第三十七話 ぶぶ漬け食べなはれ
「サツキ姐さんの邪魔にならないよう、部屋の隅でずっと待っていやした。なんですが、誰も気づいてくださらねえので、恐れ多いとは思いながらも、こちらからお声がけしたんでさぁ」
ブラック商会のホワイトさんがおっしゃいました。
彼のことを完全に忘れていたわたくしは、頭を下げて謝罪いたします。
「それは大変申し訳ありませんでした」
「いえ。大丈夫ですんで、またアッシの話を聞いておくんなせぇ」
そのようにおっしゃるホワイトさんを、わたくしは手で制止します。
「ホワイトさんに待っていていただいて申し訳ないとは思うのですが、わたくしは、ブラック商会の手助けをするつもりはありませんの。お茶漬けでも食べてお帰りくださいな」
わたくしがそう言うと、それを聞いていたエミリーさんが、ささっとお茶漬けを作ってくださいました。
エミリーさんがホワイトさんにお出ししたお茶漬け。
ソレは、釘が打てるほど固くなって食べられなくなった余り物のライスに、滋養にいいからとシン先輩が下さった『死の山』名産の『涅槃水』を惜しみなくかけ、その上に毒毒しいほど鮮やかな『悪魔の草』をのせたモノでした。
それは、この世に存在しながらも、どこか非現実的な存在感を放っています。
この世の全ての希望と絶望を混ぜ合わせたかのような、お茶漬け。
ソレが食べ物だとは、わたくしには口が裂けても言えそうにありません。
まあ、見方によっては、前衛的な芸術作品と言えなくもありませんが……。
ホワイトさんは、お茶漬けを出してくれた芸術家エミリーさんに会釈しておっしゃいます。
「あっ、どうも。アッシなどのためにわざわざスミマセン。ちょうどお腹が減っていたとこでした」
そして手を合わせて「いただきやす」と呟くと、全くためらうこともなく、それをかっこんでお喰らいになられるのですわ。
彼の自殺行為に、わたくしは驚き、リオン様も眉をひそめます。
エミリーさんだけが、何ごともなかったかのように、笑みを浮かべたまま台所へとお戻りになりました。
ホワイトさんは硬そうなライスをバリボリ噛み砕きながらおっしゃいます。
「サツキ姐さん、アッシもブラック商会自体はどうなろうが構わないんでさぁ。ですが、残された構成員の奴らが路頭に迷うのをどうにかしたいんです。奴らも元々はブラック商会の犠牲者なんですよ。カネを払えなかったり、騙されたりしてブラック商会で働くことになった奴らばかりなんです。要は使い捨てのコマです。まあ、奴らが詳しい内情を知らなかったおかげで逮捕を免れたのは、不幸中の幸いでしたが……」
ホワイトさんのおっしゃったことを、わたくしはほとんど聞いていませんでした。
何故なら、硬いライスを噛んだせいで彼の歯が欠けるのではないかと、わたくしは気が気でなかったのですわ。
ですがホワイトさんは丈夫な白い歯をお持ちだったようで、難なくライスを咀嚼して飲み込みました。
そしてタールのような『涅槃水』をズズズッとすすると、
「ああ〜、こいつは五臓六腑に染み渡りますなあ」
と、しみじみとおっしゃいました。
わたくしがホワイトさんの五臓六腑が溶けてしまうのではないかとハラハラしていると、彼はお椀に残った『悪魔の草』も、箸で摘んで口に入れてしまわれました。
お茶漬けを平らげてしまったホワイトさん。
彼はお椀とお箸をテーブルに置き「ごちそうさまでした」と呟くと、わたくしに真面目な表情を向けておっしゃいます。
「失礼ながら先程のお二人の話を聞かせていただきやした。この家を守るのはアッシらに任せていただけないでしょうか?」
丈夫な五臓六腑をお持ちのホワイトさんは、ブラック商会がわたくしの家を守る、とおっしゃるのです。
「いえ、お気持ちは嬉しいのですが、結構ですわ。構成員の方々に家の周りを取り囲まれるのは、ちょっと……」
わたくしが断ると、ホワイトさんは「その点は大丈夫ですぜ」とおっしゃいました。
「サツキ姐さんの家の周りを、大勢でうろつくのは地域の皆さんの邪魔になりますんで、この地域を治安パトロールするという形でお守りしたいと思っていやす。もちろん、有事の際には、サツキ姐さんのお家に駆けつけますぜ」
「ですがブラック商会の悪名はこの近所にも響き渡っておりますのよ。近所の皆さんはブラック商会を恐れているはずです。そのような黒い服装ではブラック商会の方だとまる分かりではないですか」
「もちろんそのことについても考えてございやす。ご近所の方を威圧しないよう、ブラック商会を名乗るのは止めますし、黒ずくめの格好も止めますんで。アッシらだって好き好んでこんな格好をしているわけじゃないんですぜ」
と、おっしゃるホワイトさん。
黒服を止めた上でパトロールしてくださるのはありがたいですが、一番のネックは……。
「……わたくしの家は見ての通りの貧乏貴族です。あなた方を養うお金はありませんわ」
わたくしがそう言うと、ホワイトさんは『涅槃水』で黒く染まった歯を見せて、ニッとお笑いになられます。
