第17話 約束
その日から、ミリの「工房」と「アナウスの部屋」を行き来する生活が始まった。
「強力な魔力共鳴の痕跡が残ってる。これなら……」
先日破壊してしまった工房のラインと魔導機械は、セレノアの計らいでそのままにしてもらい、ミリはそれを重点的に調査することになった。
夕方前に帰宅して情報をまとめ、屋敷にいる《魔女》にそれらを送る。そして翌日に送られてくる《魔女》の調査結果を見て新たな場所や調査に向かう……タスクは地味ながら、着々と進んでいた。
「ミリちゃん! ミリちゃんは『ミレオリア中央学園』って知ってます?」
そしてその日の調査が終わった後は、FM052の協力を借りながらアナウスの部屋に行き、交流する。そうして1週間と半分の時が流れていた。
「学園? 私、そういうのはサッパリ」
ミリも学校に通っていなかったわけではないが、それも数年の話。
8歳の頃に処刑されてからは一切、公的な教育を受けていなかった為、それにまつわる施設などについての知識も皆無だった。
「簡単に言えば、世界中から優秀な学生たちが集まる学校なんですって。凄く敷地が広くて、学園だけで小さな都市1つ分くらいあるんだとか!」
「ふーん」
「なんです~? その興味なさそうな反応は~?」
ミリのつれない返事に、アナウスが頬をふくらませる。
「だって、実際関係ないし」
「ミリちゃんは学校に行きたいとか、思わないんですか?」
少し考えてみる。
弾ける笑い声。沢山の友人。全力で学び、全力で遊ぶ。
本に書かれている ”学校” とはそういうところだった。
「でも私たち ”悪魔憑き” じゃん。そんな思った通りの生活はできないんじゃないかなぁ? そもそも入学とかできるの?」
そう言うと、アナウスは得意げに指を立てて説明を始めた。
「そこは心配ありません! 学問の中心地である旧リオリアは、昔から差別や迫害をなくそうとする活動が盛んなんです。だからこそ、全世界から色々な境遇を持つ人が学びに来るんですよ! 私たち ”悪魔憑き” も例外ではありません!」
「それは……すごいかも」
よほど丹念に調べたのだろう。
それからも、アナウスの学園に関するウンチクを小一時間に渡って解説されることに。
――巨大な図書館。騎士養成に使われるスタジアム型訓練場。議論を交わす教授と学生たち。スイーツやファストフード店が並ぶ商店街。学園祭……そこには未来に対する夢と希望が溢れていた。
(これが、アナウスの見ている世界なんだな)
あまりにも楽しそうに話すアナウスに当てられて、ミリの心も少しずつ高ぶっていく。
「ねえ、ミリちゃん。16歳になったら、2人で一緒に行きませんか?」
「え……もしかして、学園に?」
「もちろん! ミリちゃんと一緒に学生生活を送れたら、きっと楽しいんだろうな~」
ミリは頭の中で想像してみる。
車椅子に乗ったアナウスを押しながら、学園の色々な施設を見て回る2人。
一緒に同じものを食べて、同じ授業を受けて、同じ時を生きる――それはとても素晴らしい光景だった。
「分かった。約束しよう!」
「はい! 絶対ですよ!」
二人は机の上で小指を絡めた。約束の証だった。
◆
「それで、調査の進捗の方はどうなっていますの?」
3日後。
ミリは調査から帰宅した後、セレノアに呼ばれて執務室へと招かれていた。
「結論から言うと、とても順調に進んでいます。あと5日もすれば、発信元の特定が完了すると思います」
セレノアの目を真っ直ぐに見て、ミリは報告する。
嘘はない。
初日のゴタゴタが原因で、多少動きにくい所は確かにあった。だが調査の進捗に関しては、すこぶる順調であった。
「私たちに残された時間は、残り2週間。調査結果を説明できるように情報をまとめ、プレゼン資料の制作をする期間も考慮すると、調査は残り1週間ほどで終えて頂きたいですわ。可能ですか?」
1週間。
この調子で発信元の特定さえできれば、当初の目的は余裕を持って達成できるだろう。
ミリは頷きながら「任せて下さい」と言い切った。
セレノアが「よろしい」と締めると、ミリは小さく礼をして部屋を出て行こうとする。
「ああ、お待ちなさい」「――ヒュッ!」
だが、セレノアに呼び止められて、ミリの喉から掠れた息が抜けていく。
ミリはどうにも彼女のことが苦手だった。
悪い人ではないのだろうが、漂ってくる威圧感に押されてしまうのだ。
「ミリさん。あなた……娘の部屋には行ってないでしょうね?」
「……………………イエイエ、マサカ」
唐突に始まった尋問に、ミリの体が石のように固くなる。同時に声も。
目をグルグルと泳がせ、ガチガチの関節を動かすミリを見て、セレノアは小さく息を吐いた。
「あなた――嘘が下手すぎますわね」
「ひぃッ!」
終わった。ミリの顔が真っ青になる。
だが予想に反して、セレノアの反応は落ち着いていた。
「……はぁ。もういいですわ。部屋にお戻りなさい」
「えっと……いいん、ですか?」
「…………」
セレノアに睨まれるミリ。その目は「はやく出ていけ」と言っていた。
「しっ、失礼しましたぁっ!」
全身から汗を流してミリが執務室を退出する。
時間にして数秒。部屋が静寂で満たされる。
「セレノア様。コレカラ、ドウサレルオツモリデ?」
横に待機していたFM052が尋ねる。
しかしセレノアはしばらく、両目を瞑って黙りこくっていた。
「…………あの2人は、どういう様子ですの?」
「オ嬢様ト、ミリ様ニツイテデスカ?」
予想していなかった質問に、FM052が軽く聞き直す。セレノアが何も言わない様子を見て、彼は答えた。
「トテモ仲睦マジイ御様子デ、私モ驚イテイルクライデス。コウ表現スルト少シ、チープニ聞コエルカモシレマセンガ――運命ノ出会イ。ソウ言ッテモ差シ支エナイカト」
「………………そう」
セレノアは短く返事をしたきり、その話については言及しなかった。
彼女はミリが提出した報告書を手に取り、内容を一通りさらう。そして机に置いて大きく息を吐いた。
「それにしても……あの人も人が悪いですわ。一体何を企んでいるのやら」
「……ト、言イマスト?」
話の要領が掴めず、彼は首を傾げる。
セレノアはカップに入った珈琲をひと啜りして、再びティーカップに乗せる。コトリという音と共に、珈琲の水面が揺れた。
「簡単な話ですわ。あんな年端の行かない少女があの人の調査に加わったところで、それが原因で急に調査が進むわけがない。つまりあの《魔女》は、意図的にこの2ヶ月間、何もしていなかったということですわ――まるで何かを待っていたかのように」
あのミリという少女はたしかに優秀な子だ。
だが、それ以上に《魔女》のスケールはぶっ飛んでいる。本来ならもっと調査は速く終わっていたはずだ。
「あの人は昔からそう……」
セレノアは学生時代を振り返る。
当時、ミレオリア中央学園の非常勤講師として来ていた《魔女》。彼女は当初から学生の間でも「とびきりの変人」として噂されていた。セレノアもそう思っている。
「今回の調査、無事に終われば良いのですが……」
珈琲の水面が、もう一度揺れた。




