第7話 初めてのスキルスクロールーレオン視点ー
狩場を見つけてから、俺たちのダンジョン探索は少しずつ安定してきた。
空洞にいる灰牙ネズミを探し、見つけたら二人で協力して倒す。周囲に危険がないことを確認してから素材を回収し、疲れ切る前に帰る。
毎日同じことの繰り返しではあるが、決して無駄ではない。
ミレアは剣の扱いに慣れ、俺も剣技・斬撃を使うタイミングを少しずつ掴めるようになっていた。戦闘中に慌てることも減り、以前より余裕を持って周囲を見られるようになっている。
ただ、レベルの上がり方には相変わらず波があった。
俺のレベルがレベル六。ミレアはレベル五になってから、次のレベルアップまで少し時間がかかっている。
それでも、焦る必要はなかった。
ここなら比較的安全に魔物を倒せる。戦闘経験を積みながら、素材やお金も手に入る。冒険を続けるための基盤としては十分だった。
そんなある日のこと。
俺の剣が灰牙ネズミを捉えた。
魔物は淡い光に包まれて消え、いつものように銅貨と毛皮、牙が地面に残る。
ところが、そのすぐ横に、見慣れないものが落ちていた。
「……ん?」
薄い紙のようなものが、淡く光っている。
俺は剣を構えたまま周囲を確認した。ほかに魔物の気配はない。ミレアも短剣を下ろし、不思議そうにこちらを見ている。
「どうしたの?」
「これ……もしかして」
近づいて拾い上げる。
手のひらに収まるほどの巻物だった。表面には細かな模様が描かれ、端には小さな文字が刻まれている。
見間違えるはずがない。
スキルスクロールだ。
「うわっ、本当に出た!」
思わず声が大きくなった。
以前、鑑定屋の店主から聞いた話では、スキルスクロールは魔物からごく稀にドロップする。何十匹、何百匹と倒しても手に入らないことがあるほど、貴重な品らしい。
俺たちも、いつか手に入るかもしれないとは思っていた。
けれど、実際に出るとは思わなかった。
「えっ、なになに? 何が落ちたの?」
ミレアが駆け寄ってくる。
俺が巻物を見せると、彼女の目が大きく見開かれた。
「スキルスクロール!?」
「ああ!」
「すごい! やったね!」
ミレアは飛び跳ねそうな勢いで喜んだ。
俺も同じ気持ちだった。
新しいスキルを習得できるかもしれない。売ればまとまったお金になるかもしれない。今の俺たちにとって、どちらにしても大きな収穫だ。
巻物を傷つけないよう、慎重に革袋へしまう。
その後の探索は、どこか浮き足立っていた。
魔物への警戒は忘れなかったが、頭の片隅ではずっとスクロールのことを考えていた。
どんなスキルなのだろう。
自分たちに使えるものだろうか。
もし強力な攻撃スキルだったら、今後の戦闘がずっと楽になるかもしれない。
期待は膨らむ一方だった。
俺たちはいつもより早めに探索を切り上げ、村へ帰ることにした。
村に着くなり、俺たちは鑑定屋へ向かった。
扉を開けると、店主がカウンターの向こうから顔を上げた。
「おや、今日はずいぶん早いね。何かあったのかい?」
「これを見てください!」
俺は革袋からスクロールを取り出した。
店主の目が、わずかに見開かれる。
「ほう。スキルスクロールか。自分たちで手に入れたのかい?」
「はい。灰牙ネズミを倒したときに落ちました」
「そりゃ運がいい。見せてごらん」
店主は巻物を受け取り、傷がないか確認してから、表面の模様を調べ始めた。
俺たちはカウンター越しに、その手元をじっと見つめる。
やがて店主は巻物を裏返し、小さくうなずいた。
「なるほど。これは『生活スキル・火起こし』だね」
「……火起こし?」
思わず聞き返してしまった。
店主は不思議そうな顔をしたあと、説明を続ける。
「火を起こすための基本的な技術を補助するスキルだよ。冒険者に限らず、旅人や職人、村で暮らす者にも役立つ。初歩的な生活スキルの一つだね」
火起こし。
確かに便利そうではある。
野営で火を用意しやすくなれば、食事や暖を取るのに役立つだろう。雨や湿気のある場所で、どれほど効果があるのかも気になる。
ただ――。
もっと、こう。
剣技・斬撃を上回る攻撃スキルや、魔物を一撃で倒せるような派手な技を、ほんの少し期待していた。
もちろん、贅沢な話だ。
そもそも、スキルスクロールが手に入ること自体が珍しい。出ただけでも幸運なのだから、文句を言うべきではない。
それに、火起こしは使い道のあるスキルだ。
……あるのだけれど。
