第三十六話 幸せのハンバーグ
「サツキィ! 遅かったわねぇ! もう宴はたけなわよっ!」
わたくしが家の中に戻ってみると、真っ赤なお顔のウヅキお姉様が、お酒の瓶を振り回してお叫びになられました。
ウヅキお姉様はふらふらとした足取りでこちらにやってきます。
「さ〜あ、遅れてきたーっ! 悪い妹にはっ? 駆け付け三杯よっ!」
ウヅキお姉様は、ろれつの怪しい話し方でわたくしにお絡みになります。
そして、わたくしに空のグラスを無理やり持たせると、そこにお酒を注ごうとなさいました。
ですが、瓶は空でした。
ウヅキお姉様が瓶をいくら傾けてもお酒は出てきません。
「あははっ! あははははっ! あはっ! 空よ! 空じゃないのよ! サツキったら、いつの間に飲んじゃったの?」
ウヅキお姉様は笑いながら瓶を床に置き、わたくしの肩をパシパシお叩きになられます。
わたくしが対応に困っていると、彼女は大きなアクビをして目をトロンとさせました。
そして突然、わたくしの腰に抱きついてきたかと思うと、
「ねむい~、ねむいわ! セバスチャン! 抱っこ!」
と、おっしゃるのですわ。
ウヅキお姉様は、わたくしをセバスチャンさんと勘違いなさっているようです。
わたくしに抱きついた彼女は目を閉じると、やがてスウスウと寝息をたて始めました。
彼女は夢の世界にお旅立ちになられましたわ。
ウヅキお姉様は、お酒を飲んで酔っていらっしゃったのです。
ですがウヅキお姉様はお子様です。
お子様はお酒を飲んではいけないのですよ!
「お子様がお酒を飲むのを、なぜ止めなかったのですか!」
わたくしがテーブルの方をキッと睨むと、皆さんサッと目を背けます。
わたくしはリオン様に詰め寄って叫びます。
「リオン様! リオン様が一番年上なのだから、きちんとお子様を見ていないとダメではないですか!」
「いや、一番年上なのはエミリー嬢――」
その瞬間、リオン様の背後にエミリーさんがスッと立ちました。
命の危険を感じたリオン様は、頭を振って言葉を濁します。
そして「済まなかった、私の不注意だ」とおっしゃいました。
わたくしはリオン様にガミガミとお説教を開始します。
わたくしのお説教はとどまることを知りません。
彼には普段から小言を言われていますが、その仕返しというわけではありませんわよ?
わたくし達の様子を見ていたクコロお姉様が、遠慮がちにおっしゃいます。
「サツキ、私達もウヅキが飲むのを止められなかったし、リオン様だけのせいじゃないわ」
「どういうことですかっ!?」
わたくしがギロリと睨むと、クコロお姉様は後ずさりながらもおっしゃいます。
「いや、あの、ウ、ウヅキは一番にこの部屋に入ってお酒を飲んでいたのよ! 私達が入ったときにはもう出来上がっていたわ。私達がウヅキに注意しても、彼女は『いいのよ! 今日はセバスチャンがいないから飲酒してもいいの』って言ってきかなかったから……」
なるほど、誰かが止める間もなく飲酒されていたのですね。
ウヅキお姉様にいつも付きっきりの執事セバスチャンさんがいらっしゃらないので、彼女を止めることができなかったということですか……。
そういうことなら仕方ないですね。
わたくしはエミリーさんにお願いして、ウヅキお姉様を客室へ運んでいただきました。
ウヅキお姉様は「うーん。セバスチャン、抱っこ!」と寝言をいいながら退場なさいましたわ。
***
さて、お子様が飲酒するなどというアクシデントはありましたが、気を取り直して、待望の夕食を味わいましょうか!
わたくしはワクワクしながら、夕食が運ばれて来るのを待ちます。
エミリーさんが『ガッツリごはん亭』のハンバーグを、皆さんに配膳してくださいます。
ちゃんとわたくしの分のハンバーグもありました。
良かったですわ! 酔っ払ったウヅキお姉様によって食べられたりしていませんでした!
待望の『女神様もびっくり! とろ~りチーズ in ハンバーグ』を目の前にして、わたくしは姿勢を正します。
そして、ナイフを使い、そのハンバーグに入刀します。
するとハンバーグの切れ目から、驚くような滑らかさで、肉汁とチーズが真っ白なお皿に流れ出しました!
同時に切れ目からは、ホカホカの湯気と、空腹を誘う香りが舞い上がります!
ハンバーグとわたくしの胃。
彼我には絶望的な戦力差が存在しています!
とても抗えませんわ!
……いけません!
わたくし、唾液があふれそうですわ!
早く! 早く! と本能が叫んでいます!
わたくしは切り分けたお肉を、流れ出したチーズと秘伝のデミソースに絡め、それがこぼれないように素早く口に運びました!
すると――
舌の上でチーズとソースが絡まり合います!
お肉を噛むと肉汁が溢れ出します!
とろけるチーズ、コクのあるソース、旨味たっぷりの肉汁!
これらはあっという間に舌を覆い、わたくしの味覚を完全に征服してしまいましたわ!
お、おいしいです……!
感動の一品です!
女神様もびっくりなさるに違いない、最高のハンバーグですわ!
