第12話 リフレイン
「あなた、ずっと見てたでしょ」
ミリは好意的とは言えない目で《魔女》を見る。
これは半分が予測だった。
あの《魔女》であれば、本来ならもっと速く駆けつけることができたはずだ――と思う一方で、この人なら敢えて放っておいて経過を見ていた可能性もあると思ったのだ。
「すまないね。どうしてもキミの変化をこの目で観察したかったのだよ」
「……どこまで行っても研究者なんだね」
そして、その予想は当たっていた。
ミリの脳内に、嫌な予感が走る。
「まさか……ノクスの時も、わざと異変を起こしたわけじゃないよね?」
空気が不穏になっていく。
「落ち着きたまえ。ワタシは屋敷のすべてを操れるワケではない。意図的に排泄の異常を引き起こすことは不可能だ」
普段と変わらない無表情で《魔女》が弁解する。
まだその言葉を完全には信じていないミリ。とは言え、自白をするつもりがないのなら、どの道これ以上の追求はできない。
「…………それで? 観察した結果は?」
「先も伝えた通りだ。キミは十分すぎる成果を見せてくれた」
心底満足した様子の《魔女》。
「認めよう――キミは2つのタスクをすべて達成した」
◆
5分後。
あの後は《魔女》の指示で、他の《召使》達にその日の休暇を与えられた。
一方でミリは《魔女》の部屋へと案内された。中へ入り、椅子に腰掛ける。隣のベッドにはノクスが眠っていた。
「改めて――おめでとう。キミがこの屋敷に来て早四ヶ月。まさかこれほどのスピードでタスクを完了してくれるとは思わなかったよ」
「でも、どうせ休暇ってわけではないんでしょ?」
これまで1つの大きな目標として置き続けていたタスク。それが終わった。
しかしミリは薄々勘付いていた――これで終わりではない、と。
「その通りだ。キミには新たに1つのタスクをこなして貰いたい。タスクというよりは、任務に近いものとなるがね」
「今度はなに? 魔王を倒せーとか?」
「なに。そこまで大した話ではない――キミにはヴェルディア家に住み込んで、そこを拠点に簡単な調査をしてもらいたいのだよ」
ミリに衝撃が走る。
(そうか。タスクを達成したから外に出られるんだ……)
完全に盲点だった。屋敷での生活に体が馴染み切ってしまい、これまで外に出るという発想が出てこなかったのだ。
しかし、ミリには1つ気がかりなことがあった。
「心配する必要はない。今回のタスクは3週間もあれば終わる短期的なものだ。ノクスの目覚めには間に合うとも」
それを口に出すよりも速く《魔女》が補足する。変なところで気が回る森人族だ。
「……ならいいけど」
ミリはノクスの寝顔を見た。彼女が目覚めるまで、あと一ヶ月。つまり4週間。
あとでルクスにパーティについて話さなければな、とミリは頭の片隅に自分のタスクとしてそれを置いた。
思考をタスク――任務のことに移す。
「そういえば、ヴェルディアってどこかで……」
一時的な拠点となる場所。
外の世界をあまり知らないミリだが、その響きは聞いたことがある。それも最近。
「2ヶ月前に母子を来客として招いたのを覚えているだろう。あの家だ」
「あっ! アナウスの」
《魔女》に言われてようやく思い出す。
どちらも銀髪に黄金の瞳をしていて、母親が厳しそうな家族だった。
そしてなによりミリの頭に鮮明に焼き付いているのは、咳をしながらも気丈に振る舞う少女アナウス。自分と同じ ”悪魔憑き” でありながら "普通" の女の子。
「あそこの家主であるセレノアの経営する会社で、少々面倒が起きているらしい。キミにはその調査の一端を担ってもらいたい」
「それくらいなら、あなた1人で十分じゃないの?」
研究に明け暮れている《魔女》とはいえ、その程度の面倒事ならさっさと片付けられそうなだけに、今回のタスクは不可思議だった。
「……なに。コトはそう単純じゃなかった、というだけのことさ」
《魔女》は言葉を濁した。
彼女が曖昧な表現をするのはいつものことだったので、ミリは特段それを追求することはしなかった。
「出発は明後日。明日は休暇を与えるから、ゆっくりと体を休めて任務に備えたまえ」
「はやっ」
「簡単な着替えや衛生用品はこちらで手配しておくが、それ以外に持って行きたい物があれば自分で用意しておくといい。明後日の朝になったら屋敷の玄関からそのまま転送する」