「それで、買い取り価格はどのくらいですか?」
俺が尋ねると、店主は少し考えてから答えた。
「よく見かける種類だからね。状態も悪くないし、銀貨には届かないが、銅貨をまとめて渡せる程度にはなるよ」
金額を聞いて、俺はミレアと顔を見合わせた。
普段の狩りで手に入る収入に比べれば、確かに大きい。今日の稼ぎに加えれば、しばらくの食料や消耗品を買い足せる。
だが、人生が変わるほどの大金ではない。
貴重なスクロールと聞いて、期待を膨らませすぎていたらしい。
「……なるほど」
俺は少しだけ肩を落とした。
店主はそんな俺の様子を見て、くつくつと笑った。
「珍しいものが出たからといって、必ず高価な品とは限らないさ。スキルにもいろいろあるからね。強力な戦闘技術もあれば、日々の暮らしを助ける技術もある。こういう基本的なものは、使える人が多いぶん、出回る数も多いんだ」
確かに、その通りだ。
使い道が限られる希少なスキルと、誰にでも役立つ基本スキル。どちらが高く売れるかは、性能だけでは決まらない。
俺たちが手に入れたのは初期の生活スキルだ。初心者でも使えるものなら、需要はあっても希少性は低いのだろう。
「買い取ってもらえますか?」
「ああ、もちろん」
俺は少し考えた。
自分たちで使うこともできる。だが、今の俺たちにとって火起こしが絶対に必要かといえば、そうでもない。火打ち石は持っているし、野営の経験もまだ少ない。
それなら、今は売って装備や食料の購入費に回すほうが役立つだろう。
「お願いします」
店主はうなずき、代金をカウンターに並べた。
俺たちは銅貨を受け取り、革袋にしまった。
鑑定屋を出ると、ミレアが隣で小さく息を吐いた。
「すごかったね、スクロールが出るなんて!」
「ああ。そこは本当に運がよかった」
「でも、火起こしかあ……」
彼女の声には、ほんの少し残念そうな響きがあった。
俺も同じ気持ちだったので、思わず笑ってしまう。
「期待しすぎたな」
「だって、スクロールだよ? もっとすごいスキルかもしれないって思うじゃない!」
「気持ちは分かる」
俺は空を見上げた。
ゲームなら、低確率のドロップ品には特別な価値がある場合も多い。もちろん、すべてがそうではないことくらい知っている。
それでも、現実に手に入れたとなると、つい夢を見てしまうものだ。
今回のスクロールは、当たりではあるが大当たりではなかった。
ただ、冷静に考えれば、十分に得をしている。
普段の狩りでは、魔物を倒して手に入る銅貨と素材が収入の中心だ。そこにスクロールの買い取り代金が加わったのだから、今日はいつもより稼げたことになる。
運に頼って生活を成り立たせるわけにはいかないが、臨時収入はありがたい。
しかも、実際にスクロールがドロップすることを確認できた。
これも大きな成果だ。
今後、何百匹倒せば出るのか。特定の魔物から出やすいのか。それとも、倒した数とは関係なく、単純に運次第なのか。
今はまだ何も分からない。
少なくとも、スクロール狙いで無理な狩りをするのはやめておこう。普段の探索を続け、その中で手に入れば幸運、くらいに考えるのがよさそうだ。
「でもさ」
ミレアが、ぱっと表情を明るくした。
「次はもっとすごいのが出るかもしれないよね!」
「可能性はあるな」
「よーし、明日も頑張ろう!」
彼女は勢いよく歩き始めた。
その後ろ姿を見て、俺も笑った。
確かに、次こそは強力な攻撃スキルが出るかもしれない。
……いや、期待しすぎるのはよくない。
けれど、期待すること自体は悪くないだろう。
俺たちはまだ冒険を始めたばかりなのだから。
その日の帰り道、俺たちは買い足す予定だった食料と包帯を購入した。
スクロールの代金のおかげで、予定していた分に加え、干し肉を少し多めに買うことができた。
派手な収穫ではない。
新しい力を手に入れたわけでも、強敵を倒したわけでもない。
それでも、冒険を続けるための余裕は少し増えた。
俺はそれで十分だと思った。
大きな幸運を一度引き当てるより、小さな成果を積み重ねるほうが、長く冒険を続けるには確実だ。
もちろん、次にスクロールが出たら、今度こそ攻撃スキルであってほしい。
そんな願いを胸にしまい、俺たちは村へ戻った。
明日もまた、狩場へ向かおう。
いつかレベル十五に到達して、村の外へ出るために。
そして、その先に広がる世界を自分の目で見るために。




