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第15話 響キ渡ル声

「本日、こちらの工房に調査員として派遣されました。ミリと申します」


 ヴェルディア魔導機巧大商会。その配下組織にあたる魔導兵装工房の現場は騒然としていた。理由はもちろん彼女――ミリだ。


「あ、ああ……よろしく……お願いします」


 現場主任者が動揺を隠さない様子で挨拶を返す。

 それも当然。大企業の事故調査に派遣されたのが、たった12歳の少女だと聞かされ、その上で本当に来たのだから。


「なんかの冗談だろ?」「あんな子供に何ができるんだ?」「セレノアさんも遂におかしくなっちまったようだ」「先日何人か辞めたんだぞ、こんなことしてる場合か?」


 奥の方で作業をしている従業員たちもザワついている。

 チラチラと向けられる好奇と猜疑の目線を浴びながら、ミリは無表情を貫いた。


(全部聞こえてるんだけど……仕方ないか)


 ルシフェルと融合してからというもの、ミリの五感は研ぎ澄まされていた。

 とはいえ、従業員たちの気持ちも理解はできるので、何かを言い返したりする気は起きなかった。

 ミリは出発前に《魔女》に伝えられたタスク内容を思い出す。

 

『セレノアの経営する会社で、大規模な事故が起こった。ワタシが調査した結果、なんらかの異常な魔力共鳴波長が原因だとは分かったが、その発信元や正体が不明なままだ。キミにはその発信元の特定、あわよくばその正体まで掴んで欲しい』

 

 その内容を聞いた瞬間は「本当に2週間で終わるのか?」と疑問に思ったミリだったが、原因が既に分かっているのなら、確かにやること自体は単純だ。


「では、事件当日に暴走した魔導機械を1台だけ停止してください――私が共鳴度などを調査しますので。他のラインはいつも通り作業を続けて頂いて結構です」


 騒然とする周囲を無視して、ミリは指示を出す。

 複数ある魔導機械のうち、端にある1台が動きを止めた。ミリはそれに向かって歩いていく。

 

『――巨大ナ魔力波長ヲ確認。該当生物ヲアンカーニ、心臓ノ再起動ヲ開始』

 

「ん……? いま、誰か喋りましたか?」

「えっ? い、いいえ……私は特に」


 ミリの耳に、機械で作られたように無機質な、そして熱の籠もった声が届いた。

 周囲を見渡してみるが、特にそれらしい人物の姿は見えない。


「……失礼しました。気のせいみたいです」


 魔導機械の前に到着する。

 パッと見た感じ、特に異常は見られない。

 以前に《魔女》が視察した時、原因が外部からの魔力共鳴であることを突き詰めた彼女は、すべての工房の魔導機械に『外部からの魔力共鳴を遮断する刻印』を埋め込んだらしい。

 よってこの2か月間、魔導機械は暴走していない。


「あなたは離れてて。私が見ます」


 とはいえ、油断はできない。

 外部からの共鳴を遮断するとはいえ、業務上、機械を制御する必要はあるため、その刻印にもわざと穴を空けている。何が起きてもおかしくはない。


(もし、現在も何者かが外部からの共鳴を試みているのであれば、それを頼りに発信元を特定できる可能性が高い)


 ミリは機械に近付き、それに触れる。


『――再起動完了。コレヨリ同調ヲ開始スル』


 魔導機械が動いた。


「ちょ――ッ!」


 ミリを突き飛ばそうと振り回されたアームを、後ろに跳んで避ける。


「誰が起動したんですか!」

「いや、ありえないですよ! 電源はしっかりと切っています!」


 突然のことにミリが声を荒げるも、主任者は愕然としながら否定する。


「これは……普通に作業してる?」


 暴走の予感を感じ、抑える構えを取ったミリだが、その機械が取った行動に目を見開く。

 魔導機械は止まっているはずのラインで、作業を始めていた。一切の淀みなく、すべての動きに無駄がない。先ほどまで電源を切られていたのが嘘のような光景だった。


「……本当に、電源を切ってるんですよね?」

「間違いありません! ダブルチェックもしましたから!」


 不思議ではあるが、今のところ危うげな雰囲気はない。

 ミリが小さく一息をつき、再度の停止を要求しようとした瞬間、再び声が聞こえた。

 

『他機体ノ同調拒絶ヲ確認――ヨリ直接的ナ手段ニ共鳴方法ヲ変更』

 

