第173話:忍ぶれど
セリオは家出焼いた沢山のお菓子を持って、フランシア邸へと訪れた。
ソルが王都に行ってしまって、ここを訪れる機会が減るかと思っていたが、案外とそうでも無かったように思う。ソルの弟のユテルが、セリオの菓子を気に入って注文してくるので、それを届けに来たりしている。
その他にも、ソルから手紙が届いたときは、こうして招かれたりしている。
庶民である自分が、高貴な人達とこうしてお近付きになるというのは、最初は恐縮することこの上なかったが。ソルを初めとして、気安い感じで接してくれるので、今では大分慣れたと思う。勿論、身分を弁える心構えだけは、忘れる気は無いが。
あと、たまにだがティリアから礼儀作法について教えて貰ったりすることもある。覚えておいて損は無いからと。
自分に使う機会があるのかどうかは甚だ疑問だが、それでもそういうのを覚えたときは、まるで自分もお姫様か何かになれたようで、少し浮かれたりもした。
ただ、ティリアが自分を見る目が、たまに妙に熱が籠もっているような気もする。何かこう、捕まえて逃がさないとでも言いたげな? 多分、気のせいだと思うが。
使用人に、応接間へと通される。
「セリオです。本日は、お招き頂きありがとうございます」
ティリアに教えて貰った通りに、セリオはカーテシーを行った。着ているものは、それこそ庶民的な服ではあるけれど。
「あら、いらっしゃい。よく来てくれたわね。みんな、待っていたのよ。さあ、お掛けなさい」
「はい」
一礼して、セリオは空いた席へと腰掛ける。手にしていた菓子入りのバスケットは、机の上に置いた。隣にはユテルが座っているのだが、彼の隣になることが多い。上座にティリアが座って、ヴィエルとルトゥが隣同士になるのが常だからだ。
ヴィエルとルトゥの関係については、本人達の口からは聞いていないが、互いに好き合っているものだとセリオは確信している。
「もうみんな知っていると思うけれど、ソルから手紙が届いたわ。今日はこれを読みながら、お茶にしましょう」
そう言って、ティリアは手にしていた手紙を開いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ソレイユにいる私の愛しい人達へ
お久しぶりです。
お母様。ユテル。ヴィエル。ルトゥ。そして、セリオ。夏へと近づき日射しも強くなってきた今日この頃、如何お過ごしでしょうか?
私は元気です。お父様も、病気の様子は大分落ち着いて、順調に回復しています。最近は、気が向いたときには散歩にも出かけるようになったみたい。そういうのっていいの? って思ったけれど、ずっと部屋に閉じ籠もっているよりは健康的よね。食欲も戻って来たようです。
この様子だと、あと一、二ヶ月も休んだら復職出来ると思います。復職についてはまだちょっと不安があるようだけれど、少しずつ体を慣らしていけばきっと大丈夫だっていう自信があるようです。
ただ、王都の暑さにはちょっと堪えているみたい。これは、私もだけれど。ソレイユ地方は冬は厳しいけれど、夏は王都に比べたら本当に涼しいかったと思います。夏の間だけでも、そっちに戻りたいとかちょっと思ってしまいます。
アストルとも、互いの絆が日に日に強くなっていっていることを感じています。
この想いを胸にして過ごす毎日は、本当に幸せだと思います。
一緒に乗馬をしたり。図書室で勉強したり。手を握って、寮まで送って貰ったり。そんな、一つ一つの出来事に、胸が温かくなる思いです。
幸せすぎるからでしょうか? たまに、現実感が湧かない気もします。こんな事を考えていたら、何を贅沢なことを言っているんだって、自分でも思ってしまうんですけれどね。まったく私ったら。
そうそう。リュンヌだけれど、彼も元気よ。
騎士学校にはすっかり馴染んで、親しい友人達も出来たみたい。でも、調子に乗るのは困りものよね。リュンヌったら、お腹を押さえてちょっと辛そうな様子を見せた事があってね? 心配して聞いてみたら、友人達とご飯の大食い対決をやっていたんですって。
バッカじゃないの! 本当に、こっちがどんなに心配したと思っているんだか。分かっているのかしら?
あと、ソレイユから来た男二人だからかしらね? お父様と、最近は特に仲良くなったような気もするわ。それはそれでいいことだと思うんだけれど、お見舞いに行ったときも、しょっちゅう剣術とか騎士学校の勉強の内容とか。そんな話ばっかりしているのよ。お父様も好きよね。そういう話。男の人って、みんなこうなのかしら?
そういうときは、少し疎外感を覚えるわ。もうちょっと、構ってくれてもいいじゃないの。言ってもなかなか治らないけど。
本当に、こういうところはいつまで経っても子供なんだから。そんなことで、本当に立派な騎士になれるのかしら?
でも。この前は木に登って降りられなくなった仔猫を助けたりもしたみたい。他にも、一緒にお父様のお見舞いに行く途中でも、前をよく見ないで歩いていた人が私にぶつからないように、さり気なく盾になってくれたり。
こういうところは、騎士らしいかなって思うわね。ソレイユに居た頃も、それなりに頼りにしていたつもりですけれど。
本人に言ったら、どんな顔するか分かったものじゃないから内緒よ? 話すなら、彼が無事に騎士学校を卒業してからにして下さいまし? 約束ですわよ。
それでは、また近いうちに手紙を書くつもりです。
みんなの健やかな日々を祈って。
ソル=フランシアより
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ティリアが手紙を読み終えて。
少年少女達は、口をつぐんだ。
「あら? みんなどうしちゃったのかしら? そんな、黙っちゃって」
「いや、その。別に――」
「何かあるっていうわけじゃ。ないんですけど」
「ただ、何となく?」
「ねえ?」
彼らは互いに顔を見合わす。みんな、似たような表情を浮かべていた。
「リュンヌは、やっぱり王都でもソルお姉様の騎士みたいなんだなあって」
「そうだね。私達も、二人が外出して並んで帰ってくるところを何度も見たことあるけれど。きっと、あんな感じなのよね」
ルトゥとヴィエルが呟く。
その様子に、セリオも苦笑した。
「ヴィエル様とルトゥ様もなのですね。私も、学校でそんな様子はよく見ました」
その様子を見ているから。あのとき自分の想いを諦めることにしたのだと、セリオは自分に言い聞かせる。
「この手紙さ。リュンヌについての内容多いよね。それも、遠慮が無いし。姉さんって、リュンヌに対しては特にそんな感じなんだよな。気を許しているっていうか」
だからどうした。という結論だけは、彼らも口に出さないが。
そんな彼らの様子を眺めて、ティリアは柔らかく笑みを浮かべた。
「心配しなくても、きっと大丈夫よ。あの子達ならね」
愛おしそうに手紙を撫でてから、ティリアは手紙を便箋の中へと戻した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
王都の外縁部にある乗合馬車の待合場所にて。
リュンヌはベンチに座って、手にした切符に目を落としていた。
行く当てについては、特に決めていない。この切符も、この乗合馬車から出る便の中では一番遠くに行くものを選んだ。
行き交う人々の足音を聞きながら。リュンヌはこの数年の思い出に浸っていた。ソルと過ごして楽しかったことも、苦しかったことも、悲しかったこともある。けれど、そのどれもが、懐かしい思い出に思える。
しかし、それももう終わり。ナビキャラとして転生した自分にはもう、彼女の傍にいることは出来ないのだ。そういう役割なのだから。
"さようなら、ソル様。お別れです。どうか、いつまでもお幸せに"
乗合馬車が、リュンヌが座るベンチの前に停まった。




