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第21話 暗闇の中

※この話では、精神的に強烈な描写があります。万が一体調を崩された場合は無理をせず、一度休息をお取りください。

「…………………………」


 グツグツと何かが煮えたぎる音が聞こえる。


「――――ハッ!」


 ミリは目覚めた。視界には、2度目の天井。

 両目からは、涙が溢れていた。


「今のは……夢……?」


 なんだかとても悪い夢を見た気がする。ミリは涙を拭いながら上体を起こした。


「残念ながら、現実だ」


 しかし、同時に部屋に入ってきた森人族(エルフ)が、彼女へ残酷に告げる。


「げん……じつ?」


 ミリの頭の中に、あの時の光景が蘇る。

 消えたFM052。両腕を失ったアナウス。叫ぶセレノア。


「はぁっ……はぁっ……ひぃっ!」


 自分の手で傷つけた人たちの顔が、歪んでいく。

 

 お前のせいで――お前のせいで――お前のせいで――ッ!

 

「あ…………うわああッ!」

「落ち着きたまえ」


 徐々に焦点が定まってきたミリが、発狂してベッドから飛び出す。

 《魔女》は髪の毛を伸ばしてミリを拘束し、再びベッドへと引き戻した。しかし彼女は暴れるのを止めない。


「……仕方ない」


 髪の毛が、机から1本の試験管を取り出す。

《魔女》はそれを手に取り、自身の髪の毛に垂らした。薬品は髪の毛を伝ってミリの全身に回る。

 すると糸が切れたようにミリは脱力し、その意識を手放した。


「……さて、壊れた少女はここから立ち直れるかな」


 次に《魔女》は虹色の液体が入ったフラスコを同様に髪の毛へと垂らす。

 それはミリの体へと浸透し、体内の共鳴核(レゾナンス・コア)を修復していく。

 髪の毛が拘束を解いた。


「すぅ……すぅ……」

「先ほどまで発狂していたとは思えないね。せめて夢の中では穏やかに過ごしたまえ」


 ベッドの上でスヤスヤと寝息を立てるミリ。肉体的にも、精神的にも疲れていたのだろう。確認を終えた《魔女》は用が済んだと言わんばかりに部屋を出る。


「――答えは、身近に転がっている」


 扉を閉める直前、彼女は小さく呟いたが――その声は眠るミリには届かなかった。


 ◆

 

 翌日。

 気絶するように眠った後、次の日に目覚めたミリだが、そこから2日間はまるで廃人になったかのようだった。


 ボーッと宙を見つめ、何もせずにただ座るだけ。

 そうして丸一日を過ごした。食堂にも、行かなかった。


「…………」


 窓の外の景色は変わらない。

 時計の針の音だけが、時間が無為に進んでいることを示す。

 

 チク……タク……チク……タク……チク……タク……チク……タク……チク……タク……チク……タク……チク……タク……チク……タク……チク……タク……チク……タク……

 

「…………働かないと」


 その次の日の夜、ミリはようやく一言を発した。


 ◆

 

 翌日。


「ミリちゃん? 帰ってきていたんですね」「…………」

「ちょりーっす」「…………」

「このボトルの銘柄は分かるかの?」「…………」


「…………ミリ殿?」「…………」


 何も言わずに帰ってきたミリに対し、驚きながらも挨拶をする《召使》たち。

 しかし、彼女の反応はあまりにも希薄だった。


 その目からは光を失い、周りを明るくした弾ける笑顔は――無機質な無表情へ。2日以上なにも食べていないミリは、よろけながら歩いていた。


「ミリ…………」


 そんな彼女を、奥から心配そうに見つめる少女がいた。ルクスである。


(あの時のこと――謝らないと)


 ミリと喧嘩した次の日。

 ルクスは自身の言動を後悔し、謝罪をしようと自室を出た。

 しかし次に扉を開けた時には、すでにミリは屋敷を出てしまっており、そこには誰もいなかった。


「何があったんだろう……」


 それから1週間超もの間、その気持ちを抱えたまま過ごしていたルクス。しかしヴェルディア家から帰ってきたミリは廃人のように変わり果てており、結局ルクスは声を掛けられないままでいた。

 ルクスはミリに向かって手を伸ばす。


(――いや。もう少し時間が経って、ミリが大丈夫になってから……)


 しかしその手は、途中で降ろされてしまった。


 ◆

 

