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第18話 相思

「この機械も……やっぱり共鳴の発信は地下から?」


 それからちょうど5日後、ミリは別の工房で調査を続けていた。

 複数の座標から魔力共鳴の状態を調べることで、共鳴を発信した地点の特定をより強固にするのだ。


「発信源が複数あったらお手上げだったけど、幸いそうではなさそうだね」


 ミリは調査結果を軽くメモする。


「このまま発信源を探しに行ってもいいけど……」


 腕時計を見る。

 時刻は午後の3時。帰るには早すぎるが、ここから発信源の座標特定を始めると、調査結果をまとめ終わるのが夜になりそうな――絶妙な時間帯だった。

 タイムリミットまでは、残り4日。


(アナウスとお話する時間がなくなっちゃうし、今日はもう切り上げよう……発信源の調査は明日でもできる)


 先日はセレノアにバレてしまったが、それでもミリの頭の中は、アナウスのことでいっぱいだった。

 今も彼女は部屋で本を読んでいるのだろうか。それともおやつの時間だろうか。咳はしてないだろうか。血を吐いてしまったなら、薬を飲ませてあげないと。


「帰ろう」


 ミリは調査道具を片付け、工房を出た。


 ◆

 

「ケホッ――ミリちゃん。待ってましたよ」


 アナウスの部屋に入ると、彼女は本を閉じて座っていた。


「あれ、丁度読み終わった感じ?」


 珍しかった。

 普段は部屋に入った時、彼女はいつも本を開いて読書の世界に入り込んでいたからだ。


「……ううん。ミリちゃんのことを考えてたら、頭いっぱいになっちゃって」


 アナウスは少し困り眉で笑った。

 それに対し、ミリも同じく困り眉で笑い返した。


「ふふっ。実はね……私も同じ」


 2人は笑いあった。

 こんな時間が永遠に続けばいい――ミリは心の底からそう思った。


「でも、調査も大変なんでしょう? もっとゆっくりでもいいんじゃないですか?」

「確かに大変だけど、すごく順調だよ。明日には発信源の場所にたどり着けると思う」

「そう…………」


 アナウスの顔に影がかかった。

 もしかして持病が――心配したミリは椅子から立ち上がり、「大丈夫?」と歩み寄る。


「ううん。違うの……ミリちゃんが調査終わったら、屋敷に帰っちゃうんでしょう? その時のことを考えちゃって」

「あ…………」


 そう。今の関係は一時的なもの。

 もしタスクが完了してしまえば、ミリは再び《魔女》の屋敷へと戻ることになり、2人は別々になってしまう。


「――ケホッ! ケホッ! ゲホッ!」

「アナウス!」


 大きく咳をするアナウス。

 ミリがその背中を支えるも、彼女のハンカチには真っ赤な血が染み付いていた。

 そしてその時、ミリはとあることに気付く。


(何? この凄い魔力波長……もしかして、アナウスの?)


 アナウスの内側から、はち切れんばかりの魔力波長が漏れ出していた。

 髪の毛の先や身体の一部が、風に吹かれる激しい炎のように揺れる。

 それは間違いなく彼女のもので、ミリはこの膨大すぎる力が彼女の体を蝕んでいることに気付いた。


(まさか私が近付くとアナウス体調がよくなるのって……)


 ミリと一緒にいるときは咳が止まるアナウス。

 それは彼女の身体から常に溢れている膨大な魔力波長を、同様に強力な魔力波長を持つミリのそれで相殺しているからではないだろうか?