「なあに、まずは以前のように、地域の皆さんの困ったことを地道にお手伝いして報酬を頂いていくつもりです。優良商会に生まれ変わる、いい機会でさぁ。『ブラック商会』を潰したサツキ姐さんにお願いしたいことはただ一つ。構成員共が真人間になれるように、サツキ姐さんには奴らの見本となって頂きたいんです」
「わたくしを見本にですって? あの、わたくし、そんなに高尚な人物ではありませんわよ? 見本にするなら『治安維持省』のマーチお姉様のような方のほうがいいと思いますが……」
「いえいえ、やはり、構成員どもを直接お仕置きしていただいたサツキ姐さんのほうがいいでしょう。それに高潔すぎる人物を見本にしたところで、いい結果になるとは限りませんから。ですんで是非サツキ姐さんにお願いしたいんでさ。奴らも、頭はサツキ姐さんがいいと言っていましたぜ」
ホワイトさんはそんなふうにおっしゃるのですわ。
何故、ブラック商会本部を潰したわたくしが、ブラック商会の方々に慕われてしまうのでしょうね?
彼らに慕われる要因なんてどこにもないハズですのに……。
その後も、何かと理由をつけてわたくしが渋っていると、シン先輩がやってきてホワイトさんのそばに立ちました。
「この者は悪い人物ではない。この俺が保証する」
「はい?」
何故シン先輩がそんなことを保証できるのでしょうか?
わたくしは頬に手を当て首を傾げました。
するとシン先輩は右手を握りしめ、左手をホワイトさんの肩において力説なさいます。
「この者はよく分かっている。『涅槃水』の良さをな。あれの良さを分かる人間に悪い者はいない! そう、あれは五臓六腑に染み渡る! あれは良いものなのだ! 今まで誰も賛同してくれなかったが、ついに俺は同士を得たようだ!」
シン先輩は同好の士が見つかったのでお喜びになっていますが、そんな理由では全く保証になっておりませんわ。
それに、『五臓六腑に染み渡る』のではなく、『五臓六腑を腐らせる』の間違いだと思います。
わたくしが呆れているとヤマト先輩がやってきます。
そして苦々しいお顔で、
「『涅槃水』はただの泥水だ」
と吐き捨てました。
そうですよね!
さすがヤマト先輩です!
いくらシン先輩のオススメだとしても、泥水は泥水です。
『涅槃水』などという大層なものではありません!
言いづらい事をズバリ言ってのける彼は、わたくしの目に頼もしく映りました。
さあ、ヤマト先輩!
シン先輩にもその真実をお告げになって!
シン先輩が真実に気付いてくだされば、ホワイトさんの味方をすることもないハズです!
わたくしがヤマト先輩に期待していると、彼はこちらを向き、厳しいお顔でおっしゃいます。
「ホワイトさんはキミの出した無理難題をやってのけたんだ。キミは彼に誠意を見せるべきだと思う」
「え? 無理難題? 誠意?」
ヤマト先輩のおっしゃっていることが、理解できませんわ。
どういうことかしら?
「キミは、ホワイトさんが信用に値する人物かどうか見極めるために、彼を試したんだろう? あのような食べ物、いや、劇物を食べさせて……。彼はキミの試練のクリアするために! 残された構成員達のために! アレを食べたんだぞ!」
「いえ。アレは、『ホワイトさんに早く帰ってほしい』とわたくしが考えていたので、その気持ちを汲んだエミリーさんが、彼を帰すために作って下さったものだったのですが……」
「それでもだ! 彼は諦めなかった! 彼は、それほど強く構成員達のことを大切にしているんだ! 僕はその心意気に感動した! 僕は彼に協力するぞ!」
熱血漢ヤマト先輩はちょっと勘違いなさっていますわ。
わたくしはそれを正すために説明いたします。
「ホワイトさんがアレを食べられたのは、単に彼が味オンチだからじゃないでしょうか? あと、歯と胃が丈夫だからだと思います。だって、アレを普通に食べていましたし……」
「キミともあろうものが何を渋っているんだ! 彼が試練を乗り越えたことを、潔く認めるんだ! 『魔術闘士』の名が泣くぞ!」
ヤマト先輩は熱弁を振るいながらわたくしの両肩を掴み、揺さぶるのですわ。
なぜか、『魔術クラブ』部長ヤマト先輩と、そのライバルであるシン先輩を、味方につけてしまったホワイトさん。
彼はシン先輩と『涅槃水』について、熱っぽく語り合っているのでした。
どうしようか悩んでいるわたくしに、リオン様がおっしゃいます。
「さっき私達が話していた『この家を守る方法』だが、代案があると言っただろう? 私が考えていたのは、ブラック商会の構成員達を、家を防衛するための『壁役』として使うことだった」
「え? そんな無茶なことを?」
「キミはブラック商会の会長になりたがっていなかったから、この案はボツになるだろうと思っていたが。だが、ブラック商会を解体して新しい組織を作ればいいことだ。ホワイトや構成員達だってそれを望んでいるんだ。もはや、キミが嫌がる理由も無いのでは?」
リオン様にもそう言われて、わたくしはたっぷり時間を取って熟考しました。
そして、決意をしたわたくしは、皆さんに宣言したします!