わたくしの手は止まりません!
上品さを最低限保てる速度で、ナイフとフォークを鮮やかに操りハンバーグを口に運び続けます。
そして、わたくしが気づいた時には、お皿の上にハンバーグは存在していませんでした。
その代わりにわたくしのお腹が膨れています。
おかしいわ……。
ハンバーグは、いつの間にわたくしの胃の中へ移動したのかしら?
わたくしがハンバーグを食べている間、時間を感じませんでしたわ。
まさか、このハンバーグには『時空魔術』が掛けられていたのではないでしょうか?
そんな事を思ってしまうほど、わたくしは食べることに集中していたようです。
わたくしがテーブルを見回すと、他の皆さんもハンバーグを食べることに集中していらっしゃいます。
お肉を口の中に運ぶたびに、彼らは笑顔になっていきます。
本当に幸せそうだわ……。
このハンバーグの力は偉大です。
これまであまりお笑いにならなかったツバメお姉様も、ハンバーグをお口に運びながら、にこやかにお笑いになっているのですから!
幸せはハンバーグの中にあったのです!
幸せをお肉の中に閉じ込めた『ガッツリごはん亭』恐るべし。ですわ!
以前『ガッツリごはん亭』に行ったとき、印象に残ったことがあります。
それは、お客さん達の幸せそうな笑顔です。
あんな風にお客さんを幸せに出来る、『ガッツリごはん亭』の料理長さん自身も、きっと幸せな人に違いないのです!
スヴィーニツお兄様などは『天運の短剣』などに頼らず、『ガッツリごはん亭』でお働きになればいいのですわ!
そうすれば、ご自分だけでなく周りの方々も幸せに出来るというのに!
***
皆さん、美味しい料理を食べ終えて、笑顔で談笑なさっています。
そんな中、隣りに座っているリオン様が、わたくしの空いたグラスに飲み物を注いでくださいます。
「こちらの戦力は圧倒的だった。『幸福評議会』恐るに足らず、だったな。だが、これから先もこういう襲撃が何度も繰り返されることが予想される。キミも注意しておきなさい」
リオン様は、先程の防衛戦の感想と、今後の予想をおっしゃいました。
彼の予想にわたくしは首を傾げます。
「どういうことですか? これほど圧倒的な戦力を見せつけたと言うのに、また彼らがやって来るというのですか?」
「いや、『幸福評議会』の連中は力押しの方法を諦めて、別の方法を考えようとするだろうな。また大勢でやって来るとは考えにくい」
「では、いいではありませんか。リオン様は何を心配していらっしゃるのですか?」
すると、リオン様はご自分のグラスにも飲み物を注ぎながら、
「私が言っているのは、スヴィーニツや『幸福評議会』のことではなくて、他の兄や姉のことだ。キミはこれからも兄や姉に狙われ続けるハズだ。ボームやポーム、スヴィーニツは自分の組織を持っていた。王位継承権がさらに上位の兄や姉だって自分の組織を持っているんじゃないのか? そういった奴らにまた襲撃されるのではないか?」
などと、おっしゃるのですわ。
「何をおっしゃるのやら。わたくしの不幸の元凶である、スヴィーニツお兄様の『天運の短剣』を破壊すれば万事解決ですわ。そうすればわたくしは、お兄様お姉様に狙われることもなくなり、平和な日々を過ごすことが出来るはずです」
「キミこそ何を言っているんだ。キミの不幸は『天運の短剣』せいなどではないぞ。現実を見なさい」
リオン様は呆れたようなお顔でわたくしを見て、お続けになられます。
「私も、この家を常に守っているわけにもいかない。買い出しなどの用事で留守にすることも多いからな。そんな時を狙われたらどうする? 今回のように大勢で攻められたらミナヅキ一人ではこの家を守りきれないぞ」
リオン様は、ミナヅキを指差しておっしゃいました。
そのミナヅキは、クコロお姉様とフレア先輩に頭を撫でられています。
彼女達の可愛がりの対象になっていますわ。
ちなみに『魔術クラブ』の皆さんには、トーナメントでウヅキお姉様がミナヅキと入れ替わっていたことは、すでに知られていますわ。
トーナメントで大活躍した魔導人形のミナヅキ。
リオン様はそんなミナヅキでも、わたくしの家を守りきれないとおっしゃるのですわ。
「では、仮定の話をいたしましょうか……。わたくしが『天運の短剣』を破壊しても、意地悪なお兄様やお姉様に狙われ続けると仮定しましょう。その場合、リオン様はどうすべきだとお考えなのですか?」
「うむ、そうだな。理想としては、キミに協力的な『魔術クラブ』の彼らに、この家に住んでもらうことだ。だが彼らにも生活があるので、そんなことは不可能だ。なので、代案としては――」
わたくしとリオン様が話していると、わたくしの後ろにそっと立った人物がいらっしゃいます。
その方が「サツキ姐さん」と背後から声をかけました。
「キャッ!? 誰ですか!?」
わたくしが驚いて後ろを振り向くと、
「あのー、サツキ姐さん。アッシのことをお忘れでは……?」
ブラック商会のホワイトさんが、申し訳なさそうなお顔で立っていらっしゃいました。
……ごめんなさい、ホワイトさん。
あなたのことを完全に忘れていましたわ。




