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第19話 心臓の鼓動

 翌日。

 ミリはこれまでの調査結果がまとまった文書を《魔女》から受け取り、それを元に発信源の地へと移動していた。

 乗っているのは、セレノアの計らいで借りることになった二輪車。浮遊技術を組み込むことで、免許不要の二輪車としては法律スレスレの速度を出すことのできる魔導機械の一種だ。


「どんどん寂れていく……本当にこんなところが発信源なのかな?」


 大陸側にある旧ミレーナを北に進んで小一時間ほど。

 ほとんど道が直線だったのもあって、建物でギッシリ詰まっていた景色は、そう時間が経たない内に一変していた。


「あっ! あれが《魔女》さんの文書にあった……」


 視界の奥に、巨大な工場が連なっている区画が見えてくる。

 かつて旧ミレーナが併合する前、超帝国主義が盛んだった時代――これらのような巨大な工場で、多量の燃料や魔導機械を生産していたらしい。


(凄く広そうだけど……今日中に見つかるかな……)


 ミリは二輪車の速度を上げた。


 ◆

 

「失礼しまーす」


 それから十数分後、区画の入口で二輪車を停めたミリは、その内部に足を踏み入れていた。今は廃工場となっているため、当然なかに人はいない。


「うわぁ……すっごい……」


 首が痛くなるほど上にあげても全貌が掴めないほど巨大な施設群に、ミリの口から感嘆の声が漏れる。


「さて、でも見るのは上じゃないんだよね……」


 地図を見ながら、奥の方へと進む。

 広すぎるほどに広いこの区画の中には、それぞれ役割を持った様々な施設があった。

 ヴェルディア魔導機巧大商会のような魔導兵器工房から、兵器の燃料となる高濃度エーテル精製施設まで……しかしミリは違和感を覚える。


(発信源の存在は、魔導機械を同期して動かすことができる……なんでこれらは一切動いてないんだろう?)


 確かに機械には錆びついているものも存在するが、全く使えないというほどのものでもない。なにか理由でもあるのだろうか?


『――来タカ。混ザリ物ノ魂ヨ』


 すると、声が聞こえる。

 あの時と同じ、機械で作られたような、無機質で重苦しい声。


「もう精神攻撃は効かないから!」


 ミリは身構える。

 初日の事故の翌日、《魔女》が刻印を刻んだタリスマンを文書と共に送ってくれた。首から下げたそれが、今も外部からの共鳴を防いでいる。


『扉ハ開イタ。来ルナラバ好キニスルガイイ』


 機械の声はそれを無視し、ミリを招くような言葉を発する。


(てっきり拒絶されるかと思ったけど……なにか企んでる?)

 

 ド ク ン

 

「これは……心臓の鼓動?」


 ミリが考えるよりも速く、どこからか大きな心臓の音が響いた。

 

 ド ク ン  ド ク ン  ド ク ン

 

 それは絶え間なく続く。


「扉を開いたから、音が漏れ出してる……ってこと?」


 ミリは音の発生源に向かって歩いていく。

 その間も、心臓の音はますます存在感を大きくしていく。


「…………ここ?」


 足を止める。

 そこは、一番心臓の音が大きく響いている場所だった。


「ただの通路……だけど」


 しかし、そこは一見すると無意味な通路だった。

 ただ施設と施設を繋ぐだけの、無駄に長い無機質で非効率な場所。そうだと言われなければ、誰も気にしないであろう空間だった。


「これは……モニター?」


 通路の壁の真ん中には、大きな液晶画面のようなものが嵌められていた。機能は停止していて画面は真っ黒のまま。

 しかしミリはその仕組みを感知することができた。これも機械の声が言う ”扉” が開いたおかげか。


(かなりの共鳴力を持ってないと、モニターが地下へと続くチャンネルに切り替わらない――だからこれまでバレなかったんだ)


 ミリがその前に立ち、魔力を強く共鳴させる。

 すると突然そのモニターの電源が付き、ミリの顔が大きく映し出された。


『混ザリ物ヨ。貴殿ハ今ノ己ヲ見テ、何ヲ思ウ』


 紫色に濁った瞳の少女と対面する。

 ミリは目の前の自分から、目を逸らさなかった。


「私は皆を守る。そのために悪魔に魂を売ったの――後悔なんて、していない」

『守ル――貴殿ノソレは、完全ナル偽リダ』

「分かったような口を利かないで!」


 声を張り上げる。

 自分の弱みを見せるのは、あの涙を流した夜で終わらせた。


『貴殿ハ自分ヲ厚イ殻ノ中ニ閉ジ込メ、ソノ中ニアル本当ノ想イカラ目ヲ背ケテイルダケニ過ギナイ』


 しかし重苦しい機械の声は、残酷なまでに響き続ける。


『ドレダケ否定シヨウトモ、ソノ現実ハイズレ必ズ追イツイテ来ル……悪魔ニ魂ヲ売ッタ代償ヲ、支払ウ時ガ来ルノダ』

「――黙れ!」


 誰もいない廃工場に、ミリの声が反響した。

 モニターの光が消える。

 そして地鳴りのような震動が起こり、廊下の形が刻一刻と変わっていく。

 ガシャリガシャリと金属のけたたましい音が収まった時には、壁と床に大きな隙間が生まれていた。


「…………階段」


 ミリを誘っているのか。

 罠の可能性を考えるが、ここまで来て引き返す選択肢は浮かばなかった。


 ◆

 

