時の記憶はない。
たが、初めて屋敷の玄関で顔を合わせた時から、ルクスたちは優しく接してくれた。
「私たち《召使》は人造人間。魂には元となるモデルがあって、私たちの運命はこの屋敷の中で永久に輪廻してる」
ずっと疑問だった。
彼女たち《召使》たちには1人1人個性がある。でも、それは一体なにを元に形作られているものなのか。いつかミリが知る時は来るのだろうか。
「でもミリは違う。この先もきっと、ミリの可能性は外に大きく広がっていて……そして混沌としてる。私がミリに着いていくのは、なんだか違う気がした」
ルクスは、ミリの手に収まった短剣の柄に手を添える。そして正面からミリを瞳を見つめた。
「だから、この短剣を貸す――そして絶対、戻ってきて」
ミリはルクスの瞳を見つめ返したあと、短剣に視線を落とす。
ステンドグラスのように輝く美しい短剣。
(アナウス。私はあなたの隣にいる資格はないかもしれない……それでも)
その柄を、力強く握りしめた。
「ありがとう」
ルクスはその言葉に、強く頷いた。
「ミリ、その子の所へ行く準備をするんでしょ? マスターに伝えないと」
立ち上がるルクス。そしてミリに手を差し出す。
「――うん!」
そして今度は、2人で揃って部屋から飛び出した。
◆
「アナウス、口を開けて」
「あーん……」
ヴェルディア家邸宅から少し離れた場所にある、巨大な旧帝国病院。その一室。
ベッドの上では、二の腕から先のない両腕を包帯でグルグルに巻き、光のない瞳で母の介護を受けるアナウスの姿があった。
「お母様、これは?」
「私が作ったチキンスープですわ。あまり料理をしたことがなくて……口に合わなかったらごめんなさい」
アナウスは目を開き、チキンスープを見る。
しかし、その視界はまるで分厚いすりガラスを挟まれているかのようにボヤけており、輪郭の曖昧な色が薄っすらと見えるだけだった。
「ケホケホ――ううん。とても美味しいですよ、お母様」
アナウスは気丈に微笑む。
「――ッ! アナウス……! ごめんなさい……私のせいで……ッ!」
「泣かないで下さい、お母様。私は大丈夫ですから」
アナウスは、震える母の背中に触れようと腕を伸ばす。
しかし、失われた両腕は空虚に宙を空振った。
「……そうだ、お母様。あの本は無事でしたか?」
入院生活が始まってから5日が経っていた。
事故が起きたアナウスの部屋は見るも無惨な様子で、本棚も大部分が破壊されていた。
だが奇跡的に、本そのものへの損傷は少なかった。そこで彼女は母にいくつかの本を病室に持ってきてもらうように頼んでいたのだ。
「ええ、その他にも何冊か持ってきましたわ。でも、これは……」
「借りたものは、返さないといけませんから」
ベッドの横にあるテーブルへ置かれたのは、一冊の分厚い学術書だった。
『魔王と悪魔憑きの史学から読み解く魔法原理』――その本の表紙と最初のページの間には、何枚かのメモ用紙が挟まっていた。
「よかった。ミリちゃんに、本の内容を教えてあげないといけませんから」
「どうして……どうしてなの、アナウス! あなたはあの化物にここまでのことをされたんですわよ!? それに052だって――ッ! あの人も手紙を送ったのに一切返事も寄越さない!」
セレノアの声のボルテージが上がっていく。
「そんなことを言わないで下さい、お母様。ミリちゃんは私を守ろうとしただけです――ケホッ! ケホッ! 爺やのことは……もちろん悲しいですけど」
それなりに大きな事故だったので、邸宅にはあのあと調査機関が入り、原因の特定が始まった。
たが結局、FM052が暴走した理由は現在も分かっていない。本体が跡形もなく消滅してしまっていたからだ。
「それに……ミリちゃんはきっと戻ってきます。そう信じていますから」
しかしアナウスは、ミリたちのことを一切恨んでいなかった。迷いのない声で、彼女はそう断言する。
怒りに震えていたセレノアも、それ以上は何も言えなかった。
病室に沈黙が流れる。
「…………また明日も来ますわね、アナウス。なにかあったら迷わずナースコールをするように」
外は既に日が傾き、周囲は濃いオレンジ色に包まれていた。
現在セレノアは仕事を休業中だが、事故の聴き取り調査などの対応も行っており、決して暇なわけではない。
「はい、お母様。お気をつけて」