手短に伝えると、そのまま《魔女》は何らかの図面を広げ、自身の研究の世界へと入ってしまった。ミリはしばらく待つ。
「……じゃあ、失礼しまーす」
話が終わったことを理解し、ミリが椅子から立って部屋の外へと向かう。
ミリが扉に向かって指を振ると、勢いよくそれが開いた。
「キミは間違っていない。ワタシが保証しよう。このまま突き進むんだ」
「…………もちろん」
最後に《魔女》と短く言葉を交わして、扉は閉じられた。
◆
翌日。
「あれも持っていって……これも持っていって……」
ミリは忙しく準備をしていた。
2週間とは言え、人生で初めて他人の家に宿泊するのだ(屋敷を除いて)。備えはあればあるだけ嬉しいというもの。
気付けばバッグはパンパンに膨れ上がり、まるで丸太のようになっていた。
「これだけあれば大丈夫……だよね?」
自分の背丈ほどあるそれを見て、ミリは満足そうに頷く。
「あっ。これ、どうしよう」
ミリは机の上に置いてあった一冊の本に気付く。『魔王と悪魔憑きの史学から読み解く魔法原理』だった。
(でもな……タスクは完了したし、もう必要ないんじゃ)
今のミリは軽く燃え尽き気味だった。
結局この本は読みきれなかったが、魔法はこうして使えるようになったのだ。今更開く必要性も感じない。
「ま……まぁ一応持って行こうかな。向こうで暇になっても困るし」
備えあれば憂いなし。
どうしようもなく暇になったら読んでやろう……それくらいの軽い気持ちで、ミリはバッグに本を押し込んだ。
ふいに、ドアがノックされる。
「……ミリ、今いい?」
「ルクス? もちろんいいよ」
扉が開く。
特に事前に約束はしていなかったが、ルクスがやって来た理由はなんとなく想像がついていた。しかし妙にルクスの表情が暗い。
いつも無表情なはずの彼女。いつからその気持が分かるようになったのだろうか。
ミリはベッドに、ルクスは椅子に座った。
「…………」「…………」
若干の沈黙が流れる。
「ミリは、もう大丈夫?」
「え、どれのこと?」
「だから……身体のこと」
「まだ言ってるの? もう大丈夫だって。ルクスは心配性だなぁ」
「――嘘。ミリ、まだどこか無理してる」
「…………なに言ってるの?」
ルクスは少し視線を上げる。黒く変色したミリ両腕。そして濁った紫色の瞳は、まだ元に戻っていなかった。
「ノクス、あと一ヶ月で完治する」
「知ってるよ。パーティについて考えとかないと」
「違う。先に、ミリが戻らないと……ノクス、きっと悲しむ」
ミリの心臓の奥が、わずかに脈打った。
そして少しだけ、黒い感情が湧き出す。
「最近……みんなおかしいよ……私、何も変わってないのに」
ルクスは首を横に振る。
「変わった。今のミリ、怖い。みんな言ってる」
「…………」
「ミリ、何があったの? 1人で全部抱えちゃ――」
「私はみんなを守る。その為なら何だってする」
顔を上げる。そこには、悲壮なまでの覚悟を宿したミリの顔があった。
ルクスは口をキュッと結んで俯いた。
「そんなの駄目……ノクスは、その為にミリを守ったんじゃない」
「でも私は、みんなに守られるままじゃ居られない」
「ミリ、考え直して……ノクスもきっとそれを望んでる」
何度もノクスの名前を出され、湧き出した黒い感情が大きくなる。
そしてミリは遂に、決定的な一言を放ってしまった。
「私は般人族。強いみんなとは違う――私の気持ちなんて、分かるはずないよね」
ガタン!
ルクスが立ち上がり、机を叩いていた。
「どうして……どうしてそんなこと言うの!」
その目は、涙で今にも決壊しそうだった。
ミリは何も言わなかった。ただ黙って、その目を見つめ返す。
「――――ッ!」
先に目を逸らしたのは、ルクスだった。
彼女はそのまま扉を開き、部屋を出る。
「あの頃のミリに……戻って……」
最後に扉が閉まる直前――ルクスの瞳から光の粒が零れ落ちた。
バタン!
「……………………………………………………………………」
ミリは正面を見続けていた。
「…………私は、間違ってない」
「これで、いいんだ」
「この力があれば……みんなを守れる」
1人孤独な部屋の中。
ミリはただひたすら、自分にそう言い聞かせ続けた。
次話から、物語は新たな舞台へ……!