「地下にこんなスペースが……」


 奥へと続く長い階段を下ってたどり着いた先は、果てしなく広がる空洞だった。

 周囲には無数の金属片が山のように積み上がり、錆びた配管が血を送る管のように脈動する。そして天井に吊るされている巨大な容器の中に、ソレがあった。


「これは……機械の心臓?」


 ドクンドクンと大きな音を立てて拍動するそれは、肉ではなく無機質な金属で作られた心臓だった。それは天井から無数に分離する配管へとなにかを送り続けている。


『カツテコノ工場ハ、帝国時代ニ戦争デ連レラレタ奴隷ヤ捕虜ヲ、強制労働サセル施設ダッタ』


 機械の心臓から、声がする。


「散って」


 ミリは迷うことなく右手を心臓に向かってかざし、拒絶の魔弾を放った。

 しかし、その魔力は容器に着弾するより速く霧散し、宙に散ってしまう。


(流石にそんな簡単にはいかないか)


 ミリは小さく舌打ちした。


『……ナゼ、ココガ捨テラレタカ、分カルカ』


 機械の心臓は構わず喋り続ける。


「それは……必要なくなったからでしょ?」

『違ウ』


 ソレは断言する。


『吾輩ガ、コノ地ニ侵攻シタカラダ』


 その瞬間、ミリの頭に電流が走る。

 そして、朝に確認した《魔女》の文章を思い出す。

 

『今回の事件で発信源となった存在は、キミの予想通り強大なナニカである可能性が高い。勝てないと感じた時は即座に逃げたまえ』

 

 かつて圧倒的な軍事力で隆盛を誇った国家、世界帝国ミレーナ。

 その地に侵攻を許した存在は、短くない歴史を掘り起こしても数少ない。


「やっぱり、あなたは……」

『吾輩ハ ”機械生命解放戦線” 創設者ディルーター。貴殿ラ人間カラハ ”第四魔王” ト呼バレテイタ存在……ソノ ”スペア” ダ』


 ミリはその名を聞いたことがある。

 『魔王と悪魔憑きの史学から読み解く魔法原理』の冒頭に載っていた魔王の名で、世界中で ”悪魔憑き” がタブー視される原因となった災禍の元凶。


『皮肉ダト思ワナイカ。結局、奴隷ヤ捕虜ヲ解放シタノハ、同ジ人間デハナク、人間ノ敵トサレル吾輩ダッタノダ』

「……どうして、名を明かしたの。そして私にここを見せた理由は?」


 しかし理由が分からない。

 それほどまでに強大な存在が、こうしてわざわざリスクを犯す理由が。


『貴殿ガ、吾輩ノ目的ノタメニ必要ナ存在ダカラダ。ソノ為ニ他ノ機械ト同期シ、オビキ寄セタ……シカシマダ、ソノ魂ハ不完全――故ニ不要ナモノヲ、ココデ切リ捨テロ』

 

 ド ク ン

 

 機械の心臓が大きく拍動した。

 ――ピキリ。


「タリスマンが……!」


 首にかけていた防魔のタリスマンに小さくヒビが入る。


『吾輩ガ持ツ共鳴ノ力ハ、オ互イヲ知ルホド、ソノ影響ガ強クナル』


 ミリはタリスマンに向かって必死に魔力を共鳴させる。だが、心臓が拍動する度に、ヒビは大きくなっていくばかりだった。


(駄目だ! このままだとまた……!)


 工場での事故を思い出す。

 自我が完全にルシフェルに呑まれてしまえば、彼が何をするか分かったものではない。

 第四魔王ともある存在の共鳴と合わされば、もう一生元に戻れなくなる可能性だってあり得る。


(考えろ……私!)


 そもそもディルーターは何を求めている?

 ――魔力そのもの? いや、それなら人間からではなく地脈などを目指した方が圧倒的に効率がいい。生物は魔力タンクとは違う。

 ――仮の肉体? それも可能性は低い。人間を傀儡とするつもりなら、始めから工房の従業員を使えば良い話だ。

 つまり――


(答えは魔力共鳴力!)


 ミリは全身からありったけの魔力を共鳴させる。

 しかしそれは、ルシフェルと融合してからの研ぎ澄まされた共鳴ではない。以前ミリが使っていた ”歪んだ魔法” だ。


(最初会った時に《魔女》が言っていた――歪んだ魔法を使うと、それが体を確実に蝕んで、いずれは限界が来るって)


 ミリが屋敷へ来た初日に言われたことだ。あの虹色の薬品が懐かしい。


「このままだと私は魔力を共鳴できなくなる! あなたの目的は達成できない!」


 周囲を包む歪んだ魔法が、辺りの金属片をひしゃげさせる。

 まるで栄養を吸われた生ゴミのように、ありえない力で世界が変形していく。


 ――バキリ。


 タリスマンが粉々に崩れ落ちた。


『…………ソコマデシテ拒ムカ』


 そして、機械の心臓が共鳴を止めた。


「はぁっ……はぁっ――グゥッ! ガ――ッ! ギャアアアッ!」


 ミリが地面をのたうち回る。

 全身が剣を刺されたように痛い。歪んだ魔法を使った時の副作用が襲ってきたのだ。

 ここまで全力で歪んだ魔法を使ったのは初めての経験だった。


『ナラバ見セテモラオウ。貴殿ノ選択ヲ――再ビ相マミエル時、ソノ答エガ知レルコトヲ楽シミニシテイル』


 機械の声を聞きながら、全身に脂汗を流すミリ。

 痛みと疲労で朦朧とするその意識は、遂に闇の中へと落ちた。

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