第170話:とある報われない恋の結末 -エリアナ-
ソル「ほーお、それで次回からは誰がこのソル=フランシアの代わりを務めるんですの?」
ソル「まさか、貴女の訳は無いですわよね?」
静かに、エリアナは部屋へと入った。
王城の端にあるその一室は狭く、窓も一つしか無い。急なことで、用意出来るのがここしか無かったと使用人から説明された。ソル=フランシアの遺体はそこに置かれたベッドの上に寝かされていた。。
彼女が吐いた血は、既に口元から拭き取られていて、その表情もまるで眠っているかのようだった。
しかし、顔や腕は真っ白に血の気が無く、彼女がもう死体であることを如実に語っていた。
老執事の助言通り、エリアナはアストルに何も声を掛けなかった。彼の言っていた通り、アストルの落胆は大きく、とても声を掛けられるような様子ではなかった。
だから、黙ってエリアナはアストルの傍に座っていた。きっと今は、どんな言葉も届かないし、痛みに変わってしまう。そんな風に、エリアナは思った。
これが、自分がやったことの結果だというのは分かっている。けれど、悲しみにくれるアストルの姿は、それでもエリアナの胸を苦しめた。こうなるということは分かっていたけれど、彼を苦しめることは本意ではなかったのだから。
そうして、十分ほどしたころだろうか。「ソルの耳飾りを持ってきて欲しい」と頼まれた。
死体のところへ行かせるなど。到底、うら若き少女に頼むような話ではない。それはアストルも分かっていて、彼も詫びてきたが。「頼めるのが君しかいない」と言われては、断りようが無かった。それに実際、使用人達は事件の収拾に追われていて、頼めるような人間もいない。
実際に目の当たりにすると、死体が思っていたよりは恐いものではなかったことに、エリアナが微かに安堵する。
首を横に振る。
それ以上に。これでもう本当に終わったのだと、張り詰めていた緊張の糸が解けるのを彼女は自覚した。ソルの元へと近寄る。
「全部、貴女が悪いんですのよ。貴女が、身の程を弁えないから。こういうことになるの」
何も言わないソルへと、エリアナは語る。
「私はね。アストル様が好き。子供の頃から大好きなの。付き合っていたこともありましたわ。あの人だけが、私の生き甲斐でしたの。貴女には分からないでしょう? 私が、どんな気持ちであの人を慕っていたか。いいえ、慕っているのか」
そうだ。分かるわけが無い。この想いの深さだけは、誰にも負けないという自負が彼女にはあった。
「それと貴女、気付いていまして? リュンヌ=ノワール。彼、貴女のことが好きでしたのよ? 本当の本当に、気の毒なくらい心の底から貴女のことを愛していましたわ。あの人は意固地に否定していましたけれど、私の目は誤魔化せませんわ。貴女が喜んだこと。貴女に迷惑を掛けられたこと。貴女と喧嘩したりしたこと。そんな、貴女との思い出を何から何まで掛け替えのないものだと大事に覚えていて。あんなにも楽しそうに語っていて。それで、想っていないなんて、自己欺瞞が過ぎましてよ。まったく」
もう二度と見ることは出来ない、リュンヌの笑顔を思い出して、エリアナは苦笑した。
「貴女に飲ませた毒。それね、リュンヌに盛ったものと同じものなんですの。お揃いですわね」
だから、よくお似合いだと。そんな風に思って、エリアナは微笑んだ。
「さようなら。ソル=フランシア。あまり長くここにいると、怪しまれますから私はそろそろお暇致しますわね。貴女は、大丈夫ですわ。あの世に行っても、貴女のことを心の底から愛してくれる殿方がいるんですもの。だから、今度こそ彼の想いに気付いてあげなさい。そして、お幸せに。これは、外させて頂きますわね。あの人が今、どうしても貴女を偲ぶのに必要だって頼むんですもの」
腰を曲げ、エリアナは手をソルの耳へと伸ばした。この月婚の証を外せば、もう本当に二人はそういう関係ではなくなる。そんな意味を持つように、彼女には感じられた。
と、エリアナは違和感を感じた。
指先に触れるソルの耳が、まだどこか、熱を持っているような気がする。そんなはずは無いし、指先だけでそこまで確信出来るかというと、気のせいだろうとは思ったが。
しかし、次の瞬間――