 更に翌日。

 ミリの調子は変わらず、彼女は昼番を担当することになった。


「うわわっ!」「排泄です!」「いっくぞー!」「牛頭魔人(ミノタウロス)ですね。始めましょう」


 そしていつも通りに部屋が歪み、屋敷の排泄が始まる。


「イオタさんは、ミリさんを守って!」「わかったー!」


 以前のように《召使》の1人がそう命じた時、ミリの指がピクリと動く。


「そうだ……みんな……守らないと……」


 フラフラとした足取りで前へ出るミリ。そして右手をかざす。

 あまりにも静かに現れた彼女に、他の《召使》たちは驚きの声すら発することができなかった。

 ミリの右手に魔力が集まる。


「貫け」


 しかし――魔法は発動することなく、魔力は宙に霧散した。


「…………?」


 状況を理解できないミリ。


「貫け……貫け……貫け」


 壊れた人形のように同じ動作を繰り返すミリ。

 しかし、やはり何度試しても魔法は発動しない。


「おねがい……出てよ……ッ!」「――ミリさん危ない!」


 牛頭魔人(ミノタウロス)が斧を振り下ろす。

 棒立ちのミリを《召使》の1人が間一髪で救い出した。


「ミリさん、危険ですよ!」「なんで……どうして……」


 危険な行為を咎める《召使》。だが当人であるミリは震えながらうわ言をつぶやくだけだった。


「これで――」「一丁あがり!」


 そのまま他の《召使》たちによる連携攻撃で、牛頭魔人の首が地に落ちる。

 危うげなく排泄の掃除が完了したのを確認して、4人の《召使》たちは部屋を出ようとする。


「……ミリさん?」


 そのうちの1人が振り返る。

 気付けば、ミリは力なく床に座り込んでいた。全く動く気配がない。


「そこにいると危ないですよ、ミリさん!」


 しかし、排泄に使われた部屋は、しばらく経つと屋敷に呑み込まれて消えてしまう。

 放っておくわけには行かない《召使》たちは、4人で協力してミリを持ち上げ、そのまま《魔女》の部屋へ連れて行くこととなった。


 ◆

 

「ふむ……検査してみたが、共鳴核(レゾナンス・コア)に損傷と異常は見られないね」


 数時間後、ミリの体に巻き付けた髪の毛をほどいた《魔女》は検査結果を伝える。

 どうやら以前の怪我が尾を引いているわけではなさそうだ。


「じゃあ……どうして……」

「おそらく、精神的なものだろうね。過去のトラウマから、魔法を発動することに対して無意識下でブレーキを掛けてしまっている可能性が高い」


 ヴェルディア家で起きた悲劇――それがミリの心を深く蝕み、今もその影響を受け続けているのだった。

 ミリの両腕が震えだす。


「治り……ますか……?」

「ワタシからは何とも言えない。こればかりはキミ自身の問題だからね。精神を安定させる薬も出せるには出せるが……それは問題を先送りしているに過ぎない」


 それはミリにとって、死刑にも等しい残酷な宣告だった。


「はぁっ……は――ヒュッ! カヒュッ!」


 その震えは大きくなっていく。


(私は……皆を守るために、自分の魂を売った…………それが使えなくなったら……)


 それは身体の震えだけではない。


(――私は、何のために生きてるの?)


 胸に、穴が空いた。


 ◆

 

 翌日。早朝。


 ミリは朝番だった。

 しかし、周りに《召使》たちの姿はない。仕事が始まるよりも早くに目覚めたのだ。


「…………」


 厨房の明かりも付けず、立ち尽くすミリ。

 彼女は緩慢な動きで、壁にかけられたナニカを手に取る。


「……………………」


 それを首筋に当てる――包丁だった。


(アナウスに一生の傷を追わせて……その上、魔法も使えなくなった私に……生きる意味なんてない――その価値も)


 包丁を持つ手が震える。

 その反動で薄皮が切り裂かれ、小さく出血する。


「――ッ」


 ミリは包丁を固く構え直し、呼吸を止めた。

 

「――――ミリ?」

 

 後ろから、声がした。

 ミリは首だけを動かし、声の主を確認する。


「…………ルクス?」

「なに……してるの……?」


 名前を呼ばれたルクスは、ミリが構えているそれを見る。

 包丁だった。

 彼女は状況を察し、顔を真っ青にして叫んだ。


「――駄目ッ!!!」


 ルクスは懐から素早く短剣を取り出し、包丁に向かって的確に投げつける。

 金属同士がぶつかり合う音が響き、ミリの手から包丁が弾き飛ばされた。


「ぅあ…………」


 声にならない声をあげるミリ。


「――ミリ!」


 ルクスは彼女に向かって一直線に走り――その体に抱きついた。


「ミリッ! ごめんなさいッ! 私があんなこと言ったからッ! ぐすっ……うわああああああん!!!」


 ミリの胸の中で号泣するルクス。

 見たことがないほど取り乱したルクスの姿を見て、ミリの瞳に少しずつ光が灯る。


「る、ルクス……どうして……」

「ずっと謝りたかったのッ! ミリは皆の為に頑張ったのにッ! 私……うわああああああああああああああん!!!」


 顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶルクス。

 役目を失った両腕で、ミリはその背中を支え、頭を撫でた。


「……ごめんね……本当に謝らないといけないのは、私の方……」


 その瞳にも、涙が溢れ出す。

 もう、止められなかった。


「うわああああああああん!!!」「うわあああああああああん!!!」


 屋敷中に、ミリとルクスの泣き声が響き渡る。


(そうだ……アナウスのためにも、ここで逃げちゃダメなんだ)


 何事かと様子を見に来た《召使》たちが厨房に入ってくるまで、2人は抱き合って泣き続けていた。

一度どん底まで下がったなら、後は上がるだけ。

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