第4話 初めてのレベルアップと、秘密の宝箱ーミレア視点ー
ダンジョンへ向かう朝、私はいつもより早く目を覚ました。
今日は昨日までとは違う。
ただ魔物を倒して、素材を拾って帰るだけじゃない。レベルアップのためにどうするか考えて、二人で連携の練習をする。
それに――。
「今日は私が魔物をたくさん見つけるんだから!」
昨日、あいつはノートにいろいろ書き込んでいた。ステータスがどうとか、経験値がどうとか、難しい話ばかり。
正直、全部理解できたわけじゃない。
でも、レベルが上がれば強くなれる。それは私にもわかる。
いつか村を出て、もっと広い世界を冒険する。そのためには、今のうちに強くならなければいけない。
私は剣を腰に差し、革袋を肩にかけた。
包帯、食料、水筒。忘れ物はない。
よし!
玄関を飛び出すと、待ち合わせ場所には、すでにあいつがいた。
「おはよう! 今日は何匹倒せるかな?」
「おはよう。何匹倒すかより、まずは安全に帰ること。それから、何をしたら成長するのか調べることだ」
「わかってるって!」
「昨日も同じことを言っていたな」
「今日はちゃんと覚えてるもん!」
あいつは苦笑していた。
もう。心配性なんだから。
でも、私もわかっている。
冒険は楽しい。だからこそ、途中で終わりにしたくない。
「それじゃ、行こう!」
私たちは村を出て、森の奥にあるダンジョンへ向かった。
洞窟の入口に着くと、レオンはいつものように周囲を確認した。
足跡。草木の揺れ。地面に残った痕跡。
私はその隣で、剣の柄に手を添える。
「昨日の続きだ。今日は俺が敵の動きを見て、ミレアは攻撃できる隙を探す。無理に攻めなくていい」
「わかった。任せて!」
洞窟の中は薄暗い。
入口から少し進んだところで、岩陰から灰色の影が飛び出した。
灰牙ネズミだ!
「来た!」
昨日はあいつが先に戦った。でも、今日は私もいる。
灰牙ネズミが地面を蹴り、こちらへ突進してきた。
「右に避けろ!」
あいつの声に合わせて、私は横へ跳ぶ。
魔物が通り過ぎた瞬間、剣を構えた。
けれど、すぐには斬りつけない。
灰牙ネズミは勢いを殺し、こちらへ向き直ろうとしている。身体の向きが変わる、その一瞬。
今だ!
「えいっ!」
剣を振る。
刃は魔物の背中を浅く切り裂いた。
灰牙ネズミが甲高い声を上げる。
「いいぞ! 距離を取れ!」
私はすぐに後ろへ下がった。
追いかけてきた灰牙ネズミの横から、あいつの剣が走る。
一撃。
魔物の動きが止まった。
淡い光が身体を包み、灰色の毛皮と短い牙、それから数枚の銅貨が地面に残る。
「やった!」
「連携できたな。最初にお前が傷をつけたことで、動きも少し変わった」
「私の攻撃が役に立ったってこと?」
「そういうことだ」
胸の奥が、ぱっと明るくなった。
昨日は、あいつが戦っているのを見ているだけだった。
でも今日は違う。
自分の判断で攻撃して、ちゃんと役に立てた。
これが冒険なんだ!