「……ミリちゃん」


 アナウスが顔を上げる。

 口の端から、真っ赤な液体が重力に従って伝い落ちていた。


「どこにも行かないで……」「アナウス……」


 彼女の顔は、今にも泣き出しそうだった。

 12年の間、孤独に家の中で過ごしてきた少女。その末、ようやく出会えた友達を失う恐怖が、その表情にはあった。


「大丈夫だよ、アナウス」


 そして恐怖に震える彼女の体を、ミリが優しく抱きしめた。


「ミリ……ちゃん……」

「何も怖がることはないよ。友達っていうのは、きっとどれだけ離れてもお互いのことを想い合う関係だから」


 とはいえ、ミリ自身も ”友達” というものについては深く知らない。

 でも、そうあって欲しいなという一種の願望。まじないであった。


「私が帰っても、お互い手紙を出し合ったりしよう? それに、離れていても会話ができる魔導機器とかもあるらしいし――案外退屈しないかもよ?」


 ミリは密着させていた体を離し、アナウスの肩を掴んで微笑みかける。


「…………うん」


 小さく頷くアナウス。まだ元気がなさそうだ。


「そうだ、アナウス! あの本って全部読めた? もし読めたら教えて欲しいなぁ~」


 なにか別の話題を出そうと、頭の中の引き出しを開けるミリ。

 その中で、初めて出会った時に1つ約束していたことを思い出したのだ。


「本……あ、あの魔法原理の?」


 ブンブンとミリが頷く。


「一応は読めましたよ。色々なことが書いてあって読み応えのある学術書でした。でも、内容をまとめるのに時間が掛かっていて……」

「途中まででも大丈夫だから!」


 アナウスは内容を思い出すように宙を眺めた。


「うーん……あっ、1つ心に残ってるのはあります。魔法についてなんですけど」


 アナウスは車椅子を動かして移動しようとする。


「大丈夫、私が取るよ」


 そう言って代わりにミリが立ち上がり、本棚から『魔王と悪魔憑きの史学から読み解く魔法原理』を取り出し、アナウスに渡す。


「ありがとう」


 本を受け取った彼女は、ページの間に挟んでいた栞を頼りに目的の部分を開いた。


「ええと……『魔法は個々の生物に必ず宿っているものであり、それは遺伝や人種などの先天的な要因だけでなく、これまでの人生経験や哲学観などの後天的要素も大きく関係している』――これって、物凄く面白いと思いません?」

「なんかとても難しいことを言われた気がするけど……」


 アナウスは興奮したように話しているが、ミリには先ほどの文章を口頭で聞かされてもチンプンカンプンだった。多分文字で読んでも理解できないだろう。


「つまりですね……『魔法は使う人そのものを表す』ってこと! ほら、たとえば芸術家って、自分の一生を作品として残したりするでしょう? それと似たようなものなんじゃないかしら」


 なるほどな、と思った。アナウスは説明が上手だ。


(私の魔法は『分断』と『融合』の二面性……)


 自分の魔法は、自分をどのように表しているのだろう。


(……うん?)


 一瞬――喉奥にものが引っかかるような違和感をおぼえる。

 でも、ミリはその正体にたどり着けないまま、思考をアナウスに移した。


「じゃあアナウスって、どんな魔法を持ってるんだろうね?」

「それがまだ分からないの。魔法が目覚める時期って人によって全然違うらしいから……私はもっと外に出ないと駄目なのかもしれませんね」


 アナウスは自虐的に笑う。

 そこには先ほどまでの影はなかった。少し吹っ切れたのかもしれない。

 ミリは内心でホッとした。


『オ嬢様、ミリ様。オ食事ヲ、オ持チシマシタ』


 すると、扉がノックされる音の後に、FM052の声が聞こえてくる。


「ありがとう、爺や。入って」


 アナウスが許可すると、FM052が食事の乗ったワゴンを押して入ってくる。

 彼は美しい所作で、テーブルの上にお皿を置いていく。屋敷の食事ほど量はないが、一品一品はそれに劣らない輝きを放っている。


「あら、今日は2人で食べてもいいの? 爺や」


 このように毎日顔を合わせているので忘れそうになるが、本来2人はセレノアの言いつけで顔を合わせてはいけない事になっている。

 だから夕食の時だけは、万が一セレノアが来た時のために、ミリは部屋に戻って食べていたのだ。先日のこともあり、ミリの体が少し強張った。


「エエ。実ハ――セレノア様カラ直々ニ許可ガ出マシテ」

「「えっ!?」」


 2人は揃って素っ頓狂な声を出す。


「ト、言ウノモ……以前カラオ二人ノ関係ニ、セレノア様ハ気付イテオラレタ様子デシタ」


 なんと、ミリがボロを出すよりも前からセレノアにバレていたらしい。


「じゃあ、どうして……昔から規則を破ったらこっぴどく叱られてたのに」


 アナウスは信じられない面持ちでつぶやく。

 FM052は料理を並べ終え、腕にアームタオルを垂らしてテーブルの横に立つ。


「コレハ推測ニナリマスガ……キット、セレノア様ハ以前カラ、オ嬢様ノ境遇ニ胸ヲ痛メテオラレタノデハナイデショウカ」


 セレノアは家主である前に、1人の母親だった。

 ずっと友達のいないアナウスのことを気にかけていたとしても、何ら不思議ではない。


「トアル事件ヲキッカケニ、昔カラセレノア様ハ、オ嬢様以外ノ ”悪魔憑き” ヲ非常ニ嫌悪シテオラレマシタ。ズット、ソレラヲ天秤ニ掛ケテ悩ンデオラレタノデショウ」

「そう……だったの」「…………」


 これまで何度かセレノアと話したミリだが、彼女はいつも凛としていて、どこか近づき難い棘があった。


(一度、セレノアさんとしっかり話してみたい、かも)


 その冷たい印象が、少し溶けようとしていた。


「――サア、オ二方。料理ガ冷メテシマイマスヨ」


 FM052が料理を手で示す。

 3人は談笑に花を開かせながら食事を楽しむ。

 心を縛るものが無くなった時の料理は、いつもより一段とおいしかった。

次話から、物語は徐々に佳境へ……

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