第169話:夜会
【個人的な連絡です。お目汚し失礼しました】
某チャットが急に閉鎖されてしまった件について。
このメッセージに心当たりのある方は、自分宛にX(旧Tiwtter)か、なろうのメッセージへご連絡をお願い致します。
新しいチャットを用意しています。本人確認が取れましたら、招待URLを送らせて頂きます。
リコッテが言っていた通り、アストルはソルのために夜会を企画した。表向きの目的は、王都に訪れて仕事に励む貴族達の慰労と交流ということになってはいるが、これがソルの為であることは、間違いない。
リコッテと絶交してから、数日後にはエリアナにも夜会への招待状が送られてきた。その招待状も、アストルからの手渡しで渡されたわけでもなく、内容も事務的な代物だった。それが、自分はもうアストルにとって何ら特別な存在ではないという現実を思い知らせてくるようで、心が抉られた気がした。
これが、少しでも自分のことを気に掛けてくれた態度であったなら、まだ少しは心が慰められたのにと、エリアナは思う。
夜会の中で、エリアナは壁際に置かれた長椅子に座りながら、目の前で談笑し酒や料理を楽しむ参加者達を眺めていた。彼らの中に入っていくような気分にはなれなかった。
エリアナは苦笑を浮かべる。
懐かしい話を思い出した。
そう、思えば子供の頃もそうだった。
両親に引っ張り出されて、夜会に参加しても、周りに居るのは大人ばっかりで。顔見せのために挨拶したら、後はもう自分は用無しだと言わんばかりに、大人達ばかりで話をして。やっと話が終わったと思ったら、次の大人のところへ向かってその繰り返し。
退屈極まりないし、何よりも疲れた。
そうやって連れ回されてくたくたになって、こうして長椅子に座って夜会が終わるのを待っていた。
ただまあ、少なくとも、この夜会にはそんな不幸な子供がいない。それだけは、いいことだ。そんな風に、エリアナは思う。
エリアナは、長椅子の縁を撫でた。ひょっとしたらこの長椅子は、あの頃に座っていた長椅子と同じものかも知れない。
アストルと出合ったのも、そういう夜会でのときだった。
疲れて、こうして長椅子に座っていたところに、同じく疲れた顔をしたアストルが来たのだった。
初めて夜会で同世代の子どもを見掛けて、話し相手になってくれるかも知れないと、期待した。でも、それが男の子で、どう話を切り出したらいいのか分からなくて、困った覚えがある。
隣に座るアストルを何度も横目で様子を伺いながら、長く俯いていた。
アストルの方も同じだったのか。なかなか、何も言い出さなかった。確か、最初に出てきた言葉は「勝手に隣に座ってすまない」といった、そんな謝罪の言葉だったように思う。
でも、そんな言葉でも、掛けて貰えて助かった。きっと、この子も自分と同じで疲れていると思ったから。訊いてみたらやっぱり同じで、そこからは色々と仲良く愚痴っていたように思う。
不思議なもので、ついさっきまではあんなにも疲れ切っていて、時間が全く進まないように感じていたというのに。アストルと一緒に話をしていると、あっという間に時間が流れすぎてしまったように思う。あの日の帰りは、本当に名残惜しかった。
「ひょっとしたら、私はあの頃から何も変わる事が出来ていないのかも知れませんわね」
思い出の中の光景と、同じものを見ながら、エリアナは独りごちる。結局は、内気でこうして人の中に入れない自分のままなのではないだろうかと。
しかし、あの頃と大きく違うことが、一つある。
アストルが、隣にいない。
アストルはソルをエスコートして、彼女を様々な貴族達へ紹介していた。ソルもまた、彼の隣でにこやかに笑っていた。まるでもう、リュンヌが死んだ傷は癒えた。そうにしか見えないほどに、幸せそうな笑顔だった。
本当ならば、その場所には自分がいるはずだったのにと、虚ろな視線を向けながら、エリアナは思う。
エリアナは、溜息を吐いた。
"どうして、こんな事になってしまったのかしらね?"
