第二十七話 天の宮にて
神々しいオーラはお放ちになっている美しい女性が、口をお開きになられます。
「はじめまして、私は女神です」
女神様ですって!?
大変ですわ!
わたくしは流れるような動作でひれ伏して、ハハーッと頭を下げました。
すると女神様は焦るような声で、
「止めてください! 早く立ち上がってください!」
と、ご命令なさるのです!
女神様のご命令に、わたくしはすぐさまひれ伏すのを止め、素早く立ち上がりました!
そして「立ち上がりましたわ!」と、ご報告すると、
「あ、はい。そうですね。立ち上がっていただき、ありがとうございます」
なんとわたくしは、女神様にお礼を言われてしまいました!
「そんな! このようなことくらいでお礼を言わないでくださいませ! わたくし、女神様のご命令とあらば、ここから地上へとダイブすることすら厭いませんのに! アイキャンフライ! ですわ!」
「そのようなことは止めてください!」
「分かりました! 止めます!」
わたくしが直立不動で叫ぶと、女神様は、フウと息をついておっしゃいます。
「サツキ、あなたは混乱しているようですね。お茶を飲んで落ち着いてください」
女神様はそばにあったテーブルに向かい、わたくしめのためにお茶を淹れて下さりました。
わたくしは平身低頭で待機し、その女神様のありがたいお茶を謹んでお受けいたします。
「これが天界のお飲み物……! 全身全霊で味わいます!」
「普通に味わってください」
そのお茶に口をつけた瞬間、わたくしの心は芯から暖かくなります。
意地悪なお姉様方によって傷つけられ、乾いてしまったわたくしの魂が潤っていくかのよう!
ほんわかしているわたくしに女神様は、
「気に入りましたか? よかったら、こちらの茶菓子も食べてください」
と言って、お菓子を乗せた小皿をお差し出しになられます。
わたくしは緊張しながら、その小皿へと手を伸ばします。
そして震える指でお菓子をつまみ、口へと運びました。
そのお菓子を舌の上にのせた瞬間、わたくしの体に活力がみなぎります。
暴力的なお兄様方に虐げられ、色彩を失っていたわたくしの肉体が彩られていくかのよう!
その『美しい主旋律』と『深い副旋律』は、複雑な対位法による奇跡的なハーモニーを奏で、わたくしの身魂を震わせます!
これぞ、天上の調べですわ!
わたくしは、女神様のお茶とお菓子の、この世の理を超えたおいしさに感極まって涙を流しました。
すると女神様は、優しい笑顔でこうおっしゃいます。
「辛い目に遭いましたね。この部屋でしばらくの間、休息してください」
辛い目。
……ハッ!? そうですわ!
わたくしは、リリアンヌお姉様との魔術死合の途中だったはず!
彼女は、わたくしの両親を凶悪な火竜『紅き翼』のいる死地へと送り出したとおっしゃっていました!
「女神様! わたくしの両親は無事なのですか!?」
「安心してください。先程確認しましたが、あなたのご両親は無事です」
女神様が手をかざすと、わたくし達の目の前に大きな画面があらわれました。
「これを見てください。ご両親は『紅き翼』を討伐した後、地元の皆さんの困ったことを地道に解決なさっているようです。あなたのご両親は苦戦することもなく『紅き翼』を討伐したようですね。お二人は素晴らしい魔術師です」
画面の中央に、赤い翼の竜が、火山の山頂らしき場所で生き途絶えているのが見えます。
そして画面が切り替わって、わたくしの両親と村のおじいさんが笑顔で話しているところが見えました。
わたくしの両親は無事だったのですわ!
さすが、わたくしの尊敬するお二人です。
悪名高い『紅き翼』を簡単に討伐なさるなんて!
ですが、一つだけ気になることがあるのです。
「これはいつの映像なのですか? 映像が一時停止になっているようですが……?」
「現在の映像です。今、世界の時間を止めているのです。動いているのは私とあなただけですよ」
女神様がおっしゃったことに、わたくしは驚きます。
「時間が止まっているですって!? それは伝説の『時空魔術』ですか!?」
「ええ、と言っても私の力ではなく、この部屋に備え付けられた魔術具の力です。少し前に『グル』という魔術師が作ってくれたのですよ」
この世界に現れた最初の魔術師『グル』!
