第6話 効率のいい狩場を探せーミレア視点ー
大きな灰色の魔物が、岩壁を蹴って向きを変えた。
灰牙ネズミより一回り大きく、背中の毛は硬く逆立っている。口元から覗く牙も太く、突進の速さは、さっきまで戦っていた魔物とは比べものにならなかった。
私は剣を構え直す。
怖い。
けれど、それ以上に、どう戦えばいいのか知りたかった。
魔物が地面を蹴る。
「右!」
隣からレオンの声が飛んできた。
私はすぐに横へ跳ぶ。魔物の突進がすぐそばを通り抜け、風圧で服が揺れた。
危なかった!
魔物はそのまま走り抜け、岩壁に爪を立てて急停止する。身体の向きを変えるまで、ほんの一瞬だけ隙ができた。
私はその隙を見逃さなかった。
「えいっ!」
剣を振る。刃が魔物の後ろ脚をかすめた。
浅い。
それでも、魔物の動きがわずかに乱れる。
そこへ、レオンの剣が横から振り下ろされた。
魔物が唸り声を上げ、こちらへ向き直ろうとする。
「離れろ!」
私たちは同時に後退した。
無理に攻める必要はない。相手が突進してくるなら、避けたあとに攻撃すればいい。
距離を保っていると、魔物は何度か地面を蹴った。しかし、攻撃をかわされ続けたことで、次第に動きが鈍くなっていく。
最後にレオンの一撃が決まり、魔物は淡い光に包まれて消えた。
地面に残ったのは、銅貨と、灰牙ネズミのものより厚い灰色の毛皮。それから、太い牙が二本。
「倒せた……!」
思わず声が弾んだ。
強かった。少なくとも、入口付近にいた灰牙ネズミよりはずっと手強い。
それでも、二人で協力すれば倒せる。
私は自分の剣を確認した。刃こぼれはない。怪我もしていない。
よかった。
初めての相手に勝てたことが嬉しくて、頬が緩んでしまう。
「レオン、あいつ、なかなか速かったね」
「ああ。突進をまともに受けていたら危なかった」
レオンは魔物が消えた場所を調べ、落ちていた品物を拾い集めた。
私はその様子を見ながら、周囲にも目を向ける。
この先には、まだ見たことのない魔物がいるのかもしれない。
そう考えると、胸がわくわくした。
その日は、無理をせず村へ戻った。
新しい魔物と戦えたのは大きな成果だった。けれど、慣れない相手との戦闘で、思っていた以上に疲れている。
村へ帰る道すがら、私は何度も振り返りたくなった。
あの先には何があるのだろう。
別の魔物がいるのだろうか。
宝箱が、もう一つ隠されていたりして。
考え始めると、きりがない。
帰宅後、私は剣の手入れをしてから、今日の出来事を頭に浮かべた。
新しい魔物の姿。突進の速さ。攻撃のあとに生じた隙。拾った素材。
それから、もう一つ気になっていることを書き足した。
同じ場所で、同じ魔物ばかりを狩り続けるのは、本当に効率がいいのか? レオンの影響だろうか、今まではこんなことを考えたことなどなかった。強くなるには強い魔物を倒せばいい。それだけを考えていた気がする。
でも、入口付近で灰牙ネズミを倒していた頃は、確かに順調だった。
相手の動きに慣れ、連携も上達した。危険を抑えながら戦えるという意味では、今でも悪い場所ではない。
しかし、最近はレベルが上がるまでに時間がかかるようになっていた。
単に次のレベルまでの必要量が増えただけかもしれない。あるいは、弱い魔物との戦闘では得られる経験が少ないのかもしれない。
今の段階では、どちらとも言い切れない。
それでも、より強い魔物と戦える場所を見つければ、成長の機会が増える可能性はある。
ただし、強い魔物を倒すのに時間がかかりすぎたり、怪我をする危険が大きかったりすれば、かえって効率が悪くなってしまう。
大事なのは、単純に強い敵を探すことではない。
安全に倒せる魔物が、どれだけ効率よく見つかるか。
それを基準に考える必要があるのかもしれない。
こういう難しいことは基本的にレオンが得意なのだけど、仲間なんだから私も一緒に考えないといけない。
必要なのななんだろう。狩場の候補を探すこと、魔物の数と種類を記録すること、戦闘にかかる時間を比べること……
怪我や疲労の程度も忘れてはいけない。
それぞれの結果を比べれば、自分たちに合った狩場が見つかるかもしれない。
考えているうちに、明日が待ち遠しくなってきた。
