Bad End:二人は幸せなキスをして終了
どこにも行かせるものかと、ソルは強く抱き締め続けた。
「乗るのか乗らないのか」御者が尋ねたものの。リュンヌは抵抗せず。何も言わなかった。
あまり待つこともなく、馬車はそのまま乗り場から発っていった。
「あの? ソル様。流石に、もうそろそろ。人目は無いですが」
ソルは首を横に振る。
「お願い。もう少しの間だけでいいから。私を抱き締めて」
「しかし――」
「いいから。お願い」
ソルの懇願に応え、リュンヌは躊躇いがちに彼女の頭と背中に腕を回し、ソルを抱き締めた。
その抱擁の感触をソルは魂に刻み込む。
「ありがとう、リュンヌ。これで私はきっと、この先地獄に落とされたとしても、耐えられますわ。あなたは、怒るでしょうけれど」
「それは、どういうことですか?」
「別れたんですの」
頭上でリュンヌが息を飲むのをソルは感じた。
「そんな? どうして?」
ソルは小さく頷く。
「リュンヌ。私はね。これまで色々な殿方と出会いましたわ。それで、少しずつ分かってきたつもりですの」
「何がですか?」
「私はね? バランのように、心に傷を持って臆病な人は、昔の自分を見ているようで許せないし放っておけない」
「はい」
「分かるのよ。エリアナがどんなにアストルのことを好きなのか。あの子、前世の私とそっくりだって思うもの。間違った真似だと分かっていても、そこまでやってしまう気持ちがどんなものか、痛い程に分かるんですの」
「だから、身を引いたというんですか?」
「ええ。あの子が私と同じ結末を迎えるだなんて、許せる話じゃありませんわ」
「だからって――」
ソルは首を横に振る。
「それにね? 私はね。アプリルやルトゥのように、自分の夢に向かって努力する人が好き」
「はい」
「リオンのように、頼もしくて守ってくれる人が好き」
「はい」
「ベリエのように、私の血塗られた一面を視て、それでも離れないでいて欲しい思ってしまう」
「はい」
「私を支えてくれて。私も、支えたいと思う人」
ソルは顔を上げた。リュンヌの腕の中で、彼を見詰める。
「そんな人。あなたしかいないのよ。前世で初めて私が好きになったあなたしかいないの。仕方ないでしょう?」
だがしかし、リュンヌはソルの告白に、苦しげに呻き、目を瞑った。顔を背ける。
「申し訳ございません。僕は、ソル様が前世で愛した王子ではありません。本当に、残念ですが」
"そんなの、分かっていましてよ"
「――え?」
呆けた声が、リュンヌの口から漏れた。
「ですから、分かっているって言ったんですの」
「どういう? ことですか? だって僕は、あなたとは全然――」
「そうね。前世では話すらしたこと無かったんですものね」
ソルは苦笑を浮かべた。
「リュンヌ? 私はね? お城の中で唯一、楽しみにしている時間があったの」
懐かしむように、ソルは目を細める。
「その男の子はね。城の外で、いつも剣術の練習に明け暮れていた。毎日毎日、一生懸命に何度も剣を振っていたの」
「ソル様。それは」
「私はちょっとした用事で、一人で城内を移動するとき。その男の子が見える通路を通るときは、出来るだけ立ち止まって眺めるようにしていた」
ソルを抱くリュンヌの腕が震える。
「誰かに気付かれたりしないように気を遣いながら。それでも、一日一回は欠かさずね」
「どうして。そんな」
「その男の子はね。私に気付くと、いつも手を振ってくれた。その男の子との接点は、たったそれだけ。でも、それでも。そんなことが、あの頃の私にとって唯一心安まる時間だった。本当に、嬉しかったのよ。その姿をいつでも思い出せるくらいに、目に焼き付けた。いつか、この男の子が逞しい騎士になって私をこのお城から助け出してくれるんじゃないかって。子供じみた空想に耽ったこともありましたわね」
「ソル様は、その男の子のことを?」
ソルは頷く。
「でもある日突然、その男の子は私の前から姿を消してしまった。そして、そのときになって気付きましたの。私がその男の子に対して抱いていた想いが何だったのか」
「それは――」
「リュンヌ? あなたなんでしょう?」
"どうして、分かるんですか?"