お話でしか聞いたことのない伝説の魔術師です!
彼は女神様とお知り合いだったのですわ。
後世に名を残すような方は、やはり他の皆さんとは違った経験をお持ちなのですね。
わたくしが一人で納得していると、女神様がおっしゃいます。
「私は女神ですが、特別な力を持っているわけではありません。ただ私は、他の皆さんとは少々生まれが違うのです。そのため、地上を見守る『女神』として選ばれたのです」
「『選ばれた』のですか? それは……他の神様に?」
「いえ、この天空の街に住む『空の民』にです。後ろを見てください」
女神様に促されて後ろへ振り向くと、そこには空に浮かぶ美しい街並みが見えます!
街の建物は、白を基調とした清廉な色使いで統一されており、見るものを神聖かつ厳かな気持ちにさせます。
この街に比べたら、地上に建つお城の金ピカの装飾など、貧相な成金趣味にしか見えないから不思議ですわ。
あら?
『地上』と言えば、ここからは雲の隙間から地上が見えましたわね。
ここは、わたくし達の世界の上空に、実際に存在している街なのでしょうか?
わたくしは死んでないのかしら?
「あのう、女神様。わたくしは生きているのでしょうか?」
わたくしは恐る恐る尋ねました。
すると女神様は、
「もちろん生きていますよ」
とおっしゃいます。
「生きているわたくしが、何故女神様の所にいるのでしょうか?」
「私があなたをここに転移させたのです。いまからその理由を説明しますね」
わたくしは頷いて、女神様のおっしゃることを傾聴いたします。
女神様は咳払いをしてご説明をなさいます。
「あなたのお姉さんによって、あなたは過度のストレスを与えられました。そしてあなたは、押さえ込んでいた感情を抑えきれなくなったのです。その結果、あなたの膨大な魔力が暴走して、魔術試合開催中のコロシアムを吹き飛ばしてしまうところだったのです」
え? わたくしが、コロシアムを吹き飛ばすところだったですって?
わたくしが驚いていると、女神様はお続けになられます。
「私があなたを見つけたのは本当に偶然でした。いつものように地上でなにか面白いことが起こっていないか観察していたら、私の大好きな魔術試合をしていたので観戦していたのです。そうしたら、あなたの魔力が暴走しそうになったので、コロシアムにいた方々を守るために、あなたをここに転移させたのです」
そして女神様は、
「本当は『古の契約』によって、私や空の民が地上に関わることは禁じられているのですが、やってしまったことは仕方ありませんよね?」
と不安そうにお尋ねになるのですわ。
『古の契約』なんて、わたくしは知りません。
突然出てきた耳慣れない単語に、わたくしも少し不安になりましたが、女神様はわたくしに同意してもらいたがっているようにお見受けいたします。
ですので、
「当然ですわ! やってしまったことは仕方がありませんわ!」
と同意すると、
「そうですよね! 仕方ないですよね!」
と、女神様はホッとしたようなお顔でお笑いになるのでした。
***
外の時間が動き出すまでまだ少しかかるということで、わたくしと女神様はお茶会を始めました。
優雅にお茶を飲みながら、女神様はアドバイスをしてくださります。
「あなたの魔力は『グル』に匹敵しています。『グル』は幼い頃ストレスによって魔力暴走を起こし、街を一つ破壊してしまいました。彼はずっとそのことを悔いていました。あなたもそうならないよう気をつけてください。あまりストレスを溜めこまないように」
「それは……難しいですね。わたくしが何もしなくても、他のお姉さま方はわたくしにちょっかいを掛けてくるのですわ。多少のことならば私も気にしないのですが……リリアンヌお姉様がなさったようなことをされたら、また、魔力暴走を起こすような気がいたします」
「あなたを魔術死合に誘い込んだ人ですね。リリアンヌは酷い人です!」
女神様はリリアンヌお姉様に対してプンプンと怒っていらっしゃいます。
そのお姿に、わたくしは親しみを感じてしまうのですわ。
女神様はしばらく思案なさった後、おっしゃいます。
「あなたにストレスを与えた人に対して仕返しをすれば、ストレス解消になるんじゃないですか?」
「え? ストレス解消にはなると思いますが……。仕返しをしてもいいのでしょうか?」
わたくしがその提案に驚きつつもお尋ねすると、
「はい! ドンドンやってください! ストレスをため込んで魔力が爆発するより全然いいです! あ、でも決してやり過ぎないように。あなたの魔力量では確実に相手はご臨終になるはずですから」
「分かりましたわ! やり過ぎないように気をつけながら、積極的に仕返しをしていきますわ!」
「その意気です! 私も空の上から応援しますね!」
今までお姉様に反撃するたびに良心の呵責を感じていたのですが、女神様公認となれば心置きなく仕返しができますね!