そんな思いが。もう何度繰り返したか分からないが。浮かんで消えない。
アストルから告白されたときは、嬉しくて堪らなかった。あの時の喜びをどう表現したら良いのか、今も分からない。
月婚の儀は、二人ともまだ幼いからやれなかったけれど。内緒で片翼の鳥の装飾品を持つ事で、それを二人の愛の証とした。いつ如何なるときも、支え合って生きていく。そんな関係になることを誓った。
それからの数年間は、本当に幸せだった。
厳しい勉強も、習い事が続く日々の中。励まし合い、支え合いながら生きてきたつもりだった。アストルと一緒だと思えたから、そんな日々でも幸せだと思えた。
でもそれが、突然に終わった。
アストルから、一方的に別れを切り出された。
理由は、まるで分からなかった。勿論、彼にも訊いた。しかし、はっきりとした答えはくれなかった。自分のどこが悪かったのか。それがあるなら直したかったし。気に触るような真似をしていたというのなら、謝りたかった。
それでも、彼は何も言ってはくれなかった。嫌いになったわけじゃないとだけは、言ってくれたけれど。それも、どこまで本当なのかは分からない。
でも、自分はやはり彼には相応しくないと、彼自身か。あるいは彼の周囲の人間に思われたのかも知れない。そう、考えた。自分のように根暗で内気な、そんな女が王妃に相応しいかというと、なるほど確かに問題に思えた。
だから、変わることにした。もっと表に出て、存在感を出し学業も優秀で美しくなって。そんな、誰から見ても、彼に相応しい女になろうと決意した。
学校の成績も、トップクラスまで上り詰め。生徒会長にもなった。実験台という言い方では悪いが、友人達に恋人を作らせ、恋愛に対する知見だって深めていったつもりだ。また、彼女らによって、様々な情報だって手に入れられるようになった。
家の仕事ですら、手伝いという名目から徐々に手を付ける範囲を広げ、両親から実権を奪い、そのほとんどを手中に収めている。
自分は、力を付けることがで来た。そう、自信を持ち始めていたつもりだった。これなら、きっとまたアストルは自分に振り向いてくれる。そんな風に、期待していた。
その矢先だ。ソル=フランシアとかいう田舎貴族の娘が現れたのが。
「それが? こんなの、許せるわけがないでしょう」
薄く、エリアナは冷ややかな笑みを零す。
それを切っ掛けとしたかのように、夜会の会場は突然にざわめき立った。
エリアナの視線の先で、ソルが口元に手を当てた。ふらりと、その頭が揺れる。
その口元から、赤い血が筋となって流れ落ちた。
ソルが、その場に崩れ落ちる。
「ソルっ!? どうしたんだソル? ソルっ!?」
ぐったりと横たわる肩を掴んで、アストルが半狂乱になって叫ぶ。
その様子を見て、参加していた女性から悲鳴が上がった。
医者を呼ぶ声が、会場に響いた。
その様子をエリアナだけは、楽しげに眺める。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ソルが会場から運び出されて、数分もした頃。
彼女が死んだと、会場にいる人間達に伝えられた。
事件によって誰も出ないように言われている中。そんな話が出てきたことで、会場内は大きく混乱した騒ぎが起きる。恐怖する者。怒鳴る者。呆然とする者。その反応は様々だ。
その様子は、人間観察のサンプルとして興味深いと、エリアナはふとそんな事を思った。
この騒ぎの元凶。ソルの殺害。それは勿論、エリアナの仕業だった。
この夜会で、ソル=フランシアという女の存在を広く植え付ける。リコッテには釘を刺されたが、そこまで狙いが分かっていて、止まるという選択肢はエリアナには無かった。
勿論、リコッテの裏切りの可能性。それが無くても、こういう暗殺に対して警戒されている可能性というものは、エリアナも考えていた。
しかし、それでもなお、リコッテから夜会の計画を聞かされてから半月以上の猶予があったのだ。計画も準備も、余裕があって余り有る。
協力者。といっても、彼らも計画に荷担していたことなど何も知るよしは無い。そういう風に計画を練った。だから、口封じや情報漏洩といった、そういうリスクを負うことは考えなくていい。
万一、リコッテが裏切ったとしても、自分によるものだという証拠は無い。自分が犯人だと、足が付くことなど有りはしないのだ。
「エリアナ様」
不意に、声を掛けられた。
エリアナが隣を見ると、見知った顔がそこにはあった。子供の頃からの付き合いだ。アストルに使えている老執事だった。
「大変に恐縮なのですが。もし、よろしければ殿下のお側に来て頂けないでしょうか?」
「私が、ですの?」
老執事が頷く。
「エリアナ様と殿下のことは、私も少しは存じ上げているつもりです。エリアナ様にしてみれば、殿下に対して複雑な感情もお持ちかも知れません。ですが、殿下のご様子は心痛余り有る状態にございます。昔馴染みの方に、寄り添って頂ければ、それだけでも少しは殿下の心の救いになるやも知れないと愚考した次第でございます。どうかお願い、出来ないでしょうか」
深々と、老執事は頭を下げてくる。
「お願い致します。エリアナ様にしか、頼めない事なのです」
自分にしか、出来ないこと。
身が震えるような感情が、エリアナの全身を駆け巡る。
「分かりましたわ。私でよければ喜んで」
エリアナは、優しく笑みを返した。
エリアナ「勝ったっ! 王太子編、完!」