「ヒィッ!?」
エリアナは息を飲んだ。
死んだはずのソルが目を開く。そして、エリアナの手首を掴んできた。
エリアナは思わず悲鳴を上げようとしたが、それも出来ない。
手首掴むどころか、ソルはエリアナの筋の間に指を突っ込んでぐりぐりと食い込ませてくる。
痛みと恐怖で、エリアナは悶えた。抵抗しようとするが、激痛でそれも上手くいかない。
「まったく。物言わぬ被害者を前にして、色々と白状するなんて。あなた、どこまでお約束に忠実な真似してくれるんですの?」
本当に呆れたと、ソルは溜息を吐きつつ。上半身を起こした。自然、それに引っ張られる形でエリアナの腕は余計に捻れ、彼女の表情がより大きく歪む。
「あ、貴女。どうして? 死んだはずじゃ?」
ソルは半眼を浮かべる。
「貴女の企みなんて、最初から全部お見通しなんですのよ。どこからどういう手口で、私に毒を盛ろうとしたのか。計画全てがね? 証拠の品も、今頃は回収されていますわ。まあ、そんな素直な貴女だからこそ、読み易かったんですけれどね」
「嘘よ。どうして。だって、血を吐いて――」
「あれは、ただの吐き薬ですわよ。チノイチゴを使った特製の。この白い顔も、お化粧。ああでも、やっぱりこれ気持ち悪いわね。色々と我慢するの大変でしたわ」
ソルは吐く真似をしてみせた。
「そんな、馬鹿なことが」
ソルは大きく溜息を吐く。
「馬鹿なのは、あなたの方でしてよ。大人しく、観念なさい。そうすれば、悪いようにはしませんわ」
「嫌よっ! 絶対に嫌っ! 許さない! こんなの、絶対に許さないっ! 殺す。もう一度、今ここで貴女を殺して差し上げます。そうすれば――」
「駄々を捏ねないの。良い子だから。こらっ! 暴れないの」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、エリアナは何度も体をよじらせる。
「そこまでだっ!」
部屋のドアが開いた。
アストル、リオン、アプリル達が部屋へと入ってきた。
アストルの姿を見て、エリアナの表情は絶望に染まった。わなわなと唇を震わせながら、首を横に振る。
「もう、よすんだエリアナ。頼むから、大人しくしてくれ。君の気持ちは分かった。痛い程に分かった。だから、もうこんな真似は止めてくれ」
「そんな。そんなの」
「エリアナ。諦めなさい。これが、貴女の結末なのよ。もう、どうしようもないの。分かりますわよね?」
エリアナの力が抜ける。彼女はがっくりと項垂れた。
そう、彼女が観念した様子を見て、アストル達もまた、エリアナへと近付く。
「ごめんなさい」
「ちょっとっ!?」
不意に、エリアナは腕を振り解いた。ソルはしまったと、顔をしかめる。彼女が大人しくなったことで、手の力を緩めてしまっていた。
「エリアナっ!」
「来ないでっ!」
エリアナは、部屋の奥。窓際まで逃げた。
「無駄な抵抗は止めなさい。貴女に逃げ場なんて、ありませんわ」
冷静な口調で、ソルはエリアナに告げる。
「ふ、ふふ。そうですわね。もう、本当に私は、これじゃあ。お終いですわね。何もかも、お終いですわ」
笑いながら、エリアナは泣いていた。
彼女は腕を伸ばして、窓の鍵を開けて、開く。
「馬鹿なことを考えるのは止めなさいっ! ここが何階だと思っていますの? 危ないですわよっ!」
その意図を察して、ソルは叫ぶ。
冷えた夜風が、部屋の中へと流れ込んできた。
エリアナの鬼気迫った表情に、アストル達の足も止まる。
「エリアナ」
訴えるようなアストルの声に、エリアナは笑う。
「アストル様。お優しいですね。こんな私でも、まだ心配してくれるんですのね」
「当たり前だろう。だから、おかしなことを考えるのは、止めるんだ。こっちに来てくれ」
「嬉しいですわ。あなたがまだ、私のことをそれだけでも、少しでも想ってくれているのが分かって。それだけで、もう私は充分。幸せな気持ちになれます。でも、本当に、ごめんなさい」
「エリアナっ!」
"あなたを愛しています"
そう、唇を動かして。
エリアナは窓の外へと身を投げた。
アストルの悲鳴を聞きながら。その意味を噛み締めつつ。幸せな気持ちを抱えたまま、エリアナの意識は闇へと溶けた。