決して短くは無い逡巡の末に、リュンヌは肯定した。
「分かりますわよ。だって、私が初めて好きになった人ですもの」
「いつから?」
「切っ掛けは、あなたと一緒に、仕事が止まっていたベリエのところに乗り込んだとき。あのとき、あなたは私の目の前で木剣を振りましたけど。その姿があの騎士見習いとそっくりだった」
「そんなの。ただの見間違えとか、偶然とかとは思わなかったんですか?」
「そうね。ですから私も最初は気のせいだって思っていましたの。でも、あなたの正体が気になるようになってから、段々と分かりましたわ。ルトゥに妙に強く当たっていたのも、そうなんでしょう? 最初はどうしてか分からなかったけれど、理由を考えたら思い当たりましたわ。あの子、昔のあなたに似ているんですもの。だから、自分を見ているようで許せなかったんですのよね」
リュンヌは顔をしかめた。その反応は、図星だと言っているようなものだと、ソルは苦笑する。
「ここに来る前。雪の下で剣術の稽古に励むあなたに、手を振ったこともありましたわ。あなた、あの頃と全く同じに手を振り返してくれた。他にも色々とありましたけれど。あれが、決定的でしたわね」
「そうか。もう、とっくに気付かれていたんですね」
自嘲の溜息をリュンヌは漏らした。
「リュンヌ? どうしてまた、私の前から消えようとしたんですの? あのとき、あなたが急に姿を見せなくなってから、私がどんな気持ちだったと思っているんですの?」
「理由は、俺には貴女を幸せにすることは出来ないって思ったからです。そんな資格、無いんですよ俺には」
「何を馬鹿なことを言っているんですの?」
リュンヌは首を横に振る。
「俺は騎士の家に生まれて、毎日血の滲むような稽古をさせられていました。家が厳しくて、それこそルトゥと同じでした。剣術が嫌になっていたりもしました。そんなある日のことです。城を見上げると、お姫様がこっちを見ていた。その顔はとても疲れていて、不遜だとは思いつつも俺と同じに思えました。それでつい気になって手を振って。切っ掛けは、たったそれだけです」
懐かしむように、リュンヌは目を細めた。
「そのとき、お姫様は手を振り替えしてくれて。遠くでよく見えなかったけれど、少しだけ笑ってくれたようにも見えました。俺は何だかそれが嬉しかった」
乾いた笑いがリュンヌの口から漏れた。
「不思議と、たったそれだけのことなのに俺は剣を振る意味を見付けられた気がしたんですよ。応援されているような気がした。お姫様が自分を見て手を振ってくれるそのときだけが、それまでの俺の中で唯一、救われた時間だった。そんな毎日を送るうちに、そのお姫様が満面の笑顔を浮かべられる姿を見てみたいと思った。それこそ、俺の方こそ城に囚われたお姫様を助け出す妄想を何度繰り返したことか分からない」
「そう。あなたも、そう思ってくれていたのね」
リュンヌは頷く。
「けれど、俺も気付くんです。いつまでもそんな子供じみた空想に浸っていられないって。自分が所詮はただの騎士見習いで、お姫様とはあまりにも身分が違いすぎることも。今の環境でどれだけ努力しても、お姫様に近付くことすら出来ないままだって」
「だから、いなくなったんですの?」
「俺は、親や親族に無理を言って、王族近衛騎士の養成所へと進みました。家族や親族からは、無謀すぎる挑戦だって思われていたようですが。近衛騎士になれれば、いずれは転属を願い出て、そのお姫様の傍で働けるようになるかも知れないと思っていました」
「あのとき、突然居なくなったのは、養成所へと入学したからなんですのね」
リュンヌは頷く。
「でも俺は進学して、回りが次々と脱落する中でも食らいついて。それで、どうにかこうにか、王子殿下の近衛騎士の一人となれました。そんな頃です。そのお姫様が、王子殿下の婚約者となった。俺は嬉しかった。そのお姫様が笑っているのを見ることが出来て。そして、自分もそのお姫様を守るという夢が叶えられたのだから」
「ごめんなさい。それは、気付きませんでしたわ」
「無理もありません。だって俺は、本当に近衛騎士の末席で。遠目であなたを見ているだけだったから。それに、離れて何年も経っていたのだから、当然姿も大きく変わっていたはずです」
「そうね。面影はあったのでしょうけど、それだけの月日が経っていましたものね」