「……分かりました。皆さんがそのようにおっしゃるのなら、わたくしも覚悟を決めますわ! わたくし自身の、最強の組織を立ち上げます! ですが、皆さんにも手伝っていただきますからね!」
***
サツキと愉快な仲間たちは、新組織立ち上げのために、組織の構想を話し合います。
皆さんは、わたくしが新組織を作ることには協力的で、その組織に入ることも約束してくださいました。
心強い味方ですわ!
さて、話し合いをするうちに、組織の問題点が明らかになりました。
人数が足りていないということです。
現在残っているブラック商会の構成員の方々は大体100人前後です。
仮に、今回のように777人の敵さんが家を襲ったと考えましょう。
構成員の皆さん100人に肉壁となって頂き、その間にミナヅキが敵さんを殲滅していきます。
ですが、100人の構成員の皆さんが倒される前に、777名の敵さんを、ミナヅキが倒しきれるでしょうか?
いくらミナヅキが優秀でも、敵さんが強ければ強いほど、家の防衛は難しくなっていきます。
リオン様がおっしゃるには、最低でも200人の壁役が欲しい、とのことでした。
200人、200人ですか……。
あら? そう言えば、最近200人という言葉をどこかで聞いた気がいたします。
あれは、確か――
それをどこで聞いたかを思い出したわたくしは、手のひらをポンと打ちました。
「そうですわ! 『治安維持省』で聞いたのでした! わたくし、マーチお姉様にお仕事を頼まれていたのでした!」
わたくしが突然叫んだので、皆さんが驚いてこちらを見ます。
わたくしは少々興奮しながら、マーチお姉様に頼まれたお仕事の内容を説明いたします。
マーチお姉様に頼まれたお仕事は『王位継承権下位の王子や王女の争いを収める』という内容でした。
そして、そのお仕事を受けると、特典として『ボームお兄様の優秀な部下100人 + ポームお姉様の優秀な部下200人 = 優秀な300人』をわたくしの部下にしていただけるのです。
わたくしの説明を聞いたヤヨイお姉様がおっしゃいます。
「美味しい仕事じゃねーか。その仕事を受けりゃ、全部で400人の手下が出来るじゃん。そのうちの200人でこの街全体をパトロールさせながら、継承権下位のバカ共の争いを収めさせりゃいい。それから残りの200人でこの家の付近をパトロールさせる。それで完璧なんじゃねーの?」
ヤヨイお姉様のおっしゃったことに、皆さんは頷かれます。
「おおむね、そういう感じでいいと思う。細かいことを決めるのは組織の運営をやりながらでもいい。個人的な組織だから融通がきくところが利点だ」
と、ライデン先輩も頷きながらおっしゃいました。
皆さんのおかげで、わたくしの組織を立ち上げるメドがつきましたわ。
本日の会議はこれでおしまいです。
『治安維持省』のマーチお姉様にも問題がないか確認してから、今後の方針を考えていきましょう。
スヴィーニツお兄様の動向によっても、こちらの対応も変えていかなければいけませんしね。
***
会議を終え、わたくし達がティータイムを楽しんでいると玄関をノックする音が聞こえます。
あら、こんな夜更けに誰かしら?
わたくしが不思議に思っていると、
「第7777王女ツバメ! 出てこい! 今日こそ貴様には死んでもらうぞ! 抵抗は無駄だ! 何故なら、今日は俺が持っている最高の装備でやって来たからだ! ハハハ! さあ、早く出てこい!」
と、おなじみの声が聞こえました。
あの声は『チキン剣士』さんですわ。
グッドタイミングです!
今日も有益な情報を持ってきてくださったに違いありません!
丁重におもてなしいたしましょう!