新しい魔物を見つけるだけでも楽しいのに、今度は狩場探しだ。
冒険には、まだまだやることがたくさんある。
翌日。
私たちは昨日の分岐点まで進み、今度は左側の通路を調べることにした。
狭い通路は歩きにくく、足元には小石が散らばっている。
私は転ばないよう注意しながら、壁際を進んだ。
しばらく歩くと、通路の先が少しずつ広くなってきた。
やがて、私たちは小さな空洞へ出た。
そこには低い岩棚と、奥へ続く細い通路がある。
そして――。
「あ、いた!」
岩棚の向こうに、灰牙ネズミが二匹いた。
片方は地面を嗅ぎ回り、もう片方は壁際で何かをかじっている。
私たちには気づいていない。
私は思わず声を潜めた。
「どうする?」
レオンはすぐに剣を抜かず、空洞全体を見渡した。
足元は比較的平らで、突進を避けられる広さもある。入口付近より少し奥だが、逃げ道も確保できそうだった。
「ここなら、戦いやすいかもしれない」
私も同じことを考えていた。
入口付近では、灰牙ネズミを見つけるたびに、あちこち歩き回る必要があった。
でも、この空洞には二匹いる。
もし、ここで何度も魔物を見つけられるなら、探し回る時間を減らせるかもしれない。
もちろん、今見えている二匹だけで判断するのは早い。
それでも、調べてみる価値はありそうだった。
私たちは一度通路の入口まで戻り、周囲に別の魔物がいないことを確認してから、戦闘を始めた。
先に一匹を誘い出し、通路の手前で倒す。
もう一匹がこちらに気づいて近づいてきたが、レオンが正面で注意を引き、私が横から攻撃することで、危なげなく倒すことができた。
拾ったのは銅貨と毛皮、牙。
珍しいものはなかったけれど、二匹とも大きな怪我をせずに倒せた。
「ここ、いい場所かも!」
私は空洞を見回した。
広すぎず、狭すぎない。
足場も悪くないし、通路の先から別の魔物が突然飛び出してこない限り、周囲を確認する時間も取れそうだ。
レオンも頷いた。
「候補にはできそうだな。しばらく観察してみよう」
私たちは空洞の壁に目印をつけ、地図に位置を書き込んだ。
それから、周囲の岩陰や壁の隙間も確認した。
宝箱は見つからなかったけれど、魔物の足跡がいくつか残っていた。少なくとも、ここを通る魔物がいるのは間違いない。
明日も同じように見つかるかどうかは、まだわからない。
それでも、昨日までとは違う発見だった。
その後、私たちは何度かこの空洞を訪れた。
毎回、必ず魔物がいるわけではなかった。
一匹しか見つからない日もあれば、三匹が別々の場所にいた日もある。魔物が見当たらず、周囲を調べて帰るだけの日もあった。
それでも、入口付近を歩き回るより、短い時間で魔物を見つけられる日が多かった。
しかも、空洞は戦いやすい。
突進を避けられる広さがあり、通路を背にすれば、後ろから不意打ちを受ける危険も減らせる。
もちろん、通路の奥には何がいるかわからない。だから、奥へ進むときは必ず周囲を確認し、危険を感じたら引き返す。
何度か通ううちに、私たちはこの空洞を、しばらくの間の拠点にすることに決めた。
狩場が見つかったのは嬉しい。
でも、もっと嬉しかったのは、自分たちで探し出したということだ。
誰かに教えてもらった場所ではない。
実際に歩き、戦い、調べて、自分たちに合った場所を見つけた。
冒険者に一歩近づけた気がした。
ある日の帰り道、私は隣を歩くレオンに声をかけた。
「ねえ。ここなら、もっと練習できそうだね」
「ああ。戦闘に慣れるにはいい場所だと思う。ただ、同じ場所だけに頼らず、ほかの通路も少しずつ調べていこう」
「うん! 次はあの奥の通路も見てみたい!」
「まずは今の狩場を安定して使えるようにしてからだ」
「えー、ちょっとくらいならいいでしょ?」
「ちょっと、で済まなくなるのがお前だろ」
「そんなことないもん!」
私は頬を膨らませた。
でも、レオンが笑っているので、私もつられて笑ってしまった。
焦る必要はない。
私たちは少しずつ強くなっている。新しい場所も見つけた。
これから先には、もっと広い世界が待っているはずだ。
そのためにも、まずは目の前の冒険を大切にしよう。
次の探索では、どんな発見があるのだろう。
私は剣の柄を確かめ、明日の冒険に思いを馳せた。