「よし、次も頑張ろう!」
「ああ!」
レオンも嬉しそうに、笑った。
こうしてお互いの成果を喜び合っていると、本当に冒険しているのだと胸が熱くなった。
その後も、私たちは入口から遠く離れない範囲で探索を続けた。
灰牙ネズミを一匹ずつ見つけては、二人で戦う。
私が先に気づいたときは、あいつに合図する。あいつが敵の注意を引いたときは、私は横へ回り込む。
もちろん、毎回うまくいくわけじゃない。
剣を振るタイミングが遅れて、魔物に逃げられたこともあった。逆に、夢中になって近づきすぎ、レオンに腕を引かれて助けられたこともある。
「敵の動きに集中するのはいい。でも、周りも見ないと」
「わかってるよ。ちょっと夢中になっただけ!」
「その『ちょっと』で怪我をすることもあるんだ」
「……次は気をつけます」
怒られてしまった。
でも、あいつの言うことは正しい。
冒険を楽しむことと、無茶をすることは違う。
私は深呼吸して、改めて周囲を見渡した。
岩の形。地面の傾き。魔物が隠れそうな隙間。
今まで気にしていなかったものが、少しずつ目に入るようになってきた。
そうして、何度目かの戦闘を終えたときだった。
灰牙ネズミが淡い光に包まれ、銅貨と毛皮を残して消える。
その瞬間。
――レベルが上がりました。
「……えっ?」
思わず立ち止まる。
目の前に、見慣れたステータス画面が浮かんでいた。
種族:ヒューマン
職業:村人。
レベル:四。
STR、VIT、AGI――見慣れた数字が並んでいる。そのいくつかが、以前より大きくなっていた。
「うそ……レベル、上がった!」
声が裏返った。
レベルアップ!
いつかは来ると思っていた。でも、実際に自分の身に起こると、想像していたよりずっと嬉しい。勿論、日常生活でも少しずつレベルは上がる。私だって15年かけてレベルは3になっていた。でも、日常生活で得られる経験値と冒険によって得られる経験値とでは全然違う。
身体が光ったわけでも、急に背が伸びたわけでもない。
それなのに、自分の中に何かが積み重なったような、不思議な感覚があった。
「本当か?」
あいつが駆け寄ってきた。
「見て! レベル四! ほら、数字も変わってる!」
「よし。良かったな!!」
「うん!」
思わず拳を握りしめる。
「これで、昨日より強くなったんだよね!」
「少なくとも、レベルに応じた成長は得られたはずだ」
「今くらい喜んでもいいでしょ!」
「それはもちろん」
あいつも笑った。
その顔を見て、ますます嬉しくなった。
もっと強くなりたい。
もっと遠くへ行きたい。
そして、まだ見たことのないものを見つけたい。
そんな気持ちが、胸の中でどんどん膨らんでいく。
レベルアップで喜び合った私たちは、少し休憩することにした。
水を飲み、干し肉をかじる。
疲れてはいるけれど、まだ歩けそうだ。
帰る時間には余裕がある。ただし、奥へ進みすぎないこと。そう決めて、今まで通った道を戻りながら、周囲を調べていく。
そのときだった。
「あれ?」
壁際に、妙な隙間があるのに気づいた。
大きな岩が二つ並んでいる。その奥に、暗い空間が見える。
昨日は気づかなかった場所だ。
「ねえ、あそこ。何かあるよ!」
レオンがすぐに近づいてきた。
「待て。まずは周囲を確認しよう」
「でも、あの隙間……人が通れそうじゃない?」
「確かに。けれど、奥がどうなっているかわからない」
あいつは私を止めると、地面や岩の周りを慎重に調べ始めた。
新しい足跡はない。魔物が出入りしたような痕跡も見当たらない。
私は少し離れた位置から、隙間の奥を覗き込んだ。
暗い。
でも、奥のほうに、何か四角いものが見える。
「……箱?」
「箱?」
あいつも目を細めた。
岩の隙間を抜けた先には、小さな空間があった。
その中央に、木製の箱が置かれている。
表面は古びているものの、崩れてはいない。箱の縁には金属の装飾が施され、蓋の正面には小さな留め金がついていた。
私は息を呑んだ。
「宝箱……!」
その言葉を口にした瞬間、心臓がどきんと跳ねた。
ダンジョンに宝箱がある。
物語や冒険者の話では聞いたことがある。でも、実際に見るのは初めてだ。
「すごい……! 本当にあるんだ!」
今すぐ駆け寄りたい。
蓋を開けたい。
中身を確かめたい!