最後にセレノアはアナウスの頬に口づけをする。
そして名残惜しそうな視線を残しながら、彼女は病室をあとにした。
「……………………ケホッ! ケホッ!」
病室に1人取り残されたアナウス。
彼女は母親が帰ってからはいつも、光のない瞳で窓の外を見つめ、色々な考えを頭に巡らせるのだった。
(これから私、どうなってしまうのでしょうか……)
目も見えず、腕もない。
現代の魔導医療でどこまで回復するのか分からない。すべてが未知数だった。
(学園には――行けないかもしれませんね)
ミリと約束した、学園の夢。
アナウスは想像する――共に勉学に励む2人。もしかしたらアナウスにも途中で魔法が目覚めたりして、騎士を目指すことになるかもしれない。そうして入学する9月。
入学式では新しい友達ができたりして、でもミリとはいつも隣同士。ノートを見せ合ったり、難しい課題に頭を悩ませたりして……騎士専攻なら、どこかで模擬戦とかをするのかもしれない。そうしたらお互いが全力を尽くして、激戦の末に同時に倒れて、笑い合うのだろう。
学園祭はどんな感じだろうか。ミリと2人で出し物をするのだろうか。焼きそばやクレープを売る屋台? 脱出ゲームを作ったり? それとも、ミリちゃんがボーカルで、私がキーボードを担当するバンドとかやっちゃったりして。
そしてどんどんと時間は過ぎて、2人は卒業して――そんな未来が、あったのだろうか。
「……ぐすっ……ぐすっ……うぇぇ……」
アナウスは光のない瞳から涙を流す。
日は既に隠れ、外は暗闇と建物の光が支配する世界へ。
「ミリちゃん……どこにも……行かないで……」
彼女はどこへ行ってしまったのだろうか。
あの日、ミリが邸宅を飛び出したきり、調査機関にも消息は掴めていない。
優しい子だ。生きているなら、きっと今も自分を責めているだろう。でも、今のアナウスが一番側に居てほしいのは、紛れもなくミリだった。
ド ク ン
(…………何、今の音?)
一瞬だけ、アナウスの耳に何かが聞こえた。
彼女は涙を止め、意識を聴覚へと向ける。
ド ク ン
「心臓の……鼓動?」
アナウスは辺りを見渡す。
当然、その目にはなにも映らない。ただ聞こえるのは心臓の鼓動だけ。
彼女は二の腕で自身の心臓に触れる。自分の心臓の鼓動が伝わってくるが、明らかに先ほどの音とは違う。
『――悲シキ肉体ト、強キ魂ヲ持ツ者ヨ』
今度はハッキリと、声が聞こえた。
機械で作られたような、無機質で熱の籠もった声だ。
「あなたは……誰?」
『貴殿ハ、スベテヲ取リ戻シタイカ。ソシテ其ノ為、悪魔ニ魂ヲ捧ゲル覚悟ハアルカ』
その声は、アナウスの質問に答えない。
ただ、問いかけてくるのみ。
「そうすれば、全部返ってくるのですか? 私の身体も……ミリちゃんも」
『ソノ覚悟ヲ示スノナラバ、我ガ心臓ノ鼓動ヲ受ケ入レヨ』
アナウスは震える。
(全部、取り戻せる? ミリちゃんも……学園の夢も……全部……?)
『貴殿ノ中ニアル本当ノ想イハ、ナンダ』
アナウスは自分の両腕を見る。ボヤけてなにも映らない瞳。
これでどうやってミリと触れ合えばいいのだ。この目でどうやってミリを知ればいいのだ。この弱い身体で――どうやってミリと繋がればいいのだ。
「胸が熱い……この気持ちは、なに……?」
彼女の瞳を見て「美しい」と思ったその日、アナウスの心に芽生えた熱い炎。
それは時間を経るごとにますます大きくなっていって、今では自身の頭の中に、いつもその少女がいる。
現実の波に呑まれて、それでも純粋さを保つあどけない顔。
年相応に見せる、無邪気な笑顔。
でも偶に姿を現す、深い影と拒絶。
そのすべてに、胸が高鳴る。
そのすべてに、触れたいと願う。
そのすべてを、共有したいと思う。
『伝エヨウ――ソレハ ”愛” ダ』
「――ッ!」
心臓の鼓動が速くなる。
全身に熱い血が巡り、顔が紅潮していく。
『人間ハ非効率ナ存在ダ。ダガ ”愛” ダケハ、ソノ全テを超越スル――吾輩ヲ討チ倒シタ男ガ、最後ニ伝エタ言葉ダ』
「愛は、全てを超越する……」
ミリの顔を思い浮かべる。
でも今はもう届かない。彼女の笑顔……彼女のすべてが。
それを自分の愛で、もう一度取り戻せるなら。
(そのためなら……私は悪魔に魂を売っても、構わない)
アナウスは顔を上げた。
「お願いします。全てを――取り戻させて」




