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第13話 心臓の声

「ふわ〜ぁ」

「おいおい、余裕だな」

「……昨日は帰ってから4時間しか寝てねぇんだ。欠伸のひとつも出る」


 ヴェルディア魔導機巧大商会。


 セレノア・エル・ヴェルディアを総元締めとする、魔導機械業界における一大組織。

 彼らはその配下組織にあたる『統合制御中枢部』の従業員。他工房の魔導機械を監督する、いわば"組織の脳"にあたる部分だ。


「今日は同期が1人、労災起こして休んでるんだ。シャキッとしてくれよ」

「機械が暴走したとかだっけか?」

「お偉いさんは、制御機構の誤作動の可能性があるとも言ってたな。もしかしたら俺達のところに調査が入るかもしれん」


 男が面倒くさそうに息を吐いた。

 もちろん彼らがミスをしたわけではない。だが、調査に入られると、ただでさえ窮屈なスケジュールが更に圧縮されるのだ。想像するだけでも疲れが溜まってくる。


「そういえば最近、他の現場でも労災が起きたとか言ってたな。こんだけ頻発すると、セレノアさんも胃を痛めてるんじゃないか?」

「あの人も神経質だからな。調査機関が入ってきたら泡でも吹きそうだ」

「ははっ。間違いない」


 男たちは談笑しながらも、部屋に表示された無数のモニターからは目を離さない。

 

『――――非効率ダ』

 

「……ん? いま何か言ったか?」

「えぇ? いや、なにも」


 男は辺りを見回す。

 彼の耳には確かに今、誰かの声が聞こえた……気がする。機械で作られたように無機質な、そして熱の籠もった声だ。

 

『――心臓ノ権能ニヨリ、同調ヲ開始スル』

 

「おい、やっぱ誰か喋っただろ!」


 遂に男が立ち上がる。

 しかし、周囲は変わらず仕事を続けている。誰も声は聞いていない様子だった。


「頼むぜ相棒。さっきからずっと何言ってんだ。寝不足で頭でもおかしくなってるんじゃないか?」

「いや……今、確かに声が――」「うわっ!?」


 男が言い終わるよりも速く、異変は起きた。

 少し遠くでモニターを見ていた従業員の1人が、突然声を荒げる。


「どうした、何が起きた!」


 先ほどまで男をからかっていた彼も、目を鋭くして状況確認のために呼びかける。完全に仕事モードに入っている大人の目つきだった。


「システムに異常発生! こちら側からの制御が不可能な状態!」

「ハッキングか! 全権限をこちらに強制譲渡させ、同時並行でハック元を特定しろ! 機械が暴走するぞ!」

「いや待て。これは……!」


 男が部屋の一番前に移されている巨大スクリーンモニターを見て驚愕する。


 基本的にモニターでは各工房の現在の様子を監視する枠があるのだが、そこに映っていたのは異常と言って差し支えない光景だった。


「なんだ? 人を押しのけて……作業をしている?」


 人間の作業を補助するはずのアーム型の魔導機械が、その人間を引き剥がし、自分ですべての作業をこなし始めた。次々と作業場から放り出される従業員たち。


「不味い!」


 そして機械たちは、作業場から逃げ送れた従業員を巻き込んだまま、作業を継続した。音の聞こえないモニターの中で、彼らは声なき悲鳴を上げる。


「連絡手段は!」「どれも繋がりません!」


 どの工房を映すモニターでも、似たような現象が起こっていた。

 彼は思わず息をのむ。


「会長に、直接伝えに行くんだ!」


 この場の魔導機器はすべて使えなかった為、何人かの従業員が職場から走り出した。

 男はモニターで今も続いている異常を眺め、口と目元を歪める。


 そして最後、男の耳に ”あの声” が聞こえてきた。


『最適化――完了』


 ◆◆◆

 

