第20話 崩壊
ミリが目覚めた時には、モニターのある廊下に寝転がっていた。
「…………ハッ! いま何時!?」
急いで腕時計を確認する。
時刻は午後の3時――かなりの時間気絶していたようだ。今だに全身がズキズキと痛む。
邸宅へ戻って、報告書を書く時間を考慮すると、アナウスとの食事の時刻までギリギリだ。ミリは痛む体を引きずりながら二輪車を置いた場所まで歩いた。
◆
「ほらミリちゃん。じっとして」
「あーっ! いたたた!」
そして夕方。
自室で報告書を作成し、お風呂に浸かったミリは、夕食の前にアナウスの部屋へと訪れていた。そしてミリの話を聞いたアナウスは、痛む体にペタペタと浸透湿布を貼り付けていた。
痛みに悶えるミリ。ベッドがギシリと音を立てる。
「ちょ、ちょっと! そこはいいって!」
「そんなこと言って! ミリちゃんに何かあったら私が悲しいんですから、大人しく貼られてください!」
スカートを脱がそうとするアナウス。
必死に抵抗するミリだが、痛む体ではロクに力も入らず、そのまま全身を下着姿に剥かれてしまった。顔を真っ赤にするミリ。
「もうお嫁に行けない……」
「……その台詞、どこで覚えたんですか?」
「アケボノを舞台にした『緋緋色の夜明け』って小説」
「あっ、それ面白いですよね~!」
ミリの太ももからふくらはぎに至るまで、全身に湿布を貼っていくアナウス。
「いたたたっ!」
引き続きベッドの上で悶えるミリ。
『――オ嬢様、ミリ様。オ食事ヲオ持チシマシタ』
するといつも通り、扉の外からFM052の声が聞こえてくる。
「少し待ってくださいね、爺や」
「――も、もう大丈夫だから! ありがとう、アナウス!」
「あっ、逃げましたね~!」
ミリは脱がされたスカートとブラウスを取り戻し、急いで着替え直す。
アナウスは少しだけ頬を膨らませたあと、扉に向かって「入っていいですよ、爺や」と声をかけた。
「失礼イタシマス――オヤ、オ嬢様。後デ椅子ニ座ルオ手伝イヲ致シマス」
「ありがとう。でも大丈夫よ、爺や」
アナウスはベッドから降り、自分の足で椅子まで歩き、座った。
一連の動作に不安定な部分はなかった。
「私、ミリちゃんが近くにいると、とっても調子がいいの」
「オヤ、ソレハ素晴ラシイ。デスガ、爺ヤトシテハ少シ、サビ寂シイ感情ガ湧キマスネ」
FM052は楽しそうな様子でテーブルに料理を並べる。
ミリの前に皿が並ぶ。そして次にアナウスの前に皿を置いた時、FM052の動きが止まった。
「……爺や?」
「――オット。私トシタコトガ……少シ疲レテイルノデショウカ」
心配そうなアナウスの声を聞いて、FM052が再び動き出す。
「疲れてるなら、FM052にも湿布を貼ってあげたら? アナウス」
ミリが少し意地悪そうな顔をする。
「そんなに根に持ってるんですか~? でもこの後、きっとミリちゃんは私に感謝することになりますから」
2人が笑いながら話していると、FM052もそれに合わせて顔の笑顔を浮かべた。
「オ二人ノ仲睦マジイ様子ヲヲヲ見テイルト、爺ヤモゲゲゲ元気ガ貰エマス」
「…………ねえ爺や、本当に大丈夫?」
やはり少し様子がおかしい。
故障などを起こしていたら大変だ。アナウスは声をかける。
「……オ召シ上ガリ下サイ」
FM052は無機質な声で挨拶した。
ミリもアナウスも、彼の顔をじっと見つめる。しかしFM052はこれ以上動く様子を見せなかった。部屋に沈黙が流れる。
2人は顔を見合わせた。
「……どうする? アナウス」「……お母様を呼んだほうがいいでしょうか」
このまま彼を放って食事をする気になれなかった2人は、セレノアを呼ぶことを決める。歩けないアナウスの代わりにミリが立ち上がり、扉へと歩いた。
(なんで突然? 故障にしても急すぎるような気がするけど)
ミリは扉を開き、階段へ続く廊下を歩き出す。
(制御装置に問題が起きた? だとしてもなんで?)
FM052は自分に近付いた時から調子がおかしくなった。まるでここに来た初日、工房で暴走した魔導機械のように。
(待って。まさか――)
「きゃっ!」
アナウスの部屋から悲鳴が聞こえる。
ミリが体を反転させ、もと来た道を全速力で駆けた。
「アナウス! 大丈夫!?」
「オ嬢様オ嬢様オ嬢オ嬢オ嬢オ、オ、オ、オ、オ、オオオオ――」
そこには明らかに正気ではないFM052と、その姿に怯えるアナウスの姿があった。
(私は今日、ディルーターの強力な魔力共鳴を全身に浴びた……その余波がFM052に伝播したんだ!)
ミリは左手を握る。
FM052の動きを止めようとしたのだ。
しかし――
「お願い……どうして!?」
魔法は発動しない。当然だった。
歪んだ魔法を全力で使い続けたのだ。体内の共鳴機関がバカになっていても何ら不思議ではなかった。
「キカイ……キカイキカイ……キカイ、カイホウ」
FM052の暴走は止まらない。
ミリは今度は右手をかざした。
(穏便に止めるのは無理! すこし壊しちゃうかもだけど、こっちで止めるしかない!)
無意識ではあるが、幸いミリの歪んだ魔法の比重は『融合』側に寄っていた。『拒絶』側へのダメージは比較的少ない。
手のひらに魔力を込め始める。
「ニンゲン――セン、メツ」
「爺や! 元に戻って――グッ!」
FM052がアナウスの首を掴む。
そのまま持ち上げられ、アナウスが苦悶の表情を浮かべながら涙を流す。
「やめて……やめて……」
駄目だ。駄目だ。駄目だ。
もうこれ以上、目の前で何かを失うのは駄目だ。
「シ――ネ」「――ッ!」
FM052のもう片方の腕が、刃物に変形する。最低限の護身用機能だ。
アナウスは声を出せないまま泣き叫ぶ。
刃が無慈悲に振り下ろされた――――――――――
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
部屋を真っ白な光が包んだ。
制御できない魔法は手のひらで破裂し、爆弾が破裂したような衝撃が3人を襲う。
あまりの光量に、視覚が機能しなくなる。
あまりの爆音に、聴覚が機能しなくなる。
ミリは後ろへと弾き飛ばされ、背中を扉へと強打する。それでも勢いは止められず、扉が歪んで枠から外れ、後ろへと倒れ込んだ。
「ゴ――ァッ! ガッ!」
背中と後頭部に強烈な衝撃が響き、ミリは肺を圧迫されて息ができなくなる。
「ガ――ヒュッ! はぁっ……はぁっ……」
廊下に放り出されたミリは、ようやく息を整え始める。
耳の奥がキーンと鳴り続けているが、視覚は無事だったようだ。かなりボヤけてはいるが、自分の腕が見える。時間が経てば治るだろう。
「ど、どうなって……」
ミリは部屋の中を見る。
部屋が、部屋ではなくなっていた。
炸裂した魔法が壁を破り、屋根を吹き飛ばし、残酷なまでに美しい夜空が視界に映っていた。被害の一部は隣の部屋まで続いており、2つの部屋が1つに繋がっている。FM052の姿はどこにもない。
「あ……アナウス……」
横を見た。
ベッドの上に転がっている少女が見えた。吹き飛ばされた衝撃を丁度和らげてくれたのだろう。視界がボヤけてはいるが、微かに息をしているのが伝わる。
「よ、よかった……」
ミリはフラフラと立ち上がり、ベッドに近付く。
ボヤけていた視覚が、少しずつ元に戻る。
「――――は?」
口から、魂の抜けたような声が出た。
ベッドの上で気絶しているアナウスは――両腕が吹き飛んでいた。
「あ……ああ…………ああああああああッ!」
腰が抜け、後ろに倒れ込んでしまうミリ。
「なんですかッ! 今の音はッ!」
その時、階段を駆け上がる音と共にセレノアの金切り声が聞こえてくる。
「だめ…………ああっ……だめっ……ああ、あああああ」
ミリはまともな発話ができなくなっていた。
セレノアの足音が近付いてくる。
「扉が!? 一体なにを……アナウス! 無事ですの!?」
駄目だ。来ては駄目だ。
母親に、あの娘の姿を見せては駄目だ。
でも、ミリの口からは無意味な音が流れるだけだった。
「アナウス――――は?」
セレノアが部屋に入ってくる。
そして――見てしまった。
両腕を失い、そこからは真っ赤な血を流して毛布を染めている娘。
薄く開いた目からは光が消えている。失明していた。
「いやあああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
絶叫。
セレノアは一目散にアナウスへと駆け寄る。
変わり果てた娘を抱き寄せ、彼女は大声で泣き叫ぶ。
「ごめ……なさ……ああっ……」
親子の姿を見て、ミリが尻もちをついたまま後ろに後ずさる。
飛び散った木材の破片が、ギギッと嫌な音を立てた。
「――――ッ!」
セレノアの目がミリを向く。
真っ赤に充血した目からは涙を流し、その肩は怒りと悲しみで震えていた。
「――出ていけエエエエエエエッッッ! バケモノオオオオオオッッッ!!!」
母の咆哮がミリの全身を貫く。
「あ…………あああっ!」
ミリは腰が抜けたままフラフラと立ち上がり、バランスを崩しながら犬のように部屋から走り出した。
階段を転げ落ち、体中に内出血を作る。
貫くように玄関の扉を突き開いた。
走る。
走った。
走り続けた。
正門の警備兵の静止を振りほどき、魔導車がクラクションを鳴らす前を横切った。
ミリの目は両方ともハッキリと開いていたが、それは何も見ていなかった。映っているのは変わり果てたアナウスの姿だけ。
「――――あっ」
つまづく。顔から転んだ。
膝と鼻が削れ、赤い血が流れる。まるでアナウスの両腕のように。
ミリの顔がクシャリと崩れる。
そしてようやく、その目から涙が溢れ出た。
「うわああああああああああああああああああッッッ!!!」
ミリは街の中心で泣き叫んだ。
――声なきアナウスとは、真逆のように。
当該作品はハッピーエンドです。




