第167話:さよならリュンヌ=ノワール
エリアナがリュンヌへ、毒入りのクッキーを使用人に届けさせた翌日。
「リュンヌ=ノワールが死んだ?」
エリアナの元へと訪れたアシェットは、そう報告してきた。
「それは、確かなの?」
「確かな話です。お疑いでしたら、他の方にも聞いてみては如何でしょうか? 私は気に致しません」
実際、騎士学校そのものには協力者は仕込むことは出来ていないが、近衛騎士の方の情報は手に入れられる協力者いる。ならば、そちらから確認は出来る。そう、エリアナは判断した。
手を下してしまえば、あまりにも呆気なく人の命を奪えてしまった。そんな風に、エリアナは思い――
「ふっ。ふふっ。うふふふふふ」
そう思うと、彼女の口から笑い声が漏れた。
「そう、死んだの。リュンヌが? へえ? ああそう。へえ」
愉快だと思った。本当の本当に、愉快だと思った。
「そうねえ。そういえば、確かに今日はあのソルの姿も学校で見掛けませんでしたわ。つまりは、そういう事でしたのね」
「そうですね。聞くところによれば、彼とは幼少の頃から家族同然に過ごしてきた仲だったそうですから。そんな人間が死んだとあっては、流石に平気な顔で学校に来ることは出来ないでしょう。ましてや、今は彼女が」
「でしょうね。全く、身の程を弁えないから。そういう事になるんですのよ」
だから、リュンヌが死ぬことになったのも、ソルのせいなのだ。エリアナは、頭の中でソルにそう言ってやる。
「それで? 彼の葬儀はいつになるのかしら?」
「申し訳ございません。まだそこまでは把握しておりません。というより、まだ決まっていないようです。とはいえ、通例であれば明後日になりますね」
であれば、創陽日。学校も休みだ。
「そう。何時くらいになりそうか、分かったら報告なさい」
「何か、気にする必要が?」
「別に。いいでしょう? 何か問題ありまして?」
「いいえ。ご要望とあれば、喜んで」
恭しく、アシェットは一礼した。
「ところで、先日に見掛けた猫はどうされていますか? ご入り用でしたら、評判の猫用グッズを紹介させて頂こうかとも思っていたのですが」
「猫? ああ、猫。そうね」
エリアナは、微苦笑を漏らした。
「残念だけれど、それにはもう及びませんわ」
「どういうことでしょうか?」
「あの子はもう、いませんもの」
エリアナは口元に手を当てて。再び、くすくすと愉快そうに笑った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リュンヌが死んだと聞かされてから三日後。
アシェットが報告した時間通りに、彼の葬儀は行われた。
墓地の外れ。柵を隔てた外に馬車を止めて、その中にエリアナはいた。カーテンの隙間から、オペラグラス越しに墓地の様子を眺める。大粒の雨が降り注いでいるせいで、あまりよく見えないのが、もどかしい。
教会から、リュンヌの遺体が入った棺が運び出されてくる。その傍らで、ソルが目を真っ赤に腫らしながら涙を流していた。アストルに肩を抱かれ、支えられながらゆっくりと歩いていく。
未だ仕事に出られない状態のエトゥルも、今日ばかりは病室を出て葬儀に参加している。彼もまた、両手で顔を覆い、涙を流していた。リュンヌは、彼にとっても息子同然の存在だったのだろうと、エリアナは考えた。
「リュンヌ。あなたとは、もう少し別の形で会いたかったですわね」
好きだった。
恋愛感情には至っていないと断言出来るし、今も自分の心はアストルにあると言い切れるつもりだ。あくまでも、友人として好感を抱いていた。
けれど、もしもアストルとまだ出合っていなかったなら。そういう感情も抱いていた可能性が、あったかも知れない。そんな風に、思う。彼と一緒に居た時間は、楽しかった。
しかし、そんな彼もまた、ソルを愛していた。本人がどれだけ否定しようと、それだけは確かだと言い切れる。
「それが、ソル=フランシア。あなたでなければね。本当に、あなたという女は、どれだけ私が欲しいものを手に入れたら気が済むというんですの」
思わず、エリアナは舌打ちした。
そして、大きく息を吸って、心を落ち着ける。
目を瞑って、リュンヌのために祈りを捧げる。これは、謝罪ではない。ただ、彼の命を奪った人間としての義務だと思ったからしたまでのことだ。
「もういいわ。出して頂戴」
御者がその声に応え、馬車はその場から動き出す。
エリアナは、薄く笑みを浮かべた。
さようなら、リュンヌ=ノワール。安心なさい。すぐに愛するソルもそちらに向かわせますから。