「セレノア様、紅茶ヲオ持チシマシタ」

「……そこに置いておいて頂戴」


 ヴェルディア家の邸宅の一階に、彼女の執務室があった。


 セレノア・エル・ヴェルディア、36歳。

 ヴェルディア魔導機巧大商会の元締めを務める女主人。


 親によって商会の幹部へと抜擢されたセレノアは、その直後から目覚ましい活躍を見せ、たった1年で、傾きかけていた商会の経営基盤を再び安定させる凄技を披露する。


 生粋の仕事人――彼女の仕事ぶりをその目で見た従業員は、みなそう褒め称える。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!」


 しかしそんな彼女は今、執務室で1人、大きなため息をついていた。

 長く美しい銀髪は乱れ、黄金の瞳は虚ろに。目の下にできた大きなクマがその疲労を物語っていた。

 セレノアはもう一度ため息をつき、報告書の山を見た。


(今月だけでもう6件目の労災申請……しかも極めつけは、この報告書)

 

『統合制御中枢のシステムが動作不良を引き起こし、複数工房で多数の従業員が物理的被害を受け重軽傷。重症者の数は合計で12人。現在システムは正常に戻っており、一部工房を除いて、すべての工房が稼働再開済』

 

 セレノアの耳に一報が入ったのは3日前。

 従業員の報告を聞いた彼女は一瞬気が遠くなりかけるも、速やかに全工房の一時稼働停止を命じ、各所に事情聴取を行った上で報告書をまとめて貰っていた。


「外部からの妨害? それとも内部で何か良からぬ企みをする者たちがいる? ……流石にこれを偶然で片付けることはできませんわ」


 これら被害は、セレノアの判断により労災とは別の括りで補償を行った。そして、それには理由があった。


(どうにかして調査機関に見つかる前……三ヶ月以内に今回の件の原因を解明・解決しなければなりません)


 学園帝国ミレオリアでは、企業で起きた労災補償は国が負担する。代わりに補償を受ける企業は、労災に関するデータを一ヶ月毎に国へ提出しなければならなかった。


(幸い死者はゼロとはいえ、この規模の労災……馬鹿正直に報告すれば、業務停止命令はほぼ確実!)


 だからこそ、セレノアは今回の事故を ”労災” とはせず、別の項目で補償をすることで、国への報告義務を潜り抜けたのだ。隠蔽である。


(とは言っても、誰に依頼するべき? 悠長にはしていられませんわ)


 しかしどちらにせよ、四ヶ月毎に開かれる大規模な総会で、決算報告書は公開しなければならない。

 前回の総会は一ヶ月前――つまり三ヶ月後がタイムリミットだった。


(決算を公開するまでに原因を究明して再発防止策を練り上げ、完璧に説明できる状態にしておく――これはマストですわ)


 そして彼女には、そこまでして業務停止命令を避けたい理由があった。


「娘のため……歩みを止めるわけには行きませんの!」


 セレノアの一人娘であるアナウス。

 彼女は生まれつき病弱で、歩くだけで血を吐いてしまうほど身体が脆かった。

 しかしセレノアは気付いていた。アナウスの類稀なる知性を評価していた。


『お母様、もう読める本がなくなってしまいました。新しいのを買って下さい』


 あれは7歳の頃。

 アナウスは、邸宅の蔵書をすべて読破していた。勿論その中には複雑な学術書も含まれている。家の外に滅多に出られない娘は、空いている時間をすべて読書と勉学に費やしていたのだ。


(あの子に家業を継がせる――その為にも、商会が潰れるような事態は絶対にあってはならない……たとえそれが火種であっても!)


 セレノアは改めて決意する。


 そしてそれと同時に、1人の女性の顔が脳裏に浮かんだ。

 ブロンドヘアに翠の鋭い目、いつも何を考えているのか分からない不思議な女性であり――セレノアの恩人でもあった。


「あの人に何度も頼るのは気が引けますが……すべては娘のため。そのためならば何だって致しますわ」


 セレノアは手を叩いてFM052を呼びつける。

 そばに控えていた彼はすぐに返事をした。


「052! 今すぐあの人に手紙を送って頂戴。今回の件について、彼女に調査を依頼します!」

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