「だから、さっきから喋ってるのは誰!?」

「えっ!? ですから誰も喋っていませんよ!」


 作業をしていた魔導機械は、突然その長いアームを他の機械に向かって伸ばす。

 すると触れられた機体が同様に決められた動きを止め、暴走を始めた。先ほどまで共に作業をしていた従業員をアームが押しのける。


「うわぁッ!」「あぶない!」


 彼は突然のことでバランスを崩し、隣のラインへ倒れそうになってしまう。

 このままでは作業中の機械に巻き込まれてしまう。それを察したミリは左手を握った。彼は宙から湧いた黒い泥のようなものに絡み取られ、間一髪で体勢を立て直す。


(暴走は完全に予想外だけど、これは外部から共鳴している証拠! これに触れられれば発信元の特定にグッと近付く!)


 ピンチは同時に、最大のチャンスでもある。


「融合――漆黒の泥」


 ミリは再び左手を握る。

 宙に現れた無数の泥たちが、暴走した魔導機械を絡め取る。それらは思惑通り動きを止めた。改めてミリが機械に近付き、それに触れる。

 その瞬間。

 

『感謝スル。強大ナ共鳴力ノ持チ主ヨ。貴殿ノ中継ニヨリ、吾輩ノ目的ヘノ道ガ開カレタ。コノ時ヲ永ラク待チ侘ビテイタ』

 

 声が聞こえた。

 ミリが触れた魔導機械を通して伝わってくる。


(これは……共鳴の発信者?)


 内容から察するに、この声の主は明らかにミリに対して喋りかけている。

 ゴクリと唾を飲み込む。


「……あなたは、誰」

『ソレハ、イズレ分カル事。トコロデ、貴殿ハ何故、中途半端ナママデイル』

「中途半端?」


 ミリは眉をひそめる。

 重苦しい機械の声は、彼女の反応を気にしていないかのように喋り続けた。


『貴殿ノ中ニハ無駄ナ存在ガ混ジッテイル。コレハ――非効率ダ』


 ゾワッと全身の毛が逆だった。

 圧倒的なまでに嫌な予感がして、ミリは手を引っ込める。


(まさかこいつ……私に話しかけてるんじゃなくて……中にいる――)

 

『最適化――開始』

 

 それでも、機械の声はミリの頭に響いてしまう。長く触れすぎたか。


「グッ――――ッ!」


 ミリは胸を押さえて蹲る。

 内側から、真っ黒なナニカが溢れ出してくる感覚が脳を支配する。

 瞳は紫から徐々に紅色へ、手が真っ黒な鉤爪のように変化し、背中から一対の翼が生える。


(駄目だ! ここで呑まれたら――ッ!)


 しかし彼女の思いに反して、体は徐々に宙へと浮かんでいく。


「おい、何だあれは!」「天使……いや、悪魔か!?」「退避だ! 退避!」


 一目で異常だと分かる光景に、周囲の従業員たちが慌ただしく移動を開始する。


(せめて……せめて暴走している機械だけでも止めないと!)


 ミリは左手を地面に向けてかざし、手のひらに魔力を共鳴させる。そしてそれを勢いよく握った。


(しま――ッ!)


 しかし意識を呑まれかけていた状態での制御は上手くいかず、機械は空間ごとひしゃげて破壊されてしまった。

 耳を塞ぎたくなるような音を立てて崩れていく機械たち。


「あの子は何者だ!?」「巻き込まれた奴はいないか!」「全ラインを緊急停止しろ!」


 従業員は退避していた事により人的被害はないものの、周囲のラインや関係のない魔導機械までがその余波を受け、再起動が不可能な状態まで破損してしまっていた。


「あぁ……はぁっ……はぁっ……」


 それと同時に、彼女を内側から蝕む感覚も消える。

 ミリは荒い息を吐きながら着地した。


(完全支配した魔導機械を破壊したことで、発信元と私を繋げなくなったんだ……)


 全身が重い。ミリは視線を横に向けた。


「ひっ!」


 彼女と目が合った主任者は、小さく悲鳴をあげる。その目は完全に化物を見る時のそれであった。

 ミリは理解する。


(また……この目だ……)


 アルファに拒絶されたあの日の、恐怖の色――周囲で彼女を見る従業員の全員が、それと同じ色をしていた。

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