だけど、あいつはすぐには動かなかった。
「待ってくれ。宝箱があるからといって、安全とは限らない」
「……罠?」
「可能性はある。周囲も含めて確認しよう」
そう言って、あいつは慎重に箱の周りを観察した。
私は期待と緊張で胸をいっぱいにしながら、その様子を見守る。
箱の近くには、目立った仕掛けは見当たらない。
けれど、それだけで安全だとは言い切れない。
あいつは長い枝を拾い、箱から距離を取ったまま、留め金や蓋を軽くつついてみた。
何も起こらない。
もう一度、角度を変えてつつく。
やはり何も起こらなかった。
「……今のところ、反応はないな」
「じゃあ、開けてもいい?」
「もう少しだけ確認してからだ」
「うう……!」
早く開けたい。
でも、ここで焦って怪我をしたら、せっかく見つけた宝箱どころではなくなる。
私は自分に言い聞かせ、レオンの確認を待った。
やがて、周囲に不自然な穴や糸のようなものがないことを確かめたあいつが、私を見た。
「開けるなら、いつでも離れられるようにしておこう。何かあったらすぐに下がるんだ」
「うん!」
私は箱の前にしゃがみ込んだ。
留め金に指をかける。
ごくり、と喉が鳴った。
そして――。
ぱちん。
留め金が外れた。
ゆっくりと蓋を持ち上げる。
中には、布に包まれた小さな袋と、銀色に輝く何かが入っていた。
「わああっ!」
思わず声が出た。
袋の中身は銅貨よりも価値がありそうな銀貨。そして、銀色のものは、刃の短い小型のナイフだった。
ただし、見た目だけでは価値も性能もわからない。
あいつはすぐに中身を取り出さず、箱の内部にほかの仕掛けがないか確認した。それから、布ごと慎重に品物を取り出した。
「本当に宝箱だったんだ……!」
「そうだな。これは大きな発見だ」
レオンの声にも、いつもより強い興奮が混じっていた。
私は銀色のナイフを見つめた。
剣より少し細く、柄には見慣れない模様が刻まれている。
魔法の武器なのだろうか。それとも、ただの上等なナイフ?
わからない。
でも、わからないからこそ、確かめたくなる。
「ねえ、これ、誰かが置いたのかな?」
「それとも、ダンジョンの仕組みで出現したのかもしれない。魔物のドロップと同じように、宝箱にも何か法則がある可能性はある」
「じゃあ、ほかにもあるかもしれないってこと?」
「可能性はある。でも、今日の発見だけでは判断できない」
レオンはさっそくメモを開き、宝箱を見つけた場所、箱の特徴、中身を記録し始めた。
私は笑ってしまった。
「本当に何でも記録するんだね」
「大切な発見だからな。忘れたらもったいない」
「それもそうだね!」
私も宝箱をもう一度眺めた。
ただ魔物を倒すだけでは、見つからなかったもの。
注意深く周囲を見ていたからこそ、見つけられたもの。
探索って、こういうことなんだ。
宝箱を見つけたあと、私たちはそれ以上先へ進まず、村へ戻ることにした。
レベルアップしたばかりで、宝箱まで見つけた。これ以上の成果を求めて無理をする必要はない。
帰り道では、見つけた宝箱について何度も話した。
「もし、あの隙間を通り過ぎていたら、見つからなかったんだよね」
「そうだな。探索では、戦闘以外の行動も大切だということだ」
「じゃあ、レベルアップにも探索が関係しているのかな?」
「今回の結果だけではわからない。魔物を倒したことが条件だったのかもしれないし、探索の成果も関係したのかもしれない」
「うーん。難しいね」
私は空を見上げた。
村を出るまでには、まだまだ時間がかかると思っていた。
でも、今日だけで二つも大きなことがあった。
初めてのレベルアップ。
そして、初めての宝箱。
どちらも、昨日までの私にはなかった経験だ。
これから先、どんなものが待っているのだろう。
もっと強い魔物。見たことのない道具。誰も知らない秘密。
考えるだけで、胸が弾む。
「ねえ、明日も行こう!」
「明日は今日の記録を整理してからだな。宝箱の中身も鑑定してもらいたい」
「それが終わったら?」
「準備ができていれば、また探索だ」
「約束だからね!」
私は笑顔で小指を差し出した。
あいつは一瞬だけ困った顔をしたあと、私の小指に自分の小指を絡めた。
「約束だ」
今日の冒険は、これで終わり。
でも、私たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。
次はどんな発見があるのだろう。
今から楽しみで仕方がなかった。