「歳が近かったせいか、それでもあのお方とは親しくさせて頂いていました。あの方なら、きっと姫様を大事にしてくれるって思っていた。そしてきっと、俺はこれからもこうして生きていくと思っていた。しかし、あの結婚式であのお方はあなたを刺し殺した」
そのときの事を思い出し、ソルの手がリュンヌの服を掴んだ。
「あなたが倒れた後、俺は反射的にあの方に斬りかかっていました。無我夢中で剣を振って、あの方の盾となった仲間を何人も傷付けて。彼らの命は無事だったらしいけれど、その後も騎士として生きられたかどうかは分からない」
「あなたのその時の声、聞いたような気がしますわ。そう、最期の瞬間に聞こえたあれはきっとあなただったんですのね。何て言っていたのかも、よく聞こえませんでしたけれど」
「取り押さえられる中、俺は致命傷を負いました。死の間際に、あの方からあなたを守るように頼まれました。今となっては、あの方は分かっていたのでしょう。どうして俺があの時、あんな真似をしでかしたのか。だから、そんな頼みをしてきたのだと思います。我ながら、気付くのが遅すぎたと思いますが」
「だから、黙って消えようとしたんですの?」
「はい。これが、俺のケジメだって。だってそうでしょう? 俺はどう言い訳しようと、貴女を守れなかった男なんだから。それに貴女が誰かと結ばれて、それでも俺のような男と親しくしているというのなら、貴女の立場が悪くなる。そんな繋がりは、きっぱりと断った方が良い。俺も貴女が幸せならそれで、きっと今度こそ誰かを想えるようになれるって思っていましたから」
「本気で、そんな馬鹿なことを思っているんですの? 私が何度あなたを喚ぼうとしたと思っているんですの? その声まで無視して、どこかへ行くつもりだったんですの?」
リュンヌは力無く首を横に振る。
「本気で遠くへ行こうと思っていました。でも、駄目でした。この世界に来てから貴女との思い出を思い出していたら、足が動かなくて。でも、いつまでもこうしているわけにもいかないと、さっきの最終便に乗ろうとしたら。貴女に見つかってしまった。本当に、馬鹿だよな俺って」
「まったくですよわよ」
「貴女の声は、聞こえませんでした。嘘じゃありません。でも、俺のことをこうして話しても呪いが発動しないあたり。きっともう本当に『終わった』んだろうと思いうます」
「そうなのかも知れませんわね」
「きっと俺達は、これから罰を受けるんでしょうね」
「そうでしょうね。最期にあなたとこうして会えてよかったけれど。この時間だけは、残されていてよかった」
リュンヌは強く、ソルを抱き寄せる。
「ナビキャラとして徹しようと思っていました。でも本当は俺、ずっと貴女をこうしたかった。心から貴女を愛しています」
「ありがとう。私もよリュンヌ。あなたさえ傍に居てくれたなら、私はそれだけで幸せになれます」
ソルは目を瞑って、軽く唇を突き出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
白い霧の中。
「生憎と私は、目的と手段を取り違えるほど愚かではないつもりでね。ソル=フランシア。君をこの世界に転生させた目的は君の魂の浄化だ。その目的が果たされている以上、地獄に送る理由が無い」
二人が唇を重ねる様子を覗き見ながら、"裁定を下す者"は独りごちた。
実験は成功だ。この世界構成の有効性が確認されたことに、"裁定を下す者"は満足げに頷く。同じような他の魂も同じ結果になるとは限らないし、また確認しなければならないサンプルはまだまだ幾らでもあるが。
「とはいえ、罰は受けて貰う事になるがな。本来なら君達は、成功報酬として幸せな未来が約束されていたことになる。しかし、それは無い。これから先、君達は私達の干渉が無い、不確かな運命の中を生きていくことになる。精々、足掻きながら生きるがいい」
だがこの二人なら、この先どんな未来が待ち受けていたとしても、何とかするのだろう。
そんな事を思いつつ"裁定を下す者"は苦笑を浮かべた。
―END―
ソル「見つかって良かったですわ」
リュンヌ「すみません」
ソル「懸賞金を払わなくて済みますもの」
リュンヌ「全国指名手配っ!?」
ソル「ええ。アストル達に頼んで準備済みでしたわ」
リュンヌ「非道くないですか? 俺、何も盗んだりしていないのに」
ソル「何を言っているんですの? あなたは、大変なものを盗んでいきましたわ」
リュンヌ「?」
ソル「私の心です」
リュンヌ「言ってみたかったんですね(苦笑)」




