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第172話:たとえこの先がBAD ENDだとしても

 薄々、嫌な予感はしていた。

 選択可能な殿方の中から誰かと結ばれれば、その後は二人の幸せな未来が約束される。それは、そういう運命として決定されていたのだ。

 それと同じように、誰とも結ばれることがなければ、相応の罰が下される。これも、そういう運命として仕組まれていたという話なのだろう。


 アストルと別れることに、何の覚悟も無かった訳ではない。必ず、何らかの報いはあると思っていた。それこそ、今度こそ地獄へ落とされることすら、覚悟していたつもりだった。

 けれど、せめて一目くらいは。この想いを彼に伝える時間くらいは貰えるだろうと。そんな事を期待していた。


 甘かったのだと思う。

 もぬけの空になった部屋の中を眺めて、ソルの目から涙が零れる。

 これこそが、罰だというのなら。どんな地獄の責め苦よりも辛い仕打ちだと思った。そう思わせることが狙いだというのなら、"裁定を下す者"の判断はこれ以上無く的確だと、心の中で言ってやる。


「私は、やっぱり許されないんですの?」

 虚空を見上げ、ソルは呟く。しかし、その問い掛けには、誰も応えなかった。

 乾いた笑いが、ソルの口から漏れた。


「リュンヌ。あのときも、あなたはそうでしたわよね」

 古い思い出をソルは思い出す。思い出すと今でも胸が締め付けられる。当時の痛みはまだ、忘れることが出来ていない。

「あのときも、あなたはそうして、突然に姿を消しましたわね」

 俯きながら、ソルは拳を握りしめた。


「あのとき、私がどんな気持ちだったか? あなた、分かっていまして?」

 ソルは、リュンヌの顔を想像する。想像のリュンヌは「分からない」と苦笑してきた。

「そうでしょうね。あなた、私の気持ちなんて分からないわよね。いつもいつも、無神経な冗談ばっかり言っていたんですもの」

 でも、そんな無神経な冗談が好きだった。


「でもね? 私はまたきっと、あなたに会える。そんな希望を抱き続けていたんですのよ。きっと、あなたの体の調子が悪いだけだとか。すぐにまた姿を見せてくれるようになるとか。心配して。そんな風に考えて、待っていたんですのよ? その希望が、段々とすり減っていくのが、どんな気持ちか分かっていまして?」

 だからいつか、この恨み言も伝えてやりたいと思っていたというのに。


「ねえ? あなたがいないと。私がどうなってしまうか。考えたことありますの?」

 この先の未来をソルは想像する。それは、とても口に出来ないほどにおぞましいものだった。

 ソルは自身の体を抱き締める。全身を震わせるこの感情が、溢れ出ないように、抑え込んだ。


「また、繰り返せと言うんですの? また私に、あんな女に戻れと言うんですの?」

 この世界へ生まれ変わって生きて。それこそ本当に、今では心から生まれ変わることが出来たと思えるようになってきた。もう、昔の自分とは違うと思っていた。


 「お変わりになられましたね」と、リュンヌにも言われたことがある。ベリエが肖像画を描きに訪れたあたりの頃の話だ。自分では、あまりそうは思っていなかったけれど。それでも、言って貰えて嬉しかった。自分をそうやって、見てくれているというのが分かったから。

 だからきっと、そこまで至れたのも、傍にいつもリュンヌがいたからだろうと思う。彼がいつだって、何があっても傍にいて守って味方でいてくれるという。そんな安心感があったからだ。


 ソルは首を横に振る。

 もう、昔の自分に戻るのは嫌だと思った。

 あの時のことを後悔していたけれど。また同じ事を繰り返して、後悔することを選ぶというのなら、それこそ自分は何も変わっていない。


「冗談じゃ、ありませんわ」

 あの時は諦めた。諦めてしまったから、後悔することになった。

「そうよ。私は変わったんですのよ。後悔してそこから学ばないほど、愚かな女じゃないんですのよ?」

 ソルは顔を上げた。涙を腕で拭って、無人の部屋を睨む。意を決して、立ち上がる。そうだ、ここでめそめそといつまでも泣いているなんて、自分らしくない。


「冗談じゃありませんわっ! ええ、巫山戯るんじゃありませんわよっ! 今度こそ。絶対に捕まえてみせます。たとえそれが世界の果てだろうと。あの世の果てだろうと。お仕置きしてあげるんだからっ! 覚悟なさい!」

 無人の部屋に背を向けて、ソルは外へと駆け出した。

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