いえ、むしろ仕返しを推奨なさっているのですから、女神様の期待に応えて、わたくしの信仰心をお見せしなければなりません!
わたくしは新たな決意を胸に、女神様が差し出してくださるお菓子を頬ばるのでした。
***
女神様とのお茶会も終わり、そろそろ試合会場へ戻らなければと考えていた時のことです。
わたくしは、女神様がお忘れになっている『あること』に気づいてしまいましたわ!
女神様に対してわたくしが指摘するなど恐れ多いことなのですが、わたくしは勇気を出して切り出しました。
「あの……女神様。わたくしのパワーアップなどは、してくださらないのでしょうか?」
「パワーアップですか?」
「はい、こういうイベントでは、わたくしの秘められた力を開放してくださったり、特別なアイテムを授けてくださるのが普通だと思うのですが……」
「え? そうなのですか……?」
「はい、そうなのですわ。その、催促したみたいになってしまって申し訳ないのですが……」
「いえいえ! 言いづらいことを言わせてしまって、こちらこそ申し訳ありません。そういうアイテムが無いか、ちょっと探してみますね。気が利かなくてごめんなさい。私は世間知らずなのでこういうことには疎くて……」
「いえ、ずっと空に浮いているお家から外に出られないのであれば当然ですわ。女神様がお謝りになる必要はありませんよ」
わたくしは女神様をお慰めしました。
女神様は、後ろにある箱の中をガサガサとお探しになりながら、おっしゃいます。
「そう言ってもらえるとうれしいですね……。あ、これなんていかがですか? 『グル』が得意としていた『時空魔術』の基礎を習得できる『時空丸薬』です」
「伝説の『時空魔術』ですか!?」
「ええ、お薬を飲んですぐに空間転移を習得できるので、ここから試合会場へ戻るのにも便利かなと思います。あ、でも、もっと『いいもの』もありますね」
『時空魔術』を使えるようになる『時空丸薬』よりいいものですって!?
女神様はその『いいもの』を取り出して、ワクワクしながら待っているわたくしに見せてくださいました。
そして、アルカイックスマイルでおっしゃるのですわ。
「数日で王位を手に入れることができる『権威のイヤリング』なんていかがですか? こちらは私のイチオシ――」
「いえ! 『時空丸薬』がいいです! 『権威のイヤリング』なんて恐ろしいものは結構です!」
一瞬で背筋が凍ったわたくしは反射的に叫びました。
イチオシの一品を拒否された女神様は、首を傾げながらおっしゃいます。
「そうですか? ではこちらの『時空丸薬』を授けます。どうぞ」
わたくしがその丸薬を飲み、空間転移の習得を確認すると、女神様がおっしゃいます。
「さて、時間が動き出すまでもうしばらくありますが、どうしますか? もう少しゆっくりしていきますよね?」
「女神様にお誘いいただきありがたいのですが、時間が止まっている今のうちにリリアンヌお姉様を懲らしめる準備もしておきたいので、そろそろ地上に戻ろうかと思います」
「そうですか……。では名残惜しいですが、お別れですね。飛竜たちより高く空を飛べるようになったら、是非ここに立ち寄ってください。歓迎しますので」
「ええ、頑張って空を飛ぶ練習をして、またお訪ねいたします。では失礼します」
わたくしは女神様に見送られ、覚えたばかりの空間転移で試合会場へと戻ります。
さあこれから、ルール無用、極悪非道、血も涙もない魔術死合が再開されるのですわ!
待っていてくださいな! リリアンヌお姉